定番イベント
「ち……治療を……しろ」
マーズが声を上げる。
「ギルドマスター、どう致しましょう」
「このまま放置するわけにはいきませんので私が治癒します」
ディーバの魔石の色は緑である。緑の魔石の持ち主は治癒魔法に長けている。ディーバは1流の治癒師であるが、魔力のない男性には治癒魔法の効果は10分の1になる。ディーバの治療でマーズは砕けた骨の痛みからは解放された。しかし、ジュノは瀕死の重傷だったので、治癒の効果が薄く未だに意識を取り戻す気配はない。
「ヤヌアール、ジュノさんを医務室のベットへ連れて行きなさい。マーズさん、あなたはお話ができるので私の質問に答えてください」
ヤヌアールは担架にジュノを乗せて医務室へ運んだ。ジュノを医務室へ運び終えると、次はマーズを担架へ乗せてギルマスの部屋へ運ぶ。私はオークの死体処理をしたいが、マーズが余計なことを言わないか監視することにした。
「天空神12使徒の中でも最強の神力を持つ最強神ジュノ、そして、天空神12使徒の中でも最強の怪力を持つ拳闘神マーズ、天空神12使徒のツートップのお2人が、どうしてこのような重傷を負ったのでしょうか?」
「それは……」
マーズが真実を述べようとした時、私はディーバの後ろからマーズを睨みつけて、唇に人差し指を立てて私のことは話さないようにと忠告する。私の姿に気付いたマーズは体をガクガクと震わせて驚愕する。
「どうしたのでしょうか、マーズさん。まだ腕が痛むのでしょうか」
マーズが突然怯えだしたので、ディーバは困惑する。
「いや……腕の痛みは消えた。ただあの時の悪夢が蘇っただけだ」
マーズは冷静を装う。
「では、何が起きたのか教えてください」
「小さな……いや、大柄の男が俺たちを襲ったのだ」
「大柄の男?」
「そうだ。俺よりも大柄な男に襲われたのだ」
「わかりました。しかし、もう少し詳しい特徴を教えて下さい」
「背中には大きな白い……いや、大きな黒い翼、頭には2本……いや3本の角、その姿はまさに魔王と呼べる異形の姿だった」
魔王と言われた私は嬉しくてニコニコと心地よい笑みを浮かべる。
「魔王……」
ディーバは魔王という言葉に固唾を呑む。
「そうだ。アイツ……いや、あのお方は魔王に違いない」
「100年前に魔王は死んだはずです。もしかすると新たな魔王が人界へ訪れた可能性があるようですね。では、魔王がオークの群れも殺したのでしょうか?」
「あぁ。アイツ……いや、あのお方が一瞬でオークたちを殲滅した」
「そうですか。では、あなた達はオークの大群を率いて何を企んでいたのでしょうか?」
ディーバは本題に入る。魔王の存在も気になるが、一番気になるのはジュノとマーズの動向だ。
「それは……散歩をしていただけだ」
マーズはあきらかに嘘とわかる言い訳をする。
「そうですか……と納得するとお思いですか?きちんと説明してください」
ディーバは机をたたいて怒りをあらわにする。
「俺は嘘など言っておらん」
マーズは開き直る。そこで私はディーバの後ろから再びマーズを睨みつける。
「本当のことを言いなさい」
「……わかりました。俺たち……いや、私たちはゼーウス法王の指示でラディッシュを襲う予定でした」
「その計画にはリアムも絡んでいるのでしょうか」
「あぁ。どちらかと言えば、リアムのほうから天空神教に嘆願したのだろう」
ディーバは苦虫を嚙み潰したような顔をする。
マーズはリアムに助けを求めに来たのだが、殺す相手の方に助けを求めたことになる。
「そうですか……。あの人なら考えそうなことです。魔王には感謝すべきなのかもしれません」
私はディーバから間接的に感謝されて、ニコニコと笑みを浮かべる。
「もう、話すことはない。俺をリアムのところへ案内してくれ」
「それはできません……と言いたいところですが、ギルマスの権限ではそれはできないのでしょう」
領内のできごとを裁くことができるのは、領主であるリアム・コーンウォリス伯爵であり、ギルドマスターではないからだ。
「理解したのならリアムのところへ案内しろ」
「いえ、まだ何か隠しているはずです。知っている計画は全て話してもらいます」
「俺がおとなしくしているからといって調子に乗るな!俺は天空神12使徒の中でも最強の怪力を持つ拳闘神マーズだ」
私は調子に乗り出したマーズを睨みつけて、親指を下に向けて「殺しますよ」と合図をした。するとマーズの態度は一変した。
「しかし、あなたは私を治療してくれた恩人です。私の知っていることを全て話しましょう」
「……」
ディーバは急に態度が豹変したマーズの姿に困惑する。
「今回は3つの計画が同時に進行しています。1つ目は私と最強神ジュノが協力してラディッシュを襲撃する計画。2つ目は創造神ジュピターと酔漢神バッカスがキャベッジを襲撃する計画。3つ目は武具神バルカンと美貌神ウェヌスがキューカンバに在住しているエリス第1王女を誘拐する計画です」
私の手によって1つ目の計画は阻止された。残る2つの計画で私が気になるのは王女の誘拐計画だ。異世界ファンタジーでは王女が誘拐されるのは定番イベントである。異世界ファンタジー大好きな私にとって、この定番イベントを攻略するのは当然の義務である。私はギルマスの部屋をこっそりと抜け出して、キューカンバへひとっとびした。
次こそ定番イベントを成功させるのです。




