ラスパの危機
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「いっちゃえ~」
ポロンは人間の顔で悲痛な表情を浮かべながら助けを求める合成魔獣に対して容赦はしない。ポロンはエルフ族なので人間に対する気持ちの切り替えが早いからである。一方、ロキは違った。ポロンの無情の矢が目に突き刺さり、痛みに苦しむ表情で助けを求める合成魔獣に躊躇する。ロキは両手が震えて判断力が鈍って踏み出す一歩が遅くなる。合成魔獣が苦悶の表情を浮かべる仕草は全てジュピターが作り出した演出だ。合成魔獣は動きが鈍くなったロキを迷うことなく襲い掛かる。丸太ほどの大きなクマの腕、ナイフのような爪、人間の10倍の腕力、合成魔獣がフルスイングで振り落とした両手の爪の引っ掻きを喰らえば致命傷になるだろう。
「ロキ、騙されるな」
トールはロキの頭上に振り上げられた巨大な腕が振り落とされる前に合成魔獣の頭を粉砕した。しかし、惰性で落ちる大きな手から生えた鋭利な爪がロキの皮の鎧を引き裂いた。
「申し訳ない」
「同情するなら殺してやれ!それが俺たちに唯一できることやろ」
合成された人間は死んでいるので、もう人間ではない。しかし、人間の顔で人間の声で人間の表情で助けを求めれば、人間なら心が揺らぐのは当然だ。それがたとえクマの体だったとしても……。
「わかっているわ」
ロキの左肩付近の鎧には川の字の傷ができている。しかし、出血はしていないので問題はないだろう。ロキは落ち着きを取り戻して炎の剣を振りかざす。
「ロキさん、トールさん、一大事です」
ポロンは正確無比な射撃をしながら大声で叫ぶ。一方、ロキとトールは返事をする余裕はないがポロンの声は届いている。
「もう矢が無くなりそうです」
思わぬところでルークの下準備が功を奏する。ローガンが武具を破壊したことで、追加の矢を補給することができなかったのである。ラスパが圧倒的優勢な立場で戦況をすすめることができているのは、ポロンの矢であることは言うまでもないだろう。ここでポロンの援護がなくなれば、戦況が逆転することは間違いないだろう。
「矢は閉店ガラガラです。そして、私の体力は終電シュポシュポです」
ポロンは矢と体力が尽きてしまいその場に崩れ落ちる。正確無比な射撃は体力の消耗も激しかった。
「あとは任せたのです」
ポロンは最後の言葉を残すと深い眠りに就いた。
「ロキ、ポロンの援護はなくなったで」
「そうね。後は私たちでがんばりましょう」
残りの合成魔獣は20体ほどだ。これなら勝機はあると2人は思った。
「勝者とは奥の手を用意するものだ。いくらキマイラを討伐した破壊者でも、緻密に計算された策を張り巡らせた俺の敵ではない。1人は力尽きた。後の2人も体力と魔力が尽きるのは時間の問題だ。しかし、その前に精神力を奪ってやろう」
ハーメルンは笛の音色を変える。それはシュティルの森で待機している神の果実を食べた魔獣人間を鼓舞する戦闘歌。それはラスパに捧げる葬送曲。
「ハーメルン司祭様の指示が出ました。皆さん、もう欲望を抑える必要はありません。野生の本能のままにありのままの気持ちで蹂躙をしましょう」
「おぉぉぉ~~~~」
天空神軍の一般兵は天空神教の最下層の存在だ。貧しい家庭に生まれて、神技を授かることができなかった底辺の象徴だ。天空神軍は上下関係も厳しく劣悪な環境下での暮らしを強いられている。しかし、夢がある場所でもあった。
ハーメルンは貧しい家庭の7男の生まれである。貧しい家庭では男性の子供は望まれない。それは男性が神技を授かるのは早くても15歳を過ぎてからになるからだ。しかも、日々のたゆまぬ努力が必要だ。貧しい家庭環境では鍛錬に時間を割く余裕などはない。ハーメルンが物心をつく頃には、家計を助ける為に朝から晩まで家の農作業の手伝いをする日々を送っていた。
ハーメルンはこの頃から疑問に思う。本当に神はいるのだろうか?貴族や裕福な家庭に生まれれば、神技を授かる努力をすることができる。しかし、貧しい家庭に生まれれば、神技を授かる努力さえも奪われる。神などいない。ハーメルンがこの判断に行きつくのは仕方のないことなのであろう。時は過ぎて、ハーメルンが20歳を過ぎた頃に、天空神12使徒豊穣神ケレースがハーメルンの住む村へ訪れた。
ケレースは村人に問う。
「どうして神を信じない」
村人は答える。
「貧しい家庭では神技を得る努力もできないからだ」
ケレースは言う。
「それでも神は存在する」
村人は答える。
「絶対に神などいない」
ケレースは言う。
「神はお前の目の前にいる」
村人は無言になる。
「……」
ケレースは言う。
「お前が信じられないのならば神の力を見せてやろう」
ケレースは村人に神の果実を渡した。
「食べてみろ」
村人は食べる。
すると村人の体に変化が生じる。全身の肌は堅い緑色の鱗に変わり、爪はナイフのように鋭く長くなる。体は膨張してギリシャ彫刻のような筋骨隆々の肉体となり二倍ほどの大きさになる。そして体中から抑えきれないほどの力がみなぎってきた。
ケレースは言う。
「その木を抜いてみろ」
魔獣人間となった村人は戸惑いながらも木に近づいて、両手で木を掴んで力をこめた。
村人は言う。
「すごい力だ。この力は神技を越えている」
ケレースは言う。
「天空神教に入信すれば神の俺が力を与えてやる」
村人は跪き答える。
「入信させてください」
その一部始終を見ていたハーメルンは迷うことなく天空神教に入信した。
それから厳しい下積み生活を経てハーメルンは天空神教の司祭となり神具を授与されるまでに出世した。
「ついに神の力を世界に示す時がきたのだ」
ハーメルンはこの日が来るのを待ちわびていた。
ラスパが危ないのです!




