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 聖堂で祈りを捧げるレガリアの姿は、確かに『聖女』と呼ばれるに相応しい気品があった。

 地方への勤めがない限り、ほぼ毎朝行われる礼拝への出席は欠かされることがない。


 神に祈っているのか、レガリアに淡い思いを向けているのか、曖昧な信徒たちを横目にタイセイはあくびを堪える。

 彼はあくまでレガリアの従者でありこの国の信仰を同じくする者ではない。

 教会に煙たがられている自覚はあるが、かといって彼らに代わり得る人材を用意できないことも知っている。

 まあそもそも、はいそうですかと代われる勤めではないのだが、これはタイセイ自身の問題であり、レガリアには一切知らせてはいない。

 故に勤めとして周囲の気配を探り、異変のないことを確認しながら再びこみ上げてくるあくびをかみ殺した。





「司教さまに注意された」


 ぶうと膨れるレガリアは軽装である。構えは慣れたもので、流石にぶれがない。


「あくびは堪えたが」

「……あの金色の『リュウ』?の刺繍の入った上着だ。やめてくれって言っただろう」


 社交の場では文句は言われなかったので、アリだと思っていたタイセイは小首を傾げながら軽く掌底を繰り出す。


「教会は、もっと大人しい装いが相応しいんだってもう何回も言っただろうっ」


 身をかがめてかわしたレガリアが一瞬背を向け――弧を描き低く蹴りを放った。

 悪くない動きである。

 以前は避けるだけで次に繋げることなど及びもつかない有様だったのだ。


「縁起ものだというのに、司教どのも存外頭が堅い」


 タイセイは喉の奥で笑いながら半歩身を後ろに引き、レガリアの蹴りをかわしつつ、己の足を引っ掛ける。


「わっ」


 バランスを崩したレガリアは倒れかけ地に両手をつく。

 ここまでか、と思った次の瞬間、タイセイの予想を裏切りレガリアが片手で何かを投げつけた。


 なんのことはない、むしった芝である、が、魔力が込められていた。


「ほう!」


 喜色を浮かべタイセイが笑い、小さな礫と化した芝のかけらを片手で払い、消し去った。

 その隙に間合いを詰めたレガリアであったが、そこまでだ。

 繰り出した掌底はタイセイのもう一方の手に受け止められていたのである。


「ふむ、掌打にも魔力を込めたか、考えたではないか」

「『キ』などと言われてもさっぱりだからだ!」


 レガリアがやけくそ気味に叫び、ぱっとその場に座り込む。


 二人が教会から帰って何をしているのかといえば、護身のためのタイセイからの稽古である。

 幼少から続くそれはけして優しいものではないのだが、『聖女』としての勤めの中で単独になることもあるレガリアにはどうしても必要なものであったのだ。

 さらに言えば、刃のついたものを忌避する教会においては特に都合が良い。

 ことさらにタイセイの異国の技を学んでいるのは、この国で生きる以上、より相手の意表をつける見慣れぬ動きの方が有利であるという理由もある。


 だが、レガリアにとっては、気心の知れたタイセイと、鍛錬はきつくとも共にこうして軽口を叩き合える時間が楽しいからというのも大きかった。


「まあしかし、良い思いつきだ。 あるじには『気』を丹田にこめろと言ったところで通じぬだろうが、魔力の流れを気と同様に扱えるならそれで良いわけだ」

「逆にタイセイのいう『キ』っていう方がわけわからないよ。魔力とはまるで違うものなのだろう?」

「騎士団長どのも似た真似はしておるぞ」

「待て、そのせいか? 騎士団長が最近変な目でこっち見てくるの」


 肩で息をしながら睨むレガリアに、タイセイが悪戯のばれた子供のような顔を向ける。


「許せ、国一番の使い手だぞ。つい、な」

「……今度騎士団に加護の祈りを強めに捧げて詫び入れておく」


 矛先を変えようとタイセイが口を開く。


「あとは体力をもう少しつけることだな。動きも機転も悪くないのだ、長く動けるようになれば護身としては十分だろう」

「体力なぁ……」


 あまりない力こぶを作ってレガリアが項垂れる。教会の司教たちが目にしたら『それ以上鍛えないでください!』と悲鳴をあげるだろうが、彼としてはもう少し筋肉がついてほしい。

 若者らしい悩みに顔を顰めるレガリアに、タイセイは微笑む。

 素直に教えを請い、吸収し、自分なりに育っていくレガリアは好ましい者だった。

 己が与えられるものなら、できる限り与えてやりたいとさえ思っている。


「ミホトケの使いっ走りというのも悪くないな、時としてこういう楽しみもある」

「ミホトケ?」


 耳慣れぬ言葉にレガリアが首を傾げながら見上げた。

 素知らぬ顔でタイセイは笑う。

 

「なに、こちらの話だ」







 モントローズ伯爵邸ではさる令嬢が必死に悲鳴を堪えていた。

 名をジュヌヴィエーヴという、この国の第三王子の婚約者である。


「どうしましょう、どうしましょう。私、いえこの家このままでは身の破滅だわ」


 震える肩を抱きながら呟く彼女の頭の中は混乱の真っ只中であった。


 最近いくらかそっけなくなった第三王子のことを思いながら、憂鬱な気分で侍女を下がらせて部屋に一人きりになったのは数分前のことである。

 その直後、鏡台に出しっぱなしにしていた耳飾りを袖で落としてしまい身をかがめて拾おうとしたその時、ごつんと、装飾過多の鏡台のまさにその装飾部に派手に頭を打ちつけた、その瞬間であった。


 どっと流れ込んできたのである、彼女であり彼女のものではない記憶のすべてが。


 それは何もかもが彼女の今とはかけ離れたものであったが故に、実感は伴っていなかった。

 小説でも一気読みしたようなものである。

 だが、その小説にこそ問題があった。


 彼女のものではない人生において、それは些細な体験であった。

 一冊の小説を空いた時間に読む、それだけのことだったのだが――その内容こそ重要だったのだ。


「『星の乙女』に『第三王子』、それに『ジュヌヴィエーヴ伯爵令嬢』……間違いないわ」


 親の定めた許嫁のいる第三王子が星の乙女である聖女と惹かれ合い、それを面白く思わぬ許嫁のジュヌヴィエーヴがあれこれと二人の恋路を妨害するも、学院の創立祭に聖女を伴った王子によって妨害工作の数々を暴かれ彼女の婚約は破棄され、王子は聖女と結ばれる。

 そして彼女の家は咎により罰せられ爵位も返上することになってしまう

 そんな筋書きのさらっと読み終えられるそれは、かつての彼女の人生ではどちらかというと陳腐なものとして片付けられていた。

 だが今の彼女には大問題である。


 つれない態度の許嫁、国中に慕われるが定まったお相手はいない星の乙女、そして公爵家令嬢、ジュヌヴィエーヴ、つまり己である。

 幸い許嫁はつれないとまではいわない態度をとってはいるが、完全に星の乙女――聖女であるレガリアに心を奪われている。

 だからといってその聖女に嫌がらせなどという真似はしていない。

 ましてやする予定もないのだが、彼女は状況の類似に恐怖していたが故に、こう考えた。


 何か行動を起こさねば『そうなってしまう』のではないかと。

 今のところ問題の創立祭までは三か月ある、否、三か月しかない。


「ど……どうしましょう………」


 ジュヌヴィエーヴは痛む頭を涙目でさすりつつ、ベッドに突っ伏した。

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