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ひび割れたランプが、いちばん光った夜

作者: 百花繚乱
掲載日:2026/01/14

ひび割れたランプが、いちばん光った夜


雪の町には、きらきらが多すぎた。


屋根のつららは月を刺して光り、道の霜は靴の裏でぱきぱき鳴り、街灯の輪は白い息の中でふくらんで、まるで世界中が飾り付けられているみたいだった。


でも、リリはそれが好きじゃなかった。


きらきらは、見る人を選ぶ。

そう思っていたから。


きらきらの中では、みんな笑っているのに、自分だけが少し遅れて歩いている気がした。

眩しさで目を細めるたび、胸の奥が小さく縮む。

だから冬になると、リリは窓辺から離れ、明るい話題からも離れ、雪の音だけを聞くようにしていた。


「リリ、星みたいな飾り、つけないの?」


母が聞いても、首を横に振った。


「うん。いい」


本当は「似合わないから」と言いたかった。

でもそれを言うと、もっと似合わなくなる気がして、言えなかった。



ある夜、雪がやんだ。

雲の切れ間から星が出て、町の外れの森まで道が見えた。


リリはひとりで古道具屋へ行った。

理由は、なんでもよかった。

ただ、家の中の灯りが眩しすぎたから。


古道具屋の扉は重く、開けると鈴が鳴った。

ちりん、と。

音まで小さくきらきらして、リリは少し肩をすくめた。


店主のおばあさんは、ストーブの前で編み物をしていた。

目を上げ、ゆっくり笑った。


「寒いねえ。欲しいものがあるのかい」


「……なんでもいいの」


リリは棚を見た。

錆びた額縁、欠けたカップ、片方だけの手袋。

どれも、誰かの時間が残っている。


奥の棚で、リリは小さなランプを見つけた。

手のひらに乗るほどの、古い金属のランプ。

ガラスのかさが、蜘蛛の巣みたいにひび割れていた。


「それ、灯らないかもしれないよ」


おばあさんが言った。


「……それがいい」


リリはそう答えて、ランプを買った。


家へ帰る道、ランプは布に包まれてリリの胸のあたりで温かかった。

まるで小さな心臓みたいだった。



部屋でランプに火を入れてみる。

芯は少し焦げていて、火は弱かった。


――やっぱり。


リリがため息をついた瞬間、部屋の窓がきい、と鳴った。

外は冷えている。

ガラスが鳴るのはよくあることだ。


それなのに、ひび割れたランプの罩が、すこし明るくなった。

光が増えたというより、“光の粒”が生まれたみたいに。


リリは顔を近づけた。


ランプの中で、きらきらが泳いでいる。

金粉みたいな眩しいものではなく、雪の上を転がる砂糖粒みたいな、やわらかいきらきら。


「……どうして?」


リリが小さく息を吐いた。

はぁ、と白い息がランプに触れた。


その瞬間、ひび割れの線に沿って、きらきらが増えた。


まるで息が、光になったみたいだった。


リリは試しに、もう一度息を吹きかけた。

ランプは、また少しきらきらを増やす。


「息で……光るの?」


すると、どこからか小さな声が聞こえた。


――息は、あなたの“いま”だよ。


リリはびくっとした。

部屋を見回したが、誰もいない。

ランプだけが、弱く、しかし確かに光っている。


――息は、寒いときほど、きらきらする。


今度は、ランプの中のきらきらが、言葉の形で揺れた気がした。

リリは怖くなかった。

むしろ、少し笑いそうになった。

きらきらが、やさしい声をしていたから。


「じゃあ……」


リリはランプを持ち上げ、窓を開けた。

冬の空気が入ってくる。

頬が痛い。


けれどランプの罩は、その痛みを吸うみたいに、ひび割れからやわらかい光を漏らした。


それは、誰かに見せるための光ではなく、

“ここにいる”を確かめるための光だった。



その夜、リリは外へ出た。

目的なんてない。

ただ、ランプが外の寒さの中でどうなるか、見たかった。


雪の道を歩くと、ランプはほんの少しずつ明るくなった。

リリの息が白く伸びて、ランプに触れるたび、きらきらが増える。


町の角を曲がると、郵便屋さんが立っていた。

帽子に雪が積もって、目も鼻も赤い。

手紙の束を抱えているのに、家々の灯りを前にして動けないでいる。


「どうしたの?」


リリが聞くと、郵便屋さんは驚いた顔でリリを見た。


「……この家、誰も出ないんだ。呼び鈴も鳴らない。だけど手紙は“あったかい”」


リリは郵便屋さんの手紙を見た。

封筒は少し湿って、まるで泣いたあとみたいだった。


「中、見たの?」


「見ないよ。郵便屋は見ない。だけど……手紙が寒がってる」


郵便屋さんは小さく笑った。

笑い方が、少しだけ困っていた。


リリはランプを郵便屋さんの手紙に近づけた。

ひび割れの光が、封筒の端に触れる。


すると、封筒がふわっと膨らんだ。

中の紙が、深呼吸したみたいに。


郵便屋さんが目を丸くする。


「……あったかい」


「息で光るの。これ」


リリが息を吹きかけると、ランプのきらきらが増え、封筒の角がやさしく光った。

その光は派手ではない。

でも、玄関の隙間へすうっと入り込む。


カチリ。

中から鍵の音がした。


扉が少し開いて、眠そうな顔の男の人が覗いた。


「……手紙?」


