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私の夢は家族を撲滅することです

作者: 天地サユウ
掲載日:2026/03/05

 私、セシリア・フォン・シュタインベルクの生家である公爵家は、外から見れば栄華を極めた名門だ。

 けれど、一歩足を踏み入れれば、そこは欲望渦巻く娼館に等しい。

 

「あら、また新しい小鳥を捕まえたのね、お父様」

「お前こそ、あの騎士は先週の者とは違うのではないか? エリーゼ」

 

 朝食の席で交わされるのは、およそ貴族らしからぬ、いや、まともな人とは思えない会話ばかりだ。

 

 公爵である父の背後には、常に複数の愛妾や見目麗しいメイドたちが侍っている。

 彼女たちは父の寵愛を競い合い、いつも甘い声を上げる。

 

 けれど、母も負けじと周囲に若い騎士や吟遊詩人たちが群がり、母の手に口付けする機会を虎視眈々と狙っている。

 

 ――さらに両親だけではない。

 長男のユリウス兄様は、領地中から才色兼備の女性たちをかき集め、自身の離宮に囲う始末。

 

 次男のシエル兄様も、中性的な美貌を武器に、年上の貴婦人たちを何人も手玉に取り、財産と愛情を貢がせている。

 まだ十五歳になったばかりの妹、リリアンもまた同じだ。

 

 一夫一妻が女神の教えとして定められているこの国で、我が公爵家は例外中の例外だった。

 王家すら凌ぐほどの莫大な富と権力、そして『絶世の美貌』という血の呪いが、彼らの蛮行を黙認させている。

 

 彼らは互いの乱れた貞操観念を咎めるどころか、コレクションの数や質を競い合うようにして、独自のハーレムや逆ハーレムを築き上げている。

 

「セシリア様、紅茶のおかわりはいかがでしょうか?」

 

 静かな声が響く。

 振り返ると、白銀の髪と青い瞳を持つ青年が、完璧な姿勢で控えている。

 私の専属執事であり、唯一の従者、レイヴィスだ。

 

「ええ、お願いするわ、レイヴィス」

 

 彼が静かにカップへ紅茶を注ぐ。

 その所作の美しさに、私は密かにいつも息を呑む。

 レイヴィスは、幼い頃に路地裏で倒れていたところを私が拾い上げた孤児。

 あれから十余年、彼は血の滲むような努力で教養と武術を身につけ、私への忠誠を誓ってくれている。

 そして、私もまた彼だけを愛している。

 

 家族が肉欲に溺れる中、私たちはただ静かに、互いの魂を求め合ってきた。

 夜会で誰の手を取ることもなく、ただレイヴィスと過ごす書庫でのひとときだけが、私の世界における真実だ。

 

 彼もまた、その冷たい美貌の裏に、私への情熱と愛を隠し持っていることを、私だけが知っている。

 誰もいない部屋で、私の足元に跪き、まるで女神に祈るように私の指先に口付ける彼の熱情を。

 だが、その平穏は、突如として破られた。

 

「ねえ、お姉様」

 

 甘ったるい、けれど毒を含んだ声。

 末の妹、リリアンだ。

 彼女は自分の取り巻きである少年たちを侍らせながら、私の背後に立つレイヴィスを、ねっとりとした視線で舐め回している。

 

「その執事、私にちょうだい。ずいぶんと良い男に育ったじゃない。私のコレクションに加えてあげるわ」

 

 空気が凍りついた。

 私の胸の奥で、どす黒い炎が静かに燃え上がるのを感じる。

 

「ダメよ、リリアン」

 

 母が、扇で口元を隠しながら艶然と微笑んだ。

 

「順番というものがあるでしょう。その男、なかなか骨がありそうじゃない。まずはこの母が、大人の嗜みというものを『教育』してあげるべきだと思うわ」

 

「母上、それは狡いですよ。私の騎士団にも、ああいう冷たい美貌の剣士が一人欲しかったところです」

 

 ユリウス兄様までもが、品定めの視線をレイヴィスに向ける。

 さらに父までワイングラスを揺らしながら言い放つ。

 

