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小さな兵士たち

作者: 立川みどり
掲載日:2026/04/16

 ロガ国とフェリス国では、長きにわたって戦いが繰り返されていた。

 争点は、そのときによってさまざまだった。たとえば、両国の国境に横たわるなだらかな山脈中での狩猟や採集をめぐる争い。あるいは、峠を越えて交易する商人たちの諍いから起こった戦争。ときには、たんなる口喧嘩から戦争に発展したこともあった。

 じつのところ、勝っても戦いで失うもののほうが多い。両国とも、不毛の戦いゆえに和平を結んで停戦するようにと説く者は何人もいた。

 にもかかわらず戦いが繰り返されるのは、和平を望む者と同じぐらいかそれ以上に、戦いを望む者がいたからだ。

 家族でも恋人でも友人でも、愛する者を戦いで亡くしたとき、戦いを憎む者もいれば、敵国の人間を憎む者もいる。このような不幸を繰り返すまいと願う者もいれば、復讐を誓う者もいる。あるいは、その両方の願いの狭間で葛藤する者もいる。

 両国とも、戦争を憎む者より敵国を憎む者のほうが多くなれば戦いとなり、戦争を忌む者が多くなれば和平が結ばれ、つかの間の平和が訪れた。

 だが、そうやって訪れた平和も長続きはしない。平和のありがたみが薄れかけたころ、恨みを忘れぬ者が戦いを説けば、平和は破れた。

 その繰り返しに疲れた両国の王は、ある和平会談のあと、そろって魔法使いを訪れた。

 魔法使いの住む庵は、両国のどちらにも属さない。魔法使いは、どこの国にも属さず、どこの国の王にも仕えることはない。

 王たちの相談を受けた魔法使いはしばらく思案し、魔法で多数の小さな人形をつくると、両国の王に半分ずつ渡した。兵士の姿をした人形で、大きさは人間の指ぐらい。ロガ国の王に渡された人形は赤い服を、フェリス国の王に渡された人形は青い服を着ており、どちらもそれぞれ槍を持ち、腰には剣を携えている。

「その兵士の人形は、ふだんは動かないが、そなたたちが戦いで決着をつけたいと思ったとき、人間の代わりに戦って決着をつける。人形の数は百ずつで、戦闘力は同等だから、どちらが勝つかは運しだい。戦死して壊れた人形は戦いが終われば元通りになる」

 魔法使いがパチンと指を鳴らすと、人形たちは起き上がり、まわりをきょろきょろ見回している。もう一度パチンと指を鳴らすと、人形たちは再び動かなくなった。

「で、どこで戦わせるのですか?」

「よく戦場になる国境の山脈の峠に、戦場とするための小屋を建てるとよい。大きさは、縦横ともにこの庵の倍ぐらいでよかろう。小屋と言っても、魔法によって、もっと広い山野のように見える。戦いの様子は、四方の壁に設けられた小窓から見ることができる」

 両国の王が言われた通りの小屋を建てると、魔法使いが現れて言った。

「そちらの壁際にロガ国の人形を、こちらの壁際にフェリス国の人形を並べて置いておくとよい。戸の横に鈴をかけておくから、争いになって、人形を戦わせて決着をつけたくなったらその鈴を振るとよい。人形たちが戦いをはじめるだろう。どちらかの人形が全滅したら、勝った側の人形が自分の陣地の鈴を振る。人間はそれを窓から見ていて、勝った側が『勝利を見届けた』と叫べばよい。それで戦いが終わりだ」

「では、試しに戦わせてみよう」

「それはだめだ。人形たちは人間の代わりに戦うのだ。遊びではない。面白半分に戦わせるような酷いことはやめてくれ」

 それで両国の王と家臣たちは、小屋に人形を残して、それぞれの国に帰っていった。


 そのあとしばらく平和が続いたが、半年ほどして、国境近くの町どうしで些細なことから諍いが起こった。ロガ国の商人がフェリス国の町で売る小麦を値上げしたのが発端で、口論は罵り合いとなり、殴り合いとなり、ついに戦闘となりかけた。

