翼翼小心
3つ首スケルトンは、感電死を体に受けて、全身をピクピクと震わせながら体がバラバラになって床へ崩れ落ちた。その時、3つある顔の1つは粉々になった。しかし、残る2つの顔はコロコロと転がって、トールの背後まで転がっていく。トールは勝利を確信してガッツポーズをした瞬間に、2つの顔から体が生えてきて、トールの背中にカマを振りかざした。
トールの体は腹部から真っ2つに切り裂かれて、胴体から血が噴水のように吹き出しながら内臓が滴り落ちる。そして、上半身は床に落ちて、悪魔の形相でトールはもだえ苦しみながら、苦痛から逃れるために上半身をくるくると何度も回転させた。
ロキはおぞましい姿になったトールの姿を見て吐き気を催す。そして、ロキは無意識に口へ手を押し当てようとした瞬間に2つ首スケルトンはロキとの差を一瞬で縮めた。
「絶対零度」
ロキはすぐに魔法名を唱えて自分の体を凍らせた。絶対零度は自分の体を-273.15度にして凍らせて、あらゆる攻撃から身を守る防御魔法であるが、触れたモノも凍らせる堅守猛攻の魔法である。この魔法では防御こそ最大の武器となるのである。しかし、ロキの魔法名詠唱よりも早く2つ首スケルトンのカマがロキの首を切り裂いた。またしてもロキは首を失った体をありえない方向に曲げながら不気味なダンスを踊るように地面をのたうちまわった。
「……」
「……」
ロキが目を覚ますとトールは廃人のようにベットで天上を向いて動かない。ロキも同じように呆然自失で天上を見ていた。2人が声を出したのは目を覚ましてから1時間後であった。
「もう……嫌や。俺はあそこへ行きたくない……」
トールは完全に恐怖に支配されていた。
「ああ」
ロキはただ声を発した。言葉の内容には意味はない。
「ロキお姉ちゃん、トール親分、元気を出すのですぅ~」
私はポロンとのダイエットを一時中断して暗闇世界へ戻って来た。もうそろそろ2人が黒の迷宮での戦闘で心が折れて廃人になっている頃合いだと思ったからである。
「ルシス、もう帰らせてくれ」
「ああ」
私の元気な問いかけにトールは干からびた声で弱気な発言をして、ロキは条件反射のように声を出す。
「トール親分、あきらめたらそこで試合終了なのです」
私はこのセリフを言う為に戻って来たと言っても過言ではない。
「どういう意味やねん」
おかしいのです。この言葉をかけたらトールがやる気をだすはずなのに……。私の作戦は失敗に終わる。
「トール、ルシスちゃんはここで強くなるのを諦めたら二度と強くなれないと言っているのよ」
ロキは私の素敵な言葉に感銘を受けて元気を取り戻して言葉の真意を説明する。
「ロキはまたアイツと戦えるのか」
トールは完全に心が折れている。
「トール、考え方を変える必要があると思うわ。ルシスちゃんは私たちなら1階層をクリアーできると判断してこの修業を用意してくれたのよ」
「こんなん無理やろ」
トールの言葉に覇気はない。
「トール、よく考えるのよ。ルシスちゃんは私たちが1階層をクリアーするのに10日間という時間を与えてくれたのよ」
「だからなんやねん」
トールは情緒が不安定になり怒鳴り出す。
「私たちはまだ2回しか挑戦をしていないのよ。しかも、最初の敵よ。3つ首スケルトンはBランクの強さだから簡単に倒せないのはわかっていたでしょ」
3つ首スケルトンの正確なランクはCランクの最上クラスもしくはBランクの最下位クラスと言えるだろう。ロキとトールの現在の実力はCランクの最下位と言えるので、普通に挑めば100%負ける。それは2人には説明済みだ。
「そんなん承知の上や。でも、あの苦しみには耐えられんのや」
「私は乗り越えられる試練しか与えないのです」
この言葉も言ってみたかったのです。
「……」
トールは唇を噛みしめて考える。
「トール、敵は格上よ。それなのに私たちは無謀に挑み過ぎていたわ」
「……」
「私たちはルシスちゃんからいろんなことを学んだはずよ。それを全部出し切れているかしら」
「強い相手に猪突猛進は無謀、強い相手には翼翼小心で挑めやな」
トールは性格的に猪突猛進になりやすい。それが良い面に働くこともあるだろう。しかし、格上との戦いでは仇となることも多い。翼翼小心とは落ち着いてじっくり考えている様子をあらわす四字熟語である。格上との戦いでは落ち着く余裕などないのはわかっている。だが、そんな時こそ落ち着いて状況を把握して相手の弱点を見つけるのが大事なのである。それなのにトールは安易に勝利したと確信して油断を作ってしまった。最初から翼翼小心の気持ちで戦っていれば違った展開になっていただろう。それはロキにもいえることであった。
ロキお姉ちゃん、トール親分よ、大志を抱くのです!




