乳しぼり
私は魔獣たちの戦いを尻目にサトウキビを探していた。その間にも魔獣たちの阿鼻叫喚の光景が続く。
「あったのです」
ミルクリバー平原には多種多様な食物が生息する。魔獣を一飲みにする巨大な食魔獣植物、猛毒を含む花粉を飛ばす色とりどりの巨大なチューリップなど、ミルクリバー平原の植物は、全てが規格外で異質であった。そんな摩訶不思議なミルクリバー平原を探索すること30分、ようやくお目当てのサトウキビを発見した。
「魔獣の皆さん!こんにちは~」
私は隠蔽していた魔力を一気に解放して、魔獣たちの注意を引き付けることにした。私の存在に気付いた魔獣たちは争いを中断して動きを止めた。そして、魔獣たちは感じ取る。私の膨大な魔力と存在感に。魔獣たちは即座に答えを導き出す。私という生物を排除しないとミルクリバー平原の恩恵を全て私に奪われてしまうと。全ての魔獣たちは、私という最悪の存在を排除するために、一斉に咆哮を上げた。
「魔獣の皆さん、ご声援ありがとうなのです。魔獣の皆様には特に恨みはございませんが、魔王の時間を発動しますので、しばらくはおねんねするのです」
私はミルクリバー平原一帯の全ての魔獣を異空間へ招待した。そして、異空間の中に私の膨大な魔力を流し込む。今回はシュティルの森と比べて格段に魔獣は強くなっている。そのため、私の放出する魔力もかなり多めにした。しかし、前回のように全滅は避けたいところである。私はサトウキビが欲しいだけであり、魔獣を殺しに来たのではない。
「良いこの皆さんは、そのままゆっくりとおねんねしてくださいね」
辺り一帯の魔獣たちは、すべて地面に倒れ込んでピクリとも動かない。私は静寂となったミルクリバー平原の大地に降り立ちサトウキビの収穫をした。
「サトウキビ、手に入れたのです」
私が魔法袋にサトウキビを入れたその時、突然、暗闇に覆われた。
「もう、夜なのです」
太陽が沈んで夜が訪れたわけではなかった。私の頭上にアウズンブラが覆いかぶさったのである。今回私が作り出した大きさの異空間では、アウズンブラは大きすぎて入らなかった。
「近くで見ると大きな黒い空なのです」
空から見るとアウズンブラは、山だと誤認識してしまうが、大地から見ると星のない真っ暗な空だと誤認識してしまうのは仕方のないことであろう。
「次はお乳を搾るのです」
私は学生の時に野外実習で、牧場で乳しぼり体験をしたことがある経験者だ。何も誇れる特技のない私が、学生生活で唯一輝いた瞬間が、乳しぼり体験だったことは黒歴史でもある。しかし、あの黒歴史が、役に立つ時がきたのであった。
「乳しぼりは得意なのです」
私は先の見えない暗闇に向かって飛び立った。
「これではお乳が見えないのです」
光がささないアウズンブラの腹では、どこに乳房があるのかはわからない。そこで、私は魔法を使い明るくすることにした。ウリエルの能力は神光神炎だ。これは光と炎を自在に扱える能力である。
「光球」
私のオリジナルの光魔法である光球を唱える。すると、直径30㎝ほどの光の球が姿を現した。
「調整は5くらいでよいのです」
私は光の球の目盛りを5に設定する。すると、光の球体は太陽のような眩い光を発生して、アウズンブラの腹の底面を綺麗に映し出す。お腹からは長さ30m直径3mの真っ白なお乳が無数に垂れ下がっている。そしてお乳の先端には長さ1m直径50㎝の乳房があった。前世の牛のお乳と比べたら、比べ物にならないくらいに大きいが、私の唯一の前世の特技を利用できる晴れ舞台である。そう思うと俄然やる気が出るのは言うまでもない。私は大きな乳房の先端に魔法袋をくっつけてから、全身を使って乳房を抱きしめる。
「がんばるのです」
美味しいプリンを作るには、アウズンブラの母乳が必要だ。しかし、アウズンブラが発射する母乳ではダメである。濃厚な母乳を手に入れるためには、自らの手で(実際は体を使って)乳しぼりをしなければいけないとアカシックレコードに記載されていたのだ。
私はラファエルの能力である無病息災から作り出した身体強化魔法を自分に付与した。今の私なら指先1つでアウズンブラを持ち上げることも可能なのかもしれない。私はアウズンブラのお乳を柔らかく体で包み込んで、乳しぼりをおこなった。
「成功なのです」
私は新鮮なアウズンブラの母乳を手に入れて次の目的地へ向かった。
美味しいプリンを作るのはとても大変なのです。