絶景
次に向かうのはミルクリバー平原だ。ミルクリバー平原はディスペア山から西へ50㎞離れた場所にあり、大きな白い川が流れている平原だ。ミルクリバー平原にはアウズンブラという体長1㎞を越える山のようなメス牛の大魔獣が生息している。アウズンブラは数万個の乳を持ち、1日に数回乳から母乳を発射して、ミルクリバー平原に生息する牛鬼やナマトヌカナシなどの牛の魔獣に母乳を与えている。しかし、アウズンブラの発射する母乳の量はゲリラ豪雨のように大量で、余った母乳は川になりミルクリバーとよばれる大きな白い川を生み出した。
牛鬼は牛の頭部と蜘蛛の胴体を持つ、体長10m程のAAランクの魔獣である。ナマトヌカナシは体長3m程で牛の姿をしているが、8角8足8尾と奇怪で、尾と腹部と腿とには白い星の斑があり、かなり不気味な姿をしたAAAランクの魔獣である。
奇怪な牛の魔獣たちが住むミルクリバー平原に近寄る種族はほとんどいなくて、人間に関しては未開の土地となっている。
私の目的はアウズンブラが発射する母乳である。アカシックレコードには、美味しいプリンを作るにはアウズンブラの母乳が必要だと記されていた。そしてミルクリバー平原には、アウズンブラの発射する母乳を肥料として様々な植物が生息している。その中にはプリンを作る材料も含まれていた。その材料とはサトウキビだ。ミルクリバー平原のサトウキビは,高さ10m~20m、直径は30㎝から40㎝もある木のような植物であり、ナマトヌカナシの母乳を吸い込んだ幹は甘くて美味しく魔獣たちも好んで食べている。
私はアウズンブラの母乳とサトウキビを求めて遠く離れたミルクリバー平原までひとっとびした。
「うげっ!」
私はミルクリバー平原の絶景を見て驚き慄いた。ミルクリバー平原に到着して、目に飛び込んでくるのは動く山である。雲を越える大きな山が動いているのだ。もちろんこの山の正体はアウズンブラだ。『ズドーン、ズドーン』と大きな足音を立てながら、亀のようにのっそりと歩いている。そして、次に目にするのはミルクリバーだ。ミルクリバーとは名の如く真っ白なきれいな川をイメージしてしまうが実際は違う。確かに一見は白い川に見えるだろう。しかし近づくにつれて、本当の川の色を知ることになる。実際の川の色は、白を下地にした赤黒いマーブル模様だ。この赤黒いマーブル模様を作り出しているのは、魔獣の死体から流れ出る血だ。しかも赤黒く染まっているのは川だけではない。大小さまざまな植物が生い茂っているミルクリバー平原の大地の色も赤黒い。
ミルクリバー平原は、アウズンブラの母乳の恩恵を受けた多くの植物が生息している。その植物を求めて多くの魔獣がミルクリバー平原へ訪れる。この植物の取り合いで多くの魔獣同士が争い、地面には多くの魔獣の死体が無造作に転がっている。しかし、魔獣の死体が多いのはそれだけではない。一番の大きな理由は、ミルクリバー平原には動く山が闊歩しているからだ。人間が平原を歩く時に、視界に入らない小さな虫を避けて歩くことなどしない。ミルクリバー平原でもそれと同じことが起きているのだ。
ミルクリバー平原に様々な植物が育つのは、アウズンブラの母乳だけではなかった。多くの魔獣の死体がミルクリバー平原の土地の栄養素となっていたのだ。これはまさに絶望的な光景、すなわち絶景というのにふさわしいだろう。
「サトウキビを取るのです」
最初に私はサトウキビを採取することにした。しかし、どのサトウキビでも良いわけではない。高さ20mを越えた大きなサトウキビは糖度が高くてプリンの材料に最適だ。だが多くのサトウキビは20mを超える前に、魔獣たちに食い荒らされてしまう。そんな過酷な生存競争に生き残ったサトウキビだけが20mを越えるのである。
私は高度を下げてミルクリバー平原を探索する。地面では牛鬼の群れが体長100mほどの大蛇(Aランク)と争っていた。大蛇が通ると多くの植物はなぎ倒され大蛇の道ができる。牛鬼たちはそんな巨大な大蛇に飛び乗り、8つの足で動きを止めて、鋭利な牙で大蛇の鱗を剥ぎ取り、じわいじわりと弱らせている。一方、少し離れた場所では、ナマトヌカナシとカエルの魔獣レインボーフロッグ(単体ならCランクだが、集団ではAランク)が争っていた。七色の綺麗な皮膚も持つレインボーフロッグの体長は1mほどだが、常に100匹以上の群れと行動し、七色の綺麗な皮膚から出す粘液には猛毒を含んでいる。レインボーフロッグがサトウキビを舌で舐めていると、縄張りを荒らされたと怒り狂ったナマトヌカナシが、8つの角でレインボーフロッグを次々と突き刺していく。突き刺されたレインボーフロッグの体からは、真っ赤な血が噴水のように打ち上げられるが、血と一緒に七色の粘液がナマトヌカナシの体にべっとりと付着する。Bランク相当の魔獣なら、すぐに毒が体に蔓延して30秒ほどで死んでしまう。しかし、ナマトヌカナシはAAAランクの魔獣だ。ナマトヌカナシの皮膚は魔法や状態異常の攻撃を無効化してしまう特殊な皮膚でできている。レインボーフロッグの命がけの攻撃をもろともせずに一方的な殺戮を繰り返している。私はそんな地獄絵図のような場所を低空飛行しながらサトウキビを探している。
多くの魔獣が争っている中で、私だけ魔獣に襲われないのは理由がある。それは魔力量を0に装い、さらに気配を完全に消し去っているからである。もし、すこしでも油断して、気配を察知されれば、魔獣たちは一斉に私を襲って来るだろう。
やれば私はできる子なのです。