「セシリア、お前もいつまでも従者一人に執着せずに、もっと広い世界を知るべきだ。その男は家族の共有財産として預かろう」

 

 全員が、私のレイヴィスを、ただの物や玩具として見ている。

 彼らの汚らしい手が、私の唯一の光に触れることを想像しただけで、内臓が煮えくり返るほどの殺意が湧き上がった。

 

「……お断りいたします」

 

 私の冷ややかな声に、家族たちは一瞬きょとんとし、やがて揃って嘲笑した。

 彼らは理解していないのだ。私がどれほどレイヴィスを愛しているか。

 そして、レイヴィスが私のために、その気になればこの館の者など容易く暗殺できる腕を持っているということを。

 

『ああ、なんて不愉快なのかしら』

 

 私は、静かに目を伏せた。

 このままでは、あの浅ましい家族たちは権力にものを言わせてレイヴィスを奪いに来るだろう。

 ならば、答えは一つしかない。

 

 私の愛する人を守るため、あの醜悪で愛する家族たちを、この世から一人残らず撲滅する。

 それが、今の私のささやかな夢だ。

 

 私は背後に立つレイヴィスと視線を交わす。

 彼はすべてを察したように、ただ深く、美しく微笑み、私の背中にそっと触れた。

 

『あなたの望むままに、我が主』

 

 その声なき声を聞きながら、私は静かに血塗られた断罪計画を、頭の中で組み上げ始めたのだった。

 

 ◇

 

 あの日から、私たちの撲滅計画は静かに、そして迅速に動き出した。

 まずは情報の整理だ。

 

「お嬢様、旦那様と奥様、そしてご兄弟たちの身辺調査の報告書です」

 

 深夜の書庫。

 たった一つのランプの灯りの中、レイヴィスが分厚い束をテーブルに置く。

 私はパラパラと捲り、思わず冷たい笑みをこぼした。

 

「……呆れた。ただ肉欲に溺れているだけかと思えば、領地の税を横領し、違法な奴隷売買にまで手を出しているなんて」

 

 父は愛妾たちを養うための裏金作り。

 母は若いツバメたちに与えるための横領。

 兄たちは自分のコレクションを増やすために、違法な人身売買組織と繋がっていた。

 妹のリリアンに至っては、平民の少年たちを借金のカタに誘拐同然で連れ込んでいる。

 

「これなら、ただ暗殺するよりもずっと面白いことができるわね」

 

 私が顔を上げると、レイヴィスは恭しく頭を下げた。

 

「はい。彼らの罪を王家に告発すれば、公爵家は取り潰し。全員が死罪、あるいは終身刑となるでしょう。ですが……」 

「ええ、ただ告発するだけでは、私の腹の虫が治まらないわ」

 

 彼らは私のレイヴィスを、ただの『物』として扱おうとした。

 その罪は国家への反逆よりも重い。

 

「互いに奪い合い、憎み合い、持っていたすべてのものを失ってから、絶望の中で破滅させてやるわ。だって、それが今の私の夢だから」

 

 私の言葉に、レイヴィスは恍惚とした表情を浮かべた。

 氷のように冷たい青い瞳が、仄暗い熱を帯びて私を見つめる。

 

「ああ……セシリア様。あなたのその美しくも残酷なご決断、私のすべてを懸けて成就させてみせましょう」

 

 彼が私の足元に跪き、ドレスの裾に恭しく口付ける。

 その忠誠と愛の証に、私は彼の白銀の髪を優しく撫でた。

 

「頼むわね、私の死神」

 

 翌日から、公爵邸には見えない毒が撒かれ始めた 

 まずは両親からだ。

 レイヴィスは裏社会に精通する情報網を使い、父の愛妾のひとりに『ある噂』を吹き込んだ。

 母が囲っている若い騎士が、実は父の暗殺を企てているという嘘の情報を。

 

 同時に、母のお気に入りの吟遊詩人には、父の愛妾が母に毒を盛ろうとしているという偽の手紙を持たせた。

 

