あっぱれな演出
魔獣の大暴走の先頭の様子を注視すると、まだ馬車は襲われていない。しかし、馬車のすぐ近くまで魔獣が迫っているので、危機的な状況であることは間違いない。
「【魔王の時間】では派手さが足りないのです」
【魔王の時間】は、異空間へ魔獣を招待してから全滅させるので、馬車に乗っているお貴族様に、私の勇士を見せることはできない。今回は私がお貴族様と絆を結ぶためのド派手な演出が必要なのである。
「光の雨にするのです」
光の雨とは、ウリエルの能力である神光神炎を応用して編み出した魔法である。
私は上空で停止する。そして、右手を上げて手のひらに魔力を集める。すると手のひらには1m程の光の球体ができあがった。
「たまや~」
私の掛け声と同時に光の球体が手のひらから離れて楕円状に広がっていく。ほんの2秒程度で光の球体は辺り一面を覆いつくす大きな光の雲へと変貌して青空を金色に染めた。
「かぎや~」
次の私の掛け声と同時に大きな光の雲から無数の光の雨が地面に降り注ぐ。金色に染まる空、降り注ぐ金色の雨、その光景はあまりにも美しくて神々しい。しかし、地面にはびこるオークの集団には鬼哭啾啾だった。
「ほぼ全滅したので、馬車に乗っているお貴族様を助けに行くのです」
オークの大群は無慈悲な光の槍の串刺しになり、ほぼ全滅状態になっていた。運よく一命を取り留めたオークは正気を取り戻して森へ全力で逃げる。一方私は黄金に輝く空を背景に、真っ白な翼をはためかせて馬車の前に舞い降りるという最高の演出をぶちかます。しかし、私の演出はこれだけではない。馬車の近くに居た数体のオークはあえて殺さずにいた。
「馬車を襲う悪いオークさん、私が相手をするのです」
馬車の後方には、銀色の鎧に銀色の槍を持つ体長3mの巨漢のハイオーク(Dランク)が5体と真っ赤な鎧に7色の槍、エメラルドグリーンの兜を被り、顔には歌舞伎役者の隈取に似たペイントをしている体長3mの巨漢のオークスター(Cランク)が居た。オークスターはスターと名乗るだけあって派手な出で立ちをしている。そして、オークたちの目は真っ赤に充血しているので、使役されているのは間違いない。特に恨みはないが、ここは私がお貴族様と絆を結ぶ大事なシーン、私は馬車の窓をチラ見して、人影がこちらを見ていることを確認した。
「私が来たからもう安心なのです。この聖剣ナイフーンでオークたちを成敗してさしあげるのです」
オークの大群は魔法を使って殲滅したので、残ったオークたちは剣術で退治することにした。私が剣と魔法が使える優秀な人物だとアピールするためだ。もともと私は異世界へ転生するなら勇者になることを憧れていた。しかし、閻魔大王の手によって地獄へ落とされたので、勇者の道は途絶えてしまい魔王の道に変わってしまった。今は魔王の道も悪くはないと思っているが、ここは魔界ではなく人界だ。勇者っぽく演出した方がお貴族様に受けが良いと判断した。だが、勇者を演出するには伝説の剣が必要だ。あいにく私は武器など持っていない。そこで、昨日プリンを調理するために購入したナイフを伝説の剣の代わりにした。
「ブゥ~~~!ブゥ~~~」
私がナイフーンをオークたちへ向けたことにより、一番先頭にいたオークスターが、直径20㎝長さ6m程の大きな7色の槍を大道芸人のように、器用に振り回しながらバク転をした。これは私の煽り行為に対する返事であった。ここで私も戦闘モードに火が付いた。私も負けじとナイフーンを使った曲芸で対抗する。私は左手を地面に付けて大きく開いた。そして、右手に持ったナイフーンを左の指の間に高速で突き刺す。目にも留まらぬ速さで5本の指の間を突き刺す姿を見たオークスターの額から冷や汗が零れ落ちた。
「ブゥ~~~!ブゥ~~~」
オークスターは虚勢を張るように大声で叫ぶ。そして、私の高速ナイフーン捌きに対抗するかの如く、5体のハイオークの間に大きな槍を突き刺す。しかし、高速で槍を突く精度は完璧のように見えたが、5往復したところで精度は落ちて、ハイオークの腕や足に槍が突き刺さる。失敗したオークスターは地面に膝を付いて敗北を示した。
「私の勝ちなのです」
私は両手を上げて大きくジャンプをして喜ぶ。しかし、その姿はさらに相手を煽る行為となる。すぐに動き出したのは3体のハイオークだ。2体のハイオークはオークスターの槍で突かれて重傷で動けない。無傷の3体のオークが大きな銀の槍を両手で持ち、土煙を上げながら私に突進した。
「そんなつもりはなかったのです」
私の謝罪は受け付けてくれなかった。そもそも使役されているので怒りの感情が優先される。私は猪突猛進するハイオークの槍を紙一重で避けて、ナイフーンに魔力を伝達して、ハイオークの胴体を真っ2つにした。
「ブゥ~~~!ブゥ~~~、ブゥ~~~!ブゥ~~~」
仲間がやられたオークスターは鼓膜が破れるほどの大声を上げて私に突進した。丸太の倍以上ある足は筋肉の塊で超加速ダッシュを可能にする。突進のスピードはハイオークの数倍だ。一瞬の隙でもあればAランクの破壊者でも避けることは不可能だ。しかし、私には無駄であった。私はオークスターの5倍の速度で移動して、ナイフーンで胴体を真っ2つにした。オークスターは死んだことさえ気づかずにこの世を去った。
「これにて一件落着なのです」
私は異世界ファンタジーでは定番の仕事をやり終えて立派な馬車の扉へ向かう。すると、想定通りに馬車の扉は開かれる。
「き……貴様は一体何者だ!」
馬車から降りてきたのは、ツインドリルヘアーの可愛らしいお嬢様ではなく、顔を真っ赤にして怒り狂った白い祭服を着たスキンヘッドの大柄の男性だ。
「お……落ち着いてくださいなのです。私は通りすがりの名もない勇者なのです。私はオークの群れに襲われていたあなた方を助けに来たのです」
思っていた人物像とは違うが、この方はお貴族様の護衛もしくは召使だと私は判断した。
「何を言っているのだ!あいつらは使役した大切な魔獣だ」
あれ?思っていた展開と違うのです……。