郵便屋さんはほっとして、手紙を差し出した。


「届けに来た。遅くなってすまない」


男の人は封筒を受け取り、胸に当てた。

その瞬間、顔が少しだけほどけた。


「……来たんだ。ちゃんと」


扉が閉まる前に、男の人が小さく言った。


「ありがとう」


郵便屋さんの頬に、雪より先に赤みが差した。

リリはそれを見て、なぜか胸が温かくなった。


ランプの光が、さっきより少し増えている。



次の角には、赤ちゃんの泣き声がした。

小さな家の窓から、明かりが漏れているのに、泣き声が止まらない。


リリは迷ったが、そっと窓辺へ近づいた。

中では母親が抱っこして揺すっている。

何をしても泣き止まない、あの泣き方。


リリは窓ガラスに向かって、ランプを掲げた。

息をひとつ、ふっと吹きかける。


きらきらが、ひび割れに沿って増えて、窓の隙間へ入っていく。

光は声を持たない。

でも、その光の“温度”が、泣き声の上にそっと毛布をかけるみたいだった。


赤ちゃんの泣き声が、少し小さくなる。

母親が目を上げた。

窓の外のリリを見て、びっくりしたように口を開ける。


「……あなた」


リリは指を口に当てた。

母親は頷き、赤ちゃんの背中を撫でた。


泣き声が、ふにゃ、とほどけて、最後は小さな寝息になった。


母親が、窓越しに目で「ありがとう」と言った。

声にしない、やさしい「ありがとう」。


リリの胸の奥が、きらきらした。



夜の町は、静かだった。

雪は音を吸い、灯りは柔らかく広がる。


リリは歩きながら気づいた。

ランプの光は、誰かに見せるために増えるのではない。

“誰かの冷たさ”に触れたときだけ、増える。


そして増え方が、いつも違う。


郵便屋さんのときの光は、扉を開ける光。

赤ちゃんのときの光は、泣き声を包む光。


きらきらって、ひとつじゃないんだ。


そう思ったとき、町はずれの橋の下で、細い影が動いた。

猫だった。

毛が雪で濡れて、体が小さく震えている。


リリはしゃがんで、ランプを近づけた。

息を吹きかける。


きらきらが増え、猫の背中に小さな星みたいに乗った。

猫が目を細める。

逃げない。


「……寒いね」


リリが小さく言うと、猫は「にゃ」と鳴いた。

その声が、リリの胸を少しだけ引っかいた。


リリは自分のマフラーを外して、猫を包んだ。

猫は抵抗せず、丸くなる。


その瞬間、ランプが、いちばん明るくなった。


ひび割れの線が、きらきらの道になって、

冬の空気の中に、やさしい光が溶けた。


――きらきらは、飾りじゃない。

――誰かを帰すための道しるべ。


どこかで、ランプの声がした気がした。



リリが家に戻るころ、星は高く、町の灯りは少しだけ眠そうだった。

母が玄関で待っていた。


「遅かったじゃない」


怒っているようで、ほっとしている顔。

リリはランプを見せた。


「これ、ひび割れてるのに、光るの」


母は目を丸くする。


「まあ……きれい」


いつもの“飾りのきれい”ではない言い方だった。

母が手を伸ばし、ランプの罩に触れる。

ひび割れの光が、母の指先をやさしく照らした。


母は小さく息を吐いた。


「リリ、寒かった?」


「……うん。寒かった」


「それでも、外に行ったの」


「うん。……光がね、増えるから」


母はリリを抱きしめた。

その腕の中は、冬の外よりずっと温かい。


「きらきらが苦手だったのね」


リリは、うなずいた。

やっと言えた。


「眩しいと、置いていかれる気がするから」


母はリリの髪を撫でた。


「置いていかないよ。きらきらは、見せるためだけじゃないもの」


リリはランプを見た。

ひび割れの中で、きらきらが静かに揺れている。


「……今日、分かった」


「なにが?」


リリは答えた。


「きらきらって、寒いときに生まれる。

でも、寒いままじゃなくて……誰かを温めたとき、いちばん光る」


母が笑った。

その笑い方は、冬のスープみたいだった。


リリはランプを窓辺に置いた。

外の雪はまだ白い。

でも眩しくはない。

ひび割れた光が、白をやさしくほどくから。


その夜、リリは飾りをひとつ作った。

星の形ではなく、ひび割れの形。


紙を折って、線を入れて、そっと開く。

割れた線の間から、灯りが漏れる。


母が言った。


「それ、きれいね」


リリは頷いた。


「うん。

“ひび”から出るきらきらが、いちばん好き」


窓の外で、雪がもう一度だけ降り始めた。

ひと粒ひと粒が、きらきらと静かに落ちる。


でも今のリリには、それが眩しくなかった。

それは“見せる光”ではなく、

“帰る道の光”だと知っているから。


ひび割れたランプが、いちばん光った夜――リリの息は、町の冬を少しだけあたたかくした。


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― 新着の感想 ―
読みながらずっと、胸の奥の冷たいところが少しずつ温まっていく感覚がありました。 「きらきらは見る人を選ぶ」と感じてしまうリリの繊細さが、痛いほど分かるのに、文章が優しくて、こちらまで責められない。雪の…
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