京大の11月祭で動け体よ・結「目標に向かって体を動かせ」
京大の吉田南構内は、秋の陽射しが銀杏の葉を黄金に染め、まるで未来の欠片が散らばったような熱気に満ちていた。学生たちの笑い声が混じり合い、キャンパス全体を活気づけている。蓮は巨大なUFOキャッチャーのような機械に目を奪われ、興奮した声で叫んだ。
「すげえ! 航一、これ見てみろよ! アームがガチャガチャ動いて、風船を掴むのめっちゃ精密じゃん! こういうロボット作るの絶対難しいぜ!?」
航一は少し離れて見守っていたが、蓮の笑顔に引き込まれるように近づいた。機械の表面は金属の光沢を帯び、電気配線が絡まる様子がまるで血管のようだ。そんなやり取りを見ていたのか、機械研究会の部員が笑顔を浮かべて声をかけてきた。
「これ、うちのクラブの展示なんだ。君たち高校生だろ?未来の京大生候補くんたち、よかったら中も見てく?講義室に本格的なロボット置いてあるんだ」
「マジですか!?行く行く!航一、行こうぜ!」
部員の明るい誘いに、蓮は目を輝かせて即答した。航一は肩をすくめながら頷き、二人は講義室へと案内された。部屋の中は蛍光灯の白い光が回路基板や工具を照らし、かすかな電子音が響く不思議な空間だった。机にはロボットやセンサーが並び、黒板には電気配線を模したウェルカムメッセージが書いてあった。蓮はすぐに部員たちと打ち解け、専門用語が飛び交う会話に飛び込んでいた。
「アプリ開発したいなってPythonかじったことあるんすけど、こういう分野はちらっとしかまだ見たことなかったので、ロボットの動作を制御するのとか凄く新鮮です!」
「このロボット、Raspberry Piで制御してるんだけど、センサー連携がめっちゃクールでさ!PythonでGPIOピン使って、I2C通信でデータ転送してるんだよ。Wi-Fiモジュール積んで、電波飛ばして遠隔で画像精査しながら走るんだぜ!」
「そうそう、OpenCVでリアルタイム画像処理して物体検知してるんだ。コースのラインをトレースしながら、障害物避けて最後にブロック投げて指定位置に置くんだよ。デモ見る?」
蓮は説明を聞きながら、その瞳は熱を帯び積極的に会話に参加していた。航一は横で耳を澄ましていたが専門用語の嵐に戸惑った。ラズベリーパイ?木苺のパイじゃねえよな……サクサクした食べ物のことじゃなくて、文脈と指で指し示した物から考えると、小さなコンピューターのこと?。パイソンってなんだ? 蛇をかじる? GPIOピン、I2C通信……何が何だかサッパリだ。航一は黙って聞き続け、ぼんやりと考えた。何が楽しいのかわからないけど、蓮の目はキラキラ輝いていて本当に楽しそうだった。
「ツレ、手持ち無沙汰になってるよ。こっちのロボットをさ、よかったら説明してあげなよ」
部員の一人が不思議な顔で突っ立っている、航一の様子に気づき笑いながら声をかけた。蓮は慌てて航一の方を向き興奮気味に説明を始めたが、あまりにも専門用語多発で意味不明な言葉を繰り返し、航一は首を傾げ取り敢えず素直に聞き流した。
「ほら、航一! これ見てみろよ、Raspberry Pi積んだロボットがWi-Fiで電波飛ばしてカメラで画像キャプチャしてさ、OpenCVでエッジ検出してライン追従するんだぜ! Pythonのコードでif文で条件分岐してPWMでモーター制御して……すげえだろー! 障害物見つけたらSLAMアルゴリズムでマッピングして避けるんだよ!」
「PWM? SLAM? それ、どんな意味だよ……」
蓮はさらに熱くなりジェスチャーを交えて説明した。
「PWMはパルス幅変調でモーターの速度調整するんだ! SLAMは同時位置推定と地図作成で、ロボットが自分の位置わかって地図作るの! ほら、デモ見ろよ!」
それを見かねた京大生の部員が穏やかに割り入った。
「頭でっかちになると重くて動けなくなるからね。考える部分、つまり頭脳は別のパソコンで、動く部分はモーターとセンサーで分けてるんだ。人間の脳と体みたいなもんさ。専門用語抜きで言うと、このロボットは道の線をなぞって走り、邪魔な物避けてゴールでブロックを投げる。簡単だろ?」
「なるほど。さすが京大生ですね。蓮と違って説明もわかりやすい」
「航一、どゆこと!?」
デモンストレーションが始まると、メカメカしたロボットはコースのラインからはみ出さず、置かれた障害物を巧みに避け、最後に指定の位置へブロックを投げて置いた。電子音がビープと鳴り、カメラのレンズがウィーンと回転する様子は、まるで小さな宇宙船のようだった。蓮は興奮冷めやらず拳を握りしめて叫んだ。
「やべえ! 絶対京大へ行くぞ! これ作ってみたい! 航一、俺たち一緒にロボット作ろうぜ!」
