Do It Yourself
麻衣は、101号室の床に座り込んでいた。
片手にスマホ、もう片手にメモ帳。
画面の中では、作業着姿の人が軽快な声で説明している。
動画の人「床鳴りは、原因を潰せば意外と簡単に直せます」
麻衣「……ほんとかな」
不安を押し殺しながら、動画を止めてメモを取る。
床鳴り修復用樹脂、ヘラ、拭き取り布。
今までの麻衣なら、
「業者に頼むしかない」と思考停止していた。
けれど今は違う。
麻衣「管理費……使っていいって、言われたし」
小さく頷いて、立ち上がる。
———
ホームセンターの袋を両手に提げ、アパートへ戻る。
思ったより重い。
けれど、不思議と足取りは軽かった。
102号室の前で、深呼吸。
麻衣「……よし」
ノックする。
茜「はーい!」
勢いよくドアが開いた。
茜「あ、麻衣さん! その袋なに?」
麻衣「廊下のきしみ、直そうと思って。
作業させてもらっていい?」
茜「え、ほんとに!? すごい!」
茜は目を輝かせて、すぐに靴を揃えた。
茜「どうぞどうぞ! 全然いいよ!」
部屋に入ると、高校生らしい生活感が広がっている。
教科書、制服、ぬいぐるみ。
麻衣は少し緊張しながら、廊下側の床を確認する。
麻衣「ここ、踏むと音する?」
茜「うん、ここ!」
茜が踏むと、確かに「ぎし」と鳴った。
麻衣「……動画通りなら、樹脂で隙間を埋めれば」
床に膝をつき、道具を並べる。
手が、ほんの少し震えた。
茜「麻衣さん、大丈夫?」
麻衣「うん。ちょっとだけ緊張、初めてだから」
茜「そっか」
茜は少し考えてから、笑った。
茜「でもさ、管理人さんが麻衣さんでよかった」
麻衣「……どうして?」
茜「だって、対応してくれるし、
逃げないじゃん」
その言葉に、胸が詰まった。
——逃げない。
それは、今の麻衣が一番欲しかった評価だった。
麻衣「……ありがとう。じゃあ、始めるね」
床鳴り修復用樹脂のチューブを握る。
思ったよりも固い。
力いっぱい握る。
作業の手際は完璧じゃない。
でも、確実に“やっている”。
残った樹脂を綺麗に拭き取る
作業を終え、恐る恐る踏んでみる。
麻衣「……どう?」
茜が一歩、床に体重をかける。
茜「……あ!」
もう一度踏む。
茜「音しない!」
ぱっと顔が明るくなる。
茜「すごいよ麻衣さん!」
茜の頬は紅潮している
麻衣「……よかった」
肩の力が、ようやく抜けた。
そのとき、廊下側から足音が聞こえた。
102号室の前で、誰かが立ち止まる気配。
遥だった。
ドア越しに聞こえた、会話と笑い声。
遥は、何も言わずに階段を上った。
けれど胸の奥で、
「反面教師」という言葉が、また一段薄れていくのを感じていた。




