ブルー・スカイ
ライダーとして、そして一人の人間として強がりを張っていた二人が、激しい土砂降りの中で素顔を見つめ直す——。雨上がりの澄んだ空のように、わだかまりが解けていく爽やかなひとときを描いたストーリーです
空は青くなかった。白壁に灰色のペンキを乱雑に零したような色と模様であった。
おそらくは雨雲が近づいてきているのだ。
━━降るとマズいな。
土門龍一は思った。
彼女=景子をツーリングに連れ出すのは初めて。彼女はバイク乗りとしてはまだ初心者だ。ただでさえ、400CCという初心者には無理気味な大きさの車に乗っていた。
雨道でスリップしたら大変だ。龍一はスロットルを緩めて、サイドミラーを覗いた。
景子は、車間距離を十メートル程空けながらぴたりとついてきていた。速度も不安定ではないし、車体もふらついてもいない。龍一はハザードを点けてから減速した。
景子もアクセルを放して減速した。
ふたりとも路側帯にバイクを停めて、フルフェイス・ヘルメットを脱いだ。
龍一は汗一つ搔いていないが、景子の額は汗でテカテカに光っていた。
「休憩だ。少し休むぞ」
ちょうどジュースの自販機が1台置いてあった。缶ジュース2本分の小銭を入れて景子を促す。
「有り難う」
けが礼を言いながらボタンを押すと、すかさず龍一も。路肩に座って飲むことにした。ヘルメットを椅子代わりにしていきをついた。
「冷たい……」
景子が缶コーヒーを頬に当てて吐息をついた。その手首は、長時間の緊張でかすかに震えている。
「なあ景子、次のICで降りて雨宿りしよう。この先は山道だ。降り始めたら滑る」
龍一の言葉に、景子は缶を口から離して眉をひそめた。
「嫌よ。あと少しで目的地のカフェじゃない。私、ちゃんとついていけてるでしょ?」
「スピードの問題じゃない。お前、さっきからグリップを握り潰す勢いで力が入ってる。汗だってそうだ。限界なんだよ」
「……バカにしないで」
景子の声が一気に低くなった。ヘルメットを挟んで座る二人の間に、重苦しい空気が流れる。
「バカにしてない。初心者なのは事実だろ。事故ったらどうするんだ」
「初心者、初心者ってさっきからうるさい! 龍一くんが『大丈夫だ』って言ったからこのバイク買ったんじゃない! 追いつこうと必死なのを、そんな風に言われたくない!」
景子は立ち上がり、缶を路傍のごみ箱へ強く投げ入れた。
「私は降りない。一人でも行くから」
「おい、待てよ景子!」
走り出そうとする彼女の腕を、龍一は反射的に強く掴んでいた。降り出した一滴の雨粒が、冷たく二人の頬を撫でた。
「今日のところはやめておこう 景子」
「今日のところはやめておこう、景子」
腕を掴む龍一の手に、強く力がこもる。冷たい雨粒がポツリ、ポツリと二人の頬を叩き始めていた。
「離してよ!」
景子は腕を振り払おうとしたが、龍一は頑として放さなかった。半ば強引に彼女を引っ張り、自販機の横にある古びた路線バスの待合所へ連れ込む。
トタン屋根に激しい雨音が響き渡り、視界は一瞬で白く煙った。山を覆う雨雲が、猛烈な土砂降りをもたらしたのだ。
ベンチに倒れ込むように座った景子は、膝の上に視線を落としたまま、肩を上下させて息を吐いている。龍一は何も言わず、ただ自分のヘルメットを傍らに置き、雨の壁を眺めていた。
「……悔しかったのよ」
雨音を割って、小さくかすれた声が響いた。
「追いつきたかったの。龍一くんの背中に必死でついていって、ちゃんと一人前に走れてるって思いたかった。なのに……初心者だからって子供扱いされて、限界だって決めつけられて……」
景子の目からこぼれ落ちた涙が、額の汗と混ざり合って顎から滴り落ちる。
「私、龍一くんと一緒に遠くに行きたくて……必死で練習したのに」
龍一は深々と息を吐き出し、乱れた自分の前髪をかき上げた。
「……すまん。俺が悪かった」
景子が驚いたように顔を上げる。龍一は景子と目を合わせず、濡れた自分のグローブを見つめていた。
「カッコつけたかったんだよ。初心者の景子に400ccを勧めたのも、俺と一緒に走れば大丈夫だってイキがってたのも……全部俺の傲慢だ。今日だって、お前が怪我したらどうしようって怖くて焦って、上から目線で怒鳴っちまった」
龍一の手に、微かな震えがあった。
「お前が必死についてきてくれたのは分かってた。本当はすごく上手くなってて、びっくりしたんだ。だけど……無事に帰す自信がなくなって、怖くなったんだよ」
沈黙が二人を包む。トタン屋根を叩く雨音が、徐々に小さくなっていった。
「……バカね」
景子がポツリと呟き、濡れた袖で乱暴に顔を拭った。
「二人してカッコつけて、勝手に焦って……なんだか間抜けじゃない」
「ああ、まったく素人丸出しだな。俺も、お前も」
龍一が苦笑すると、景子の唇からも小さな笑みがこぼれた。ヘルメットを挟んで座る二人の間の重苦しい空気は、雨と一緒に洗い流されていた。
やがて雨が止み、暗雲の隙間から一筋の光が差し込んでくる。アスファルトから立ち上る湿った匂いの中、二人は待合所の外へ出た。
見上げると、白壁に灰色を零したようだった空が、ゆっくりと鮮やかな青色を取り戻していく。
「路面が乾くまで、もう少しここで休もう。乾いたら……ゆっくり山を上って、例のカフェに行こうか」
「うん。……でも、帰ったらバイク、もう少し足つきの良いやつに乗り換えようかな」
「はは、それがいいな。今度は一緒に選ぼう」
濡れたアスファルトに反射する陽光の中、二人は澄み渡るブルー・スカイを見上げていた。
【了】
一読いただきまして誠にありがとうございました。AI との共同作業でしたが 客層とタイトル、大まかな プロットと中間部までの執筆は執筆は自分でやりました。