 猜疑心と嫉妬は、あっという間に燃え広がる。

 互いの愛人を守るため、そして相手を陥れるため、両親は日夜罵り合い、屋敷の中は殺伐とした空気に包まれていった。

 

 次男のシエル兄様には、彼が最も好む『年上の未亡人』を用意した。

 もちろん、レイヴィスが手配した裏社会の女だ。

 彼女は莫大な資産家のふりをしてシエル兄様に近付き、言葉巧みに彼の隠し財産を投資という名目で巻き上げていく。

 

 長男のユリウス兄様と、妹のリリアン。

 この二人には、とびきりの劇薬を用意した。

 絶世の美貌を持つ『双子の兄妹』を、彼らの前にちらつかせたのだ。

 

「あの双子、絶対に私のものにするわ!」

「いや、あれは私の離宮にふさわしい。お前には譲らんぞ、リリアン」

 

 目論見通り、二人は見事に餌に食いついた。

 双子を手に入れるため、彼らは互いの違法な人身売買のルートを妨害し合い、相手の罪の証拠を握ろうと躍起になり始める。

 

 家族が互いに牙を剥き出しにし、自滅への道を突き進んでいく。

 私はその滑稽な様子を、特等席である書庫から優雅に紅茶を飲みながら眺めていた。

 

「見事な手際ね、レイヴィス」

 

 淹れたての紅茶を受け取りながら、私は彼を見上げる。

 

「お褒めに預かり光栄です。すべては、セシリア様が描かれた筋書き通りに」

 

 レイヴィスの声はどこまでも穏やかで、一階から聞こえてくる両親の怒鳴り声など存在しないかのようだ。

 

「あと少しよ。彼らが完全に互いを食い破り、すべての罪状が出揃ったところで、とどめを刺すわ」

 

 命を奪うのは簡単だ。

 けれど、それでは彼らの薄汚い血が私の手に残ってしまう。

 だからこそ、法の裁きという最も正当な刃で彼らの首を落とす。

 

「はい。その時まで、私はあなた様だけの盾となり、剣となりましょう」

 

 レイヴィスの大きな手が、私の頬をそっと包み込む。

 狂気に満ちたこの館の中で、彼の体温だけが私の真実だった。

 

「愛しているわ、レイヴィス。この腐った世界ごと終わらせて二人だけで生きましょう」

「私の命も、魂も、すべてはセシリア様のものです」

 

 彼らが破滅の淵へ落ちるまで、あとわずかだ。

 

 ◇

 

 月に一度、我が公爵家では形ばかりの家族の晩餐会が開かれる。

 愛人たちを同席させないという唯一のルールの元、見栄と虚飾にまみれた家族が長テーブルにつく。

 だが、今夜の空気は、これまでとは決定的に違う。

 

「貴方の愛人が、私の騎士を暗殺しようとした証拠は挙がっているのよ! この恥知らず!」

「黙れ! お前こそ、私のワインに毒を仕込もうとしただろう! 横領女め!」

 

 席に着くなり、父と母が互いに証拠の束を叩きつけ合い、怒号を響かせる。

 

「母上たちの痴話喧嘩などどうでもいい。それよりもリリアン! お前、私の商会を裏で潰しに回ったそうだな!?」

「お兄様こそ、わたくしの愛玩用の奴隷商を摘発させたじゃない!」

 

 ユリウスお兄様とリリアンも、血走った目で互いを睨みつけている。

 シエル兄様はといえば、全財産を騙し取られたショックで虚ろな目をし、ぶつぶつと意味不明な言葉を呟いていた。

 

 もはや貴族の矜持など欠片もない。

 醜く啀み合う彼らを前に、私は静かにナイフとフォークを置いた。

 

「……皆様、少し静かにしていただけますか?」

 

 私の冷たい声に家族たちの動きがピタリと止まる。

 

「なんだ、セシリア。お前は黙っていろ」

「そうよ。それより、約束通り執事をよこしなさい。今のわたくしには癒やしが必要なの」

 

 リリアンが忌々しげに私を睨み、私の背後に立つレイヴィスを指差す。


 最後まで、彼らは変わらなかった。

 この期に及んでもまだ、私のただ一つの宝物を奪おうとする。

 

