私が管理人?
大家さんとの約束の日、麻衣は珍しく目覚ましのアラームよりも先に起きていた、何故なら昨晩から一睡もすることが出来なかったからだ
——家賃、三か月分。
金額にして15万円、その数字が心に重くしかかる。
台所の流しに置いたままのマグカップを見て、麻衣は小さく息を吐く。
麻衣「……逃げるわけにも、いかないよね」
アパートを出る前、102号室のドアがちょうど開いた。
茜「麻衣さん、おはよー!」
制服姿の茜が、何も知らない顔で手を振る。
その明るさが、今日は少しだけ眩しかった。
麻衣「お、おはよう……」
茜「どっか行くの?」
麻衣「ちょっと、用事」
嘘ではなかった。
ただし、できれば“行きたくない用事”だっただけで。
———
大家の家は、アパートから徒歩五分。
古い日本家屋で、門をくぐるだけで背筋が伸びる。
麻衣「失礼します……」
応接間に通され、座布団に正座した瞬間、もう逃げ場はなかった。
大家「麻衣さん」
大家は帳簿を閉じ、穏やかな声で言った。
大家「仕事、まだ決まっていないんだって?」
麻衣は一瞬だけ視線を落とし、そして小さく頷いた。
麻衣「……はい」
大家「それなら、ね」
大家は、思いがけないことを口にした。
大家「うちのアパートの、管理人をやってみない?」
麻衣「……え?」
耳を疑った。
叱責でも、退去勧告でもなかった。
大家「共用部の掃除とか、連絡の取りまとめとか。大したことじゃない。
家賃の件も、その間は考えなくていい」
麻衣は言葉を失ったまま、畳の目を見つめていた。
仕事が、ない。
居場所も、ない。
そう思っていたはずなのに。
ここに来て、突然「役割」を渡された。
麻衣「……私で、いいんですか?」
大家「いいも悪いも」
大家は微笑んだ。
大家「もう、住人なんだから」
その一言が、なぜか胸に残った。
——こうして麻衣は、
“住人であり、管理人”という曖昧な立場を引き受けることになる。
そしてこのアパートで、
止まっていた何かが、少しずつ動き出す。