 それぞれの町から報告を受けた両国の王は、使者を走らせ、人形を戦わせて決着をつけることにした。ロガ国の人形が勝てば小麦を値上げし、フェリス国の人形が勝てば値上げしないという取り決めである。

 鈴を鳴らすと人形たちは起き上がり、戦いがはじまった。小屋には双方の陣地となる壁に小さな窓が二つずつあったので、両国から兵士がふたりずつ交代で派遣されて、窓から戦いの様子を見守ることとなった。

 いかなる魔法なのか。小屋の中はまるで野外の戦場のように見えた。人形たちはまるで人間のよう。剣や槍に貫かれれば苦しみ、こと切れる。人間の戦争を神が天上から眺めればこのようであろうかと思いながら、人間の兵士たちは人形たちの戦争を交代で見守った。

 三日後、ロガ国の人形兵士たちは全員が戦場に斃れ、フェリス国の人形兵士が鈴を振って、見守っていたフェリス国の兵士が「勝利を見届けた」と叫び、戦争が終わった。

 知らせを受けた両国の民たちは、自分たちが戦いに駆り出されることなく戦争が終わったことに安堵した。品薄の小麦を値上げできなくなったロガ国の商人たちでさえ、敗戦に落胆しながらも、終戦を喜んだ。

 交代で戦争の見守りをしていた兵士たちだけは、臨場感のある戦争を神のような視点から目にしただけに、人形たちの惨状に心を痛めたが、戦争が終わってみれば人形たちは元通り。自分たちなら戦死すればそのままになってしまう。人形たちのおかげで自分たちはだれも死なずにすんだ。人間はだれも死なずにすんだのだ。

 そう思えば、身代わりに戦ってくれた人形たちに感謝し、これでよかったと思ったので、人形たちへの同情を口にすることはなかった。


 そのあとも、諍いから人形兵士を使っての戦争となったこと八回。人形たちの戦場となる小屋を建ててから二十年以上の歳月が流れた。

 かつては若かった王たちも、髪の半ば以上が白くなったり薄くなったりし、顔には皺も刻まれ、老いを意識するようになった。

 二十年前にはまだ子供だった両国の王太子たちも、とっくに成人し、いまでは妃もいれば子供たちもいる。そろそろ王太子に王位を譲って、引退してもよかろう。

 そう思った両国の王は、話し合って、在位の最後に、そのとき起こっていた人形たちの戦いの終盤を自分たちが見届けることにした。自分たちだけでなく、次の王となる王太子たちにも見届けさせることにした。

 かくて両国の王と王太子、いままでにない高貴な四人が戦場の小屋に赴き、それまで見守っていた兵士たちが、生き残っている人形は両国とも三体ずつだと報告した。

 交代して窓から戦場を見た四人の貴人は、あまりの臨場感に驚いた。自然の山野と見えるなかに、ところどころ横たわる人形たちの骸。負傷や疲労で息も絶え絶えと見える六体の人形……。

