京大の11月祭で繋ごうか・承「漆黒の闇のプラネタリウム」
航一と蓮の二人は時計台の前を横切り、京大の本部構内から道路を渡って吉田南構内へと足を踏み入れた。そこは本部構内とはまた違った別世界だった。様々な模擬店の呼び込みが行われ、遠くに大道芸人の格好をした学生がジャグリングを披露すると歓声が上がるのが見えた。
「すげえな航一、京大の文化祭って自由すぎる!」
「……お前、騒ぎすぎ。まあでも、高校の文化祭と空気がまるで違うな」
蓮はきょろきょろと周囲を見回し、まるで宝探しの子供みたいに目を輝かせる。航一はそんな蓮の横顔を見て、自然と口元が緩むのを抑えられなかった。
似顔絵コーナーの前を通りかかると、学生が「二人でどう?」と声をかけてきた。蓮が即答し航一も断りきれずにお願いすることになった。完成した絵は、航一の真面目で不愛想な顔と蓮のやんちゃな笑顔が、強調されたデフォルメの効いた絵で、二人の特徴をよく表していた。
「ぶははっ!似てる!航一、こんな顔してんだな!」
「……ここまでキリッとしたイケメンじゃない」
「いや、キリッとしたイケメンだって!あー、これ永久保存版だな!」
蓮は大笑いし航一は赤くなって顔を逸らした。けれど、心の奥ではイケメンと言われ少し嬉しい気もしていた。ちょっと照れくさくはあるが、誰かに描かれた自分の似顔絵で、蓮がこんなに楽しそうな顔をしているのが嬉しかった。
絵描きの学生が「君たち、仲良いね!」と笑うと、蓮は「親友っす!」と答え、航一が「…うるさい」と呟くと、蓮はスマホを取り出し肩を組むと「似顔絵と一緒に撮ろうぜ」とシャッターを切った。
「あとで航一のスマホに送っとくからな!」
「…そんな恥ずかしいのは要らない」
「ええ~?めっちゃイケメンなのにな~」
二人は似顔絵のお礼を言うと、吉田南のグラウンドへ出た。様々な模擬店が立ち並び、ステージでライブイベントをやっているのが見える。二人は昼食にしようと模擬店の前を順番に見て歩いた。
「航一、ワニ肉だって!これはさすがに注文するのは勇者過ぎるしパスかなあ」
「美味しいのかどうかよりも売り上げが気になるな。大赤字じゃないだろうか」
焼きそばやたこ焼きの屋台が並ぶ中、特に人だかりができているカレーの列から、とても美味しそうな空腹を誘う香りが漂い、二人は頷き合うと列に加わった。行列が捌けるのを待っている間、アカペラの歌声がステージから響き、蓮の足がそわそわと動き始める。
「行ってくればいいだろ。俺が並んどくから」
「……ほんと?なんか悪いな!」
「何かあったらスマホで呼べ」
蓮が駆け出す背中を見送り航一は列に残った。ひとりになると不意に脇の茂みに気配を感じた。黒猫がじっとこちらを見ていた。いや、正確には自分ではなく、蓮の背を目で追っている。
(あの黒猫……やっぱり蓮を見ているのか?)
航一は思い出す。あの裏路地の記憶屋、吉田寮の銀杏並木、蓮には誤魔化されたが、先程のサザンカの茂み。黒猫はいつも蓮を見つめ、航一には目をくれない。少ない状況証拠から考えると、蓮が進路を迷う運命の分岐点に現れる気がする。もし今日が蓮にとって運命の分岐点だとしたら、京大のどの学部に進学したいのか決めるということだろうか?航一は『あの裏路地の記憶屋の婆さんに聞ければ簡単なのに』と頭の片隅で思った。
答えの出ない思考を続けていると行列が捌け、あと二人で順番が回ってくるので思考を振り切ろうとしたとき、蓮が焼きトウモロコシを手に戻ってきた。
「航一、野菜もちゃんと食べろってな!」
「……蓮ってそんな食事に気を使うタイプだったのか?」
「文句言うなよ!?奢りだし!」
航一は苦笑しつつ蓮から焼きトウモロコシを受け取った。少し待っていると自分たちの順番になり、カレーを受け取り二人で並んで食べた。
「これ、スパイスの香り複雑だな。模擬店のレベルじゃない」
「わかる!なんかプロの味!」
二人は小学生並みの感想すぎて顔を見合わせて笑い合った。そんなとき、航一のスマホのアラームが鳴り、プラネタリウムの開始時間があと三十分で近づいていると知らせてきた。
「もうすぐプラネタリウムが始まるな。移動しようか」
「オッケー!でも吉田南の校舎の方、まだ見れてないとこいっぱいあるんだよな」
「後で戻ればいい」
二人は立ち上がりプラネタリウム会場へ向かった。会場に到着すると講義室の中に案内されて、ビニール製のドームが置かれているのが見えた。投影機も学生の手作りらしく、二人はその本格さに圧倒される。
「プラネタリウムって初めてだから、めっちゃ楽しみ!」
「本当の星空と、どれくらい違うんだろうな」
ドームの中に入ると隣の人の顔がうっすらわかる位の思った以上の暗闇で、蓮は落ち着かない様子を見せた。
「うわ、真っ暗じゃん……航一の顔も殆ど見えねえぞ、ちょっと怖えな」
「…お前、子供か」
蓮は声をひそめながらも、肩が小さく震えていた。航一は迷ったが、一番後ろの列だし誰にも見えないからいいかと、そっと蓮の手を握った。
「……落ち着け。どうせ星が映ったら明るくなる」
「っ……あ、ああ……」
航一の手が温かくて、蓮の心がドキッと跳ね、心臓が早鐘を打つのを感じた。暗闇よりも航一の手の温かさに緊張してしまう。やがて完全な闇の中、天井に満天の星が映し出される。案内役の学生が、春の星空について語り始めた。蓮の手を握り続けながら、航一の脳裏に祖父と見上げた夜空の記憶が蘇る。懐かしさに胸が締めつけられ、航一は無意識に握った手に力を込めた。
「……っ」
驚いた蓮は一瞬強張ったが、航一の手を強く握り返した。体が硬直しているのに、心は不思議と温かい。暗闇の中で、心と体の両方が繋がったような気がした。
上映が終わると二人は外に出た。昼の光に目を細めながら、蓮はまだ航一の手の感触を覚えていて、スマホを握りながら呟いた。
「プラネタリウムの星空、撮りたかったな」
「……蓮。春休みに一緒に天橋立まで行かないか」
「え?」
「祖父の地元で星をよく見に行ったんだ。冬は雪で大変だから春になったら……」
「……うん。絶対行こうな、航一!」
蓮の笑顔を見て、航一の胸に静かな温かさが広がった。金木犀の香りが、キャンパスのざわめきに混じり、蓮の心をそっと温める。この時間、航一と一緒にいるこの瞬間、全部が特別だ。




