京大の11月祭で遊ぼうぜ・起「ふざけんな、ふざけろよ。」
京都大学前の百万遍交差点は、秋の光景に彩られていた。
綿貫 蓮は自転車のペダルを軽くこぎながら、隣の中島 航一をチラッと見た。京都大学の文化祭が「めっちゃすげえらしい」とクラスメイトに聞いて、関係者以外も参加できるってことで、二人でやってきたのだ。
朝十時。京大の百万遍門をくぐるとキャンパスの空気が一気に変わった。学生の笑い声、遠くで響くライブの音楽、模擬店の呼び込みが、秋の風に乗せて微かに耳に届く。二人は門前の駐輪場に自転車を置くと、蓮はスマホを取り出し、ダウンロードしていたパンフレットのデータを広げ目を輝かせた。
「なあ、航一!これ見ろよ、謎解きにお化け屋敷、フリーマーケットまであるってさ!どこから回る?」
「…なんでもいいだろ。適当に歩いて目に付いたのに突撃するか」
「よっしゃ!じゃあ、突撃だ!」
航一は普段と同じ少し無愛想な顔で答え、蓮に急かすような視線をやると、二人はキャンパスを歩き始めた。今年の京大の文化祭のテーマは「ふざけんな、ふざけろよ。」で、それがまるでこの空間そのものに染みついているのか、真面目でいてもふざけている、自由な校風を肌で感じる。
「航一、京大の文化祭って11月祭とかNFって言う事が多いんだっけ?」
「November FestivalでNFだな。毎年11月にやるかららしいな」
航一と蓮の二人は他愛ない会話を続けながら南の方へ歩いていると、二人の前からコスプレ集団が歩いてきた。黒と緑の市松模様の袴や、猪の頭を被った上半身裸の学生たちが笑い合い、校舎の方へと向かおうとしている。
「おお、カッコいい!すみません、写真撮っていいですか?」
「ええよ~!きみら高校生?NF楽しんでってな!」
「はい!高1です!京大入学予定です!!」
「そうなん!そりゃ先輩としてサービスしなきゃな!」
蓮はスマホを手に持ち声をかけ、了承を得るとパシャパシャ撮り始めた。袴の学生がポーズを決めると、蓮は「めっちゃエモいです!」と笑いながらフレームに収めていく。航一は少し離れて「…子供か」と小さく呟くが口元が緩む。蓮は航一の笑顔に胸が小さく高鳴った。航一のこういう顔は撮っておきたいけど、今は心に刻むだけでいい気がする。
航一と蓮の二人はコスプレ集団に手を振ってお礼を告げて別れ、再びキャンパスを歩き始めると、時計台前の広場へと出た。模擬店の店が並び、焼き鳥の煙、お好み焼きの香り、学生の掛け声が響く。
「美しい京大のカキ氷!数式解いたら200円!」
価格表の看板には「価格 = 100*(e^(iπ)+3)」と書かれ、-1の形のチョコが乗ったカキ氷の写真が貼られていた。
「航一、オイラ解けるぞ!200円だ!」
「オイラってお前……最初に200円って言ってるだろ」
蓮は渾身のギャグが滑ったと思い、目が点になり凍りつくと、バッと勢いよく助けを求めるかのように店員の大学生の方へ振り向き、店員は苦笑しながら頷いた。
「この数式ってオイラーの等式っていう数式なんだ。彼はそれにかけてボケたんだと思うよ」
「そうなんですか。ボケた友達がすみません。カキ氷二つ下さい」
航一はカキ氷を二つ注文し支払いを済ませ、カキ氷を受け取ると一つを蓮に手渡した。蓮は納得できないかのように膨れっ面で頬が赤くなる。
「エラトステネスのふるいにかけられてしまった…」
「何言ってるんだ、蓮」
「素数の判別方法だね。割り切れない複雑な思いって所かな?」
店員は「面白い友達だね」と付け加えると、航一は頭を下げて蓮を引き連れ、模擬店を後にした。二人はカキ氷を食べながら、模擬店を見て回る。
「京大、めっちゃ自由でいいな。俺もこんな風にふざけた学生生活を送りたい!」
「お前、いつも十分ふざけてるだろ」
「ひ、ひどっ!親友が冷たい~」
蓮はカキ氷を食べながら、航一ってカキ氷みたいに、冷たい言葉を伝えてくることが多いけど、こうやって付き合ってくれて態度は甘いよなと、ぼんやり思った。
いま、友達として一緒にいるこの時間は心が通じ合ってるんだろうか?航一は俺のことをどれくらいわかってくれてるんだろう。数式みたいに航一の心も解ければいいのにな。蓮がそう思っているとカキ氷が溶け始め、そっちじゃないよ~と蓮は慌てて食べるスピードを速めた。
「…あ。航一、カキ氷代払うよ」
「ん?別にこれくらい奢るぞ」
「…ありがと。やっぱ航一、優しいな!」
蓮はやっぱり航一は甘くて優しいと再確認をしていると、ふとキャンパス脇のサザンカの茂みから緑の瞳が覗いた。あの黒猫だ。蓮は黒猫に視線を合わせ見つめ合った。前に進路の迷いを見透かすように現れたアイツ。
サザンカの赤い花が、まるで蓮のひたむきな想いを映すように揺れる。『心配してくれてありがとうな』と心の中で呟き、蓮は小さく手を振った。黒猫に進路を決めてもらう気はない。自分の意志で自由に決めたいから。
「何だ?そこにまた黒猫がいるのか、蓮?」
「なんでもねーよ。航一、カキ氷食べたら次行こうぜ!」
蓮は笑って誤魔化し、急いでカキ氷を食べ終えると、先に食べ終えてた航一に続いた。ゴミ箱にカキ氷のカップを捨て、再び二人で歩きめると、プラネタリウムの看板が目に飛び込み、航一がふと立ち止まった。航一のリュックで星型チャームが揺れ、祖父との星空の思い出がちらつく。
「…蓮。これ、ちょっと見てみたい」
「お、いいね!でも、整理券いるってさ。後でまた来ようぜ!」
二人は整理券を取り、再びキャンパスを歩き始めた。金木犀の香りが、どこからかふわっと漂い、蓮の心を軽く揺らした。この自由な空気、航一と一緒にいるこの瞬間、なんだか全部が特別に思えた。