「いつまで続くのかな。この戦争」

「もうすぐ終わるさ。どちらかが全滅したら」

 人形たちの会話は、いかなる魔法でか、見守る四人に聞き取れた。

「でも、また生き返った後、次の戦争で戦わされるのだ。永久に。いつまでも」

「言うなよ。言ってもしかたないことだ。おれたちはそういうふうにつくられたのだから」

「わかっている。人間は戦争が好きだけど、自分が戦って痛い思いや苦しい思いをするのはいやなんだ。だから、おれたちをかわりに戦わせるのだ」

 王たちはいたたまれなくなり、口々に叫んだ。

「もういい。この戦争はここで終わりでよい」

「そうだ。一方が全滅するまで戦うことはない」

 王たちの声に、生き残った人形たちが口々に答えた。

「それならすぐに終わらせてくれ」

「それで、そのままずっと眠らせてくれ」

「戦うのはもういやなんだ」

 王たちが目配せで合意して、「終戦を見届けた」と叫ぶと、戦争は終わり、人形たちは静かになった。

「人形たちの戦争がこんなに悲惨なものとは思わなかった」

「おまえたちは人形がかわいそうだと思わなかったのか」

 王たちが思わず詰問したのは、それまで見守りをしていて王たちと交代した兵士たちと、王たちの護衛として従ってきていた兵士たち。兵士たちはたじろぎ、ひとりがおずおずと答えた。

「かわいそうだとは思っていました。でも人形たちが代わりに戦ってくれなければ、かわいそうな目に遭うのは自分たちなので……。人形と違って、人間は戦争が終わったあと生き返ることができませんし……。それで、代わりに戦ってくれる人形たちに感謝しておりました」

 王たちは顔を見合わせた。人形に戦わせる酷さどころか、人間の兵士に戦わせる酷さも、自分たちはほんとうにはわかっていなかったのだと気がついたのだ。

 人形たちに戦わせるようになるまえ、自分たちは安全な王城にいて、騎士や兵士たちを出陣させていた。戦死者の人数や残された家族の嘆きに心を痛めたが、戦場で傷ついた兵士たちの痛みや苦しみを目の当たりにしたわけではなかった。

 それに気がつくと、人形たちの犠牲に気づかぬふりをしていた見張りの兵士たちを責める気にはなれない。

「人間が戦うのではなく、人形を身代わりに戦わせるのでもなく、諍いをおさめる方法を考えねばなるまい」

「さて、どうしたものか」

 王たちはしばらく考え込み、やがてフェリス国の王が口を開いた。

「とりあえず、今回の戦争については、発端はそちらの第三王子が表敬訪問に来たとき、うちの第四王女を無断で連れ帰ったのが発端であったな」

「そうだ。息子を叱り、王女を送り返そうと思ったが、ふたりが激しく拒否して。もたもたしているうちに戦争をすることになってしまったのだ」

「王女を連れ戻して賠償金を請求しようと思っていたのだが、ふたりが愛し合っての駆け落ちだというなら、そちらに嫁にやってもよい」

「それはありがたい。絶対離れるのはいやだと言い張るので、対処に困っていたのだ」

「で、人間も人形も戦わない解決法だがな。われわれがこうして話し合っているのだから、話し合いで解決することにすればよいではないか」

「そうだな。こんな立ち話で重要なことを決めるのもよくない。後日、小屋の中で正式に対談して、婚姻の条件などをはっきり決めることにしよう」

 それで、二日後に小屋で対談することに決まった。

「それにしても」と、ロガ国の王太子がため息とともにつぶやいた。

「あの人形たちの戦いを、わが弟にも見せたかったですね。自分の軽率な行いがどんな結果を招くかわかれば、二度と愚かなまねはしますまい」

 たしかにそうだと思った王たちは、小屋で行う和平会談に、戦争の原因をつくったふたりを同席させることにした。それには、フェリス国の王女がかどわかされたのではなく、自分の意思でロガ国に行ったのだとはっきりさせる目的もあった。


 二日後の会談は、双方が満足する内容で決着が着いた。ロガ国の第三王子はフェリス国の第四王女と正式に結婚し、夫妻は国境近くに荘園を与えられた。戦争の発端をつくったふたりだったが、そのあとは両国の和平の象徴となった。

 それからも両国間では意見や利害の衝突が何度もあったが、動かなくなった人形たちが見守る小屋で和平会談がおこなわれるのが慣例となった。そういう状態がいつまで続くかはわからなかったが、人形たちの戦争を目撃した両国の王太子たちが王となり、在位している間は、人間の戦争も人形の戦争も起こらずにすみそうだった。


読んでくださってありがとうございました。ずっと昔見た夢から生まれたお話です

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