「ええ、そうですわね。皆様には、彼から素晴らしい贈り物がございます」

 

 私が合図を送ると、レイヴィスが恭しく一歩前に出る。

 そして、流れるような動作で懐から数枚の分厚い羊皮紙を取り出し、テーブルの中央に放り投げた。

 

「な、なんだこれは……?」

「公爵閣下の裏帳簿、並びに他国への機密漏洩の証拠です。奥様におかれましては領地資金の横領記録。ユリウス様、リリアン様におかれましては、非合法な奴隷売買の顧客リストの原本でございます」

 

 レイヴィスの氷のような声が、静まり返った食堂に響き渡る。

 

「貴様! ただの従者風情がどこでこれを手に入れた!?」

「お忘れですか? 皆様が互いを陥れるために集めた証拠を、私が『王家直属の異端審問局』に提出する手伝いをしたのです。皆様、とても脇が甘くていらっしゃった」

 

 その言葉の意味を理解した瞬間、家族全員の顔から血の気が引いた。

 

「王家だと? まさか……」

 

 父が震える声で呟いた直後、バンッと食堂の扉が蹴り破られた。

 

「シュタインベルク公爵一家! 国家反逆、並びに数々の重罪の容疑で拘束する!」

 

 雪崩れ込んできたのは、銀の甲冑に身を包んだ王家の近衛騎士団と、黒装束の異端審問官たちだった。

 剣を突きつけられ、次々と床に押さえつけられていく家族たち。

 

「離せ! 私は公爵だぞ!」

「いやああ! わたくしの美しい顔に傷がついたらどうするの!」

 

 悲鳴と怒号が交錯する中、私は優雅に席を立ち上がった。

 騎士の一人が私に向かって敬礼をする。

 

「セシリア様、この度の内部告発、王家より深く感謝申し上げます。あなた様からの情報提供がなければ、この腐敗を根絶することはできませんでした」

「王家の平穏に貢献できたのなら、何よりですわ」

 

 私は微笑み返し、床に這いつくばる家族たちを見下ろした。

 

「セ、セシリア、お前、最初からこれが狙いで……」

 

 父が血走った目で私を睨む。私はゆっくりと歩み寄り、彼らの耳元で囁いた。

 

「言ったはずです。お断りいたしますと。それに、私のささやかな夢は、愛する家族を撲滅することでしたから」

 

 息を呑む彼らを見下ろし、私は氷のように冷たく告げる。

 

「私のレイヴィスを汚らわしい目で見たこと、地獄の底で永遠に後悔なさい」

 

 私の言葉に、彼らは絶望の表情を浮かべる。

 やがて、喚き散らす家族たちは騎士たちに引きずられ、一人残らず館から連行されていった。

 

 静寂が戻った食堂。

 残されたのは、私と、私の背後を守り続けたただ一人の従者だけ。

 

「終わりましたね、セシリア様」

「ええ。これでようやく静かに紅茶が飲めるわ」

 

 私が振り返ると、レイヴィスがいつものように、完璧な所作で私の前に跪いた。

 だが、その瞳に宿る熱は、いつもの冷静な従者のものではなかった。

 私だけを愛する男の熱情だった。

 

「私の主、あなたの美しき断罪に、私のすべてを捧げます」

 

 彼が私の手を取り、指先に、そして手の甲に熱い口付けを落とす。

 私は彼を引き寄せ、その白銀の髪に顔を埋めた。

 

「もう誰にも邪魔はさせないわ。あなたは私だけのもの、レイヴィス」

「はい。あなた様と共に世界の果てまで」

 

 窓から差し込む冷たい月明かりの下。

 血に塗れた名門の崩壊を背景に、私たちはただ深く、静かな口付けを交わした。

お読みいただき、ありがとうございます!

たまには初心に戻って真面目な断罪話。

思い返せば、初期の頃はこんな感じだったなと、気晴らしに書いてみました。

お気に召していただければ嬉しいです♪

それではまた( ´∀`)ノ

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