少女の正体
1人の少女は顔を膨らませて怒りに満ちていた。少女は手に一冊の本を大事に握りしめていた。その本には手書きで【絶品最高のお食事100選】と書かれていた。
「キューカンバの山盛り海鮮丼が食べたいゲソ。でも……お外に悪い奴がいるから食べられないゲソ」
少女の目的は、絶品最高のお食事100選に記載されているキューカンバの山盛り海鮮丼と濃厚葡萄酒を食することであった。
「私の邪魔をするヤツは許さないゲソ」
少女が跳躍すると瞬時に雲を突き抜けた。周りの人は一瞬の出来事で何も気づかない。少女は空から町の外を確認する。
「アイツらが私の邪魔をしているゲソ」
少女は悪者の位置を特定すると、空を蹴り光の速さで地面に着地した。
「聞こえませんよ。もっと、もっと、もっ~~~と大きな声であなた達の思いを私に届けるのです」
「ヴェヌス様、美しいです」
キューカンバの門前ではウェヌスへの美の賛辞が続いていた。
「まだ足りませんね。もっと私の美を褒めるのです」
「ウェヌス様、美しいです」
「まだまだです。もっと心から私の美を褒めるのです」
「ウェヌス様、美しいです」
「まだ続けるつもりか……」
バルカンは地面に座って呆れ顔で愛の復唱を眺めていた。
「お前達、すぐにここから立ち去るゲソ」
「……」
少女は光速で地面に着地したので誰も気づかなかった。少女に声をかけられたバルカンは一瞬恐怖がよぎる。しかし、相手が幼い少女だったのですぐに冷静を取り戻す。
「お前、いつからここに居たのだ。ここは子供が来るところではないぞ。お前こそすぐに立ち去れ」
「もう1回だけチャンスをあげるゲソ。今すぐに立ち去るゲソ」
「ガハハハハハハ、何がチャンスをやるだ。お前こそもう1度だけチャンスを与えてやる。この場からすぐに立ち去れ。さもなくば殺すぞ」
「わかったゲソ」
少女は白くて細い腕をそっと伸ばす。それは伸ばすといよりも伸びたという表現が正しいだろう。少女の手はみるみる伸びてバルカンの体を巻き付けた。そして、少女がギュッと力を込めると、ミスリル製で覆われたバルカンの体は、絞られた雑巾のようにグネグネになった。
「グギャー――」
バルカンの消えそうな小さな断末魔が零れ落ち、ウェヌスへの愛の復唱が止まった。
「バル……」
ウェヌスはクネクネになったバルカンの姿を見て絶句した。
「皆さん、すぐにこの場から立ち去ってくださいゲソ」
少女は天空神軍に逃げる慈悲を与える。
「お前が……バルカンさんを殺したのか……」
「その人間は私の忠告を無視したから殺したゲソ」
「ありえないのです。ありえないのです。バルカンさんは最強の武具を纏う最強の戦士です。こんなわけのわからないガキに殺されるなんてあり得ないのです」
ウェヌスは大海を知らないカエルと同じだ。バルカンは人間界では最強の戦士かもしれないがこの世界での最強の戦士ではない。
「もう1回言うゲソ。すぐにこの場から立ち去るゲソ」
「オホホホホホ、オホホホホホ。なんて糞生意気なお言葉を発するガキなのでしょう。バルカンさんを殺したのはあなたなのかもしれませんが、私の背後には1000名の愛戦士がいるのです。ちょっとお強いからとお調子者になるのはよくありませんね。躾ができていないガキには私がしっかりと躾をしたいと思います」
ウェヌスは妖艶な微笑みを浮かべた。妖艶な微笑みを見た少女の攻撃力は5分の1になる。
「おそらくバルカンさんは、不意打ちを喰らって死んでしまったのでしょう。でも、私はどんな相手でも油断はしないのです」
バルカンが子供を相手に負けるわけがない。しかし、現にバルカンは死んでしまっている。ウェヌスは得体の知れないガキを相手に全力を出す。
「さぁ、みなさん。あの糞生意気なガキを全力で殺すのです。1mmの肉片も残すことはゆるしません」
「はい、ウェヌス様」
1000人の兵士は武器を構えて1人の少女に向かって走り出す。愛戦士となった兵士に恐れや迷いなどない。ただ、ウェヌスの愛に答える愛戦士として命をかけて戦うマシーンとなる。しかし、終わりを迎えるのは一瞬だった。少女は突如として30mほどの真っ白なイカの姿に変身する。大きなイカの足は100本を超えていた。100本の足はまるでそれぞれに意志のある生き物のように動き出し、次々と兵士たちの体を締め付けてネジネジにした。
「この……化け物……」
ほんの数秒の惨劇だった。大きなイカはもとの可愛らしい少女の姿に戻ると軽く跳躍をして町の中へ姿を消した。
一瞬で全滅したのです!




