金木犀の景色・承「将来の進路」
東山近衛の交差点で赤信号に引っかかり、二人は自転車を止めた。蓮は目の前に広がる京大のキャンパスを眺めた。朝日に照らされた街路樹の銀杏が、まるで金色の絨毯のように道に散っている。隣に立つ航一は、いつものように静かだったが、視線は東大路通沿いの派手な立て看板に吸い寄せられていた。色とりどりの手書きのイラストや文字が踊る看板は、まるで京都大学の魂そのものみたいだった。
「相変わらず、京大の立て看板はすごいな」
「だよな?吉田寮なんか特に色んな意味ですげーらしいぞ。航一、昭和レトロ好きだろ?どうなん、航一的な興味のほどは?」
蓮はニヤッと笑い、航一の肩を軽く叩き興味のほどを伺った。蓮の軽口に航一が眉を上げると、蓮へとツッコミ返した。
「吉田寮は昭和じゃない。大正レトロだぞ」
「え、マジ?そんな古いの?すげー!」
航一のツッコミに蓮は目を丸くし、航一の口元が少し緩んだ。蓮はその瞬間、胸が小さく跳ねるのを感じた。航一のこんな笑顔は滅多に見られないから。
信号が青に変わり、二人は吉田寮の入り口の道の前で自転車を止めた。銀杏並木が短く伸びる道が現れ、奥には吉田寮が見える。朝の光に銀杏の葉がキラキラと舞い落ち、幻想的な雰囲気が漂う。蓮は自転車を止めスマホを手に叫んだ。
「おお、雰囲気すげーな!航一、写真撮らせて!」
蓮は自転車から降り、航一を手招きすると、蓮の心は楽しそうに軽く舞い上がった。この道、この光、航一と一緒にいるこの瞬間、ぜったいエモい。航一は少し面倒そうに自転車を降りたが、蓮の勢いに押されて並木の下に立った。
「…何だよ、急に」
その声はそっけなかったが、星型のチャームが揺れるのを見ると、蓮はなんだか安心した。あのキーホルダー、航一がまだ持ってるってことが、蓮の心を温かくする。
「蓮、そういや大学への進路とか、将来何になりたいか決まったか?」
航一がふと聞いてきた。蓮は一瞬、言葉に詰まった。京大、入れるかな。有名な進学校には入れけど、京大とかなんか、でかい夢だよな。そんなことを考えていると、吉田寮の近く、銀杏の木陰で黒い影が動いた。
「あ、航一!いまの黒猫、見た?」
蓮は思わず声を上げ、航一を振り返った。あの裏路地にいたのと同じ黒猫。まるで蓮の迷いを覗くような青い瞳。航一が目を細め、ピンときたように言った。
「…蓮、お前がなんか進路で迷うと、アイツ出てくるんじゃね?不思議な世界に引きずり込むの、お前のせいだろ」
「ええ~?言いがかりすぎるって!俺、ただの高校1年生だぞ!」
蓮は否定するが心のどこかで、黒猫が自分の迷いを映してる気がした。京大、行きたいな。航一と一緒に。
「ほら、航一、ポーズ取れよ!エモいやついくぜー!」
蓮はスマホを構え動画を撮り始めた。銀杏の葉が舞う中、航一がぎこちなく手を上げ、すぐに「バカ、やめろ」と呟く。蓮は笑いながら、航一と銀杏並木をフレームに収めた。
「あとでエモい動画にして送ってやるからな!SNSにアップするがいい!」
「…お前、ほんと子供。誰が見るんだよ、そんな動画」
航一は呆れた顔で銀杏の葉を拾って蓮に放った。葉がひらりと落ちるのを見ながら、蓮の胸はまた跳ねた。航一のこんな仕草は絶対撮っときたい。一通り撮影して満足した蓮は自転車にまたがった。
「よし、出町ふたば、開店前に着くぞ!黒猫は追わねえ!」
「…お前、ほんと騒がしいな」
航一が小さく笑い、二人の自転車が銀杏並木を後にして、東大路通を北上し百万遍交差点の方へと向かった。秋の爽やかな風が、まるで二人の未来をそっと手助けするように二人の間を吹き抜けた。