「お前がそんなに熱くなるなんて、来て良かったな」
航一は微笑むと楽しそうでなによりだなという感想を心に浮かべた。だいぶ長居をし蓮は機械研究会の部員たちに特大の感謝を告げて講義室を出た。
二人は他の展示物を続けて見て回った。蓮がスマホでパシャパシャ撮る横で、航一はガラスケースの蝶の標本を眺めた。羽の模様が光を反射し時間を閉じ込めた宝石のように輝く。航一は言葉にできない輝きを感じていた。
日本全国の鉄道写真展では、蓮が懐かしい列車の写真に興奮し、戦争の写真展では二人が静かに見入った。あっという間に日が暮れ、キャンパスの灯りが銀杏を照らす。
「航一。キャンプファイアー見たいけど、帰り遅くなるよな……」
「そうだな。京大生になった時の楽しみとして取っておいたら良いんじゃないか?」
学祭の最終日にはキャンプファイアーが行われるらしく名残惜しかったが、二人は話し合い京大を後にした。青春を閉じ込めた学祭は、とても眩しく心に熱を灯すものだった。
学校の教室に戻った月曜日。蓮は興奮冷めやらぬ様子で友人たちに京大の文化祭をまくし立てた。航一を中心に机を囲むグループは、いつも通り賑やかで、窓から差し込む冬の陽射しがノートやペンを照らす中、蓮の声が響いた。
「みんな、京大のNFマジでヤバかったぜ!メカメカしたロボットとか、クジャクとか、みんなで一緒に京大行こうぜー!」
「最高学府にそんな簡単に行けたら苦労しねえだろ。お前、興奮しすぎて鬱陶しいわ。自慢するのはこの口か、ええっ!?」
情報通で文化祭の情報を教えてくれた友人、清水 拓也が白い目で睨んだ。拓也は幾つもの塾に通い詰めていて文化祭に行けなかったのだ。拓也は蓮の頬を掴むダイレクトアタックをかまし、蓮は痛がりながらフガフガと航一に助けを求める。
「いひゃい~!こういひー、ふぁふへてくへ~!」
「自業自得だ、蓮。人の心の機微も勉強しろよ」
航一は教科書をめくりながら視線をそらした。蓮は成績悪そうに見えるが、記憶力と計算力が抜群で、成績がクラスの中でも飛びぬけているのだ。だが人の機微に疎く、こういう結果になるのは毎度のことで、二人がじゃれあうのをグループのもう一人の友人、広瀬 昴晴が笑いながら止めた。昴晴はスポーツ万能で身長が高く、爽やかなイメージの印象が強いスポーツマンのような外見なのだが、どちらかというと勉強が得意な文化系よりなこのグループが性に合っているらしく、自然と会話に参加し溶け込んでいる。
「まあまあ、喧嘩はそこまでにしといてさ。そろそろクリスマスだし、みんなでクリスマス会開いてプレゼント交換しないか?」
昴晴の言葉に拓也が蓮の頬を離し、蓮がほっと息を吐いた。
「いいね! 昴晴、ナイスフォロー! 俺、プレゼントにメカメカしたロボットのおもちゃ入れるぞ~」
「ハズレ入れるの禁止だろ! お前のセンス最悪じゃん!」
拓也がまた頬を掴み、蓮が笑いながら抵抗する。
「ぎゃー! やめろよ、拓也! 航一、何か言ってくれ!」
「蓮は毎度のごとく懲りないな。お仕置きが必要か~?」
「ふえっ!?ちょ、壮真、やめっ!!!」
グループ最後の友人、女子と見間違えるような小柄で可愛い外見の高木 壮真が、手をワキワキさせながら蓮へと迫った。航一は穏やかに微笑み皆の様子を見ていた。このグループが友達の話を律儀に最後まで聞くスタンスなのは航一の影響が大きい。否定せず肯定するような心地いい応えを返す、航一に皆が集まってきてグループを形成しているのだ。
「クリスマス会のプレゼント、みんなで買いに行こうか。時間と場所の都合はどうする?」
航一が手を叩き皆の注目を集め、スマートフォンのカレンダーアプリを開くと、時間と場所の相談を始めた。
「来週の日曜日、空いてる? 俺、朝はバスケの練習あるけど午後からなら」
「俺、夕方から塾だけど、それまでなら行ける」
昴晴が提案し、拓也が頷く。
「壮真は家の手伝いは大丈夫か?」
「飲食店は昼過ぎたら問題無いよ。場所もランチ時間過ぎたら提供できそう」
「プレゼント交換、予算3000円以内でいいよな?」
「後でグループLINEにまとめとくよ。みんなチェックしといてくれ」
壮真の都合を確認し、蓮がプレゼント額を決めると、航一が最後に締めた。皆で笑い合い教室でじゃれあいながら、友達と過ごす楽しさに溢れた学生生活。きっと後から思い返せば青春の一ページに見えるだろう。この光景が、未知のウイルスの流行で全世界の活動が停止し、京都ですら人のいない街となり、教室で騒ぐことすらできなくなる。そんな大変なことが起きることを、この中の誰もがまだ思いもしなかったのだった。




