サンドイッチ
「お嬢さんは、お1人でキャベッジに来たのかしら?」
私が泣き止んで心が落ち着いたことに気付いた女性は優しく話しかける。
「うん」
私は小さく頷く。
「これからどうするつもりなの?」
「……わからないのです」
魔界から捨てられた私に行く宛てなどない。しかし、明日になって魔力さえ戻ればなんとかなるだろうと思っている。だって私は前世でたくさんの異世界ファンタジーの本を読んだ強者だ。前世では無駄な知識だと友達からバカにされていた時期もあったけれども無駄ではなかったと証明してやろう。
「私は仲間とあの宿屋に泊まっています。ケガの治療もしたいと思いますので、一緒に泊まりませんか?」
「一緒に……泊まりたいのです。でも……お金を持っていないのです」
お母様のような雰囲気をもつ女性と一緒にいたいと心から思った。しかし、魔界から追放された私は人界のお金など持ってはいない。このことは人界へ転送された時にすぐに気付くべきであった。
「大丈夫よ。私たちは大部屋を借りているのでお金のことは心配しないでね」
「本当に良いのでしょうか」
「子供は遠慮しなくても良いのよ」
女性はお母様のようにやさしく微笑む。
「くぅ~~~」
私が返事をするよりも先にお腹が返事をしてしまった。
「奇遇ですね。ちょうど私もお腹が空いてきたわ。一緒に宿屋でお食事をしましょうね」
女性は私に気遣うように食事にも誘ってくれた。
「ありがとうございます」
私は深々と頭を下げてお礼を言った。
「どういたしまして。さぁ、一緒に行きましょう」
女性は白く細い長い手を私に差し出す。私は嬉しくてためらうことなく手を握った。その手はとても暖かくてお母様の温もりを思い出させてくれた。
「おかえり!ロキ。おや、可愛い子を拾ったみたいだね」
宿屋に入ると威勢の良い声で、宿屋のおかみが出迎えてくれた。宿屋のおかみは、身長は160㎝ほどだが、恰幅が良く豊満な胸をもつ母性たっぷりの40代くらいの女性だ。亜人に見える私を毛嫌いするどころか可愛い小動物を愛でるような目で見ている。
「おかみさん、あまりジロジロと見ないでください。お嬢さんが怖がります」
「大丈夫なのです。全然怖くはないのです」
ロキは私を守ろうとしてくれたが、おかみには敵意はなく友好的だったので私は嬉しかった。
「調査は終わったのかい」
「はい。後はシュティルの森へ原因を調べに行くだけです」
「そうかい。早く原因がわかると助かるわ」
「必ず原因を突き止めてみせます。おかみさん、お嬢さんも私たちの部屋に泊まってもらいます。お腹も空かしていますのでお食事を用意してもらってもよろしいでしょうか」
「あいよ。2人分でよいのかい」
「2人分でお願いします」
「急いで作るからその子を治療してシャワーでも浴びせてあげな」
「お気遣いありがとうございます。お嬢さん、部屋へ向かいましょうね」
「私はルシスなのです。ルシスと呼んでください」
私は自己紹介もしていなかったので名前を伝える。
「そうですね。自己紹介をしていませんでしたね。私はロキよ。ルシスちゃん、部屋へ向かいましょうね」
「はい。ロキお姉ちゃん」
私たちは2階にある部屋へ向かった。
「ポロン!もうお昼は過ぎています。いつまで寝ているのですか」
ロキは部屋に入るなり顔が豹変して閻魔大王の如く罵声を上げる。先ほどまでの優しい雰囲気のロキはいない。しかし、私はその事には全く驚きはしないどころか、さらに親近感が増してしまった。その理由は簡単だ。お母様もいつも優しい言葉をかけてくれるのだが、弟2人が悪さをすると閻魔大王よりも恐ろしい顔で怒鳴りつけるのだ。お昼過ぎまで寝ている女性に怒るロキの姿は懐かしくさえ感じるのであった。
「あと1日くらい寝かさせていただきます」
「ふざけないで!さっさと起きなさい。後で依頼の件で会議をします」
部屋の大きさは8畳ほどで大部屋とは言えない広さであった。部屋には布団が1つ敷かれていて、ポロンという名の女性が口を大きく開けて寝ていた。ウエーブのかかったエメラルドグリーンの髪の隙間から長くとがった綺麗な耳が見えたので、ポロンはエルフ族であろう。
「……。スヤ~~、スヤ~~」
ポロンは会議と聞くと再び眠り出した。
「ルシスちゃん、驚かせてごめんね」
ポロンを起こすのを諦めたロキは冷静さを取り戻して私に謝罪した。
「悪いことをしたら怒るのは当然なのです。怒っているロキお姉ちゃんも素敵なのです」
エルフ族とは、魔王書庫で読んだ本にはこのように記載されていた。エルフ族は非常に長い寿命を持ち、数百年から数千年生きるので、時間に対して非常にルーズである。その為、エルフ族と友好関係を築くには、長い時間をかけてお互いの価値観の妥協点を見つける方法を選択してはいけない。なぜならば、友好関係を築く前にあなたが寿命を迎えるからだ。エルフ族と友好関係を築くには、赤子を教育するように厳しく指導するのが好ましい。ロキのやり方は間違ってはいない。本の教え通りであった。
「ありがとう。そのように言ってもらえることは非常に嬉しいわ。ポロンは後で叩き起こすことにしましょうね」
「はい。私も手伝うのです」
ロキはポロンを起こすことを後回しにして、私の治療をしてくれた。そして、治療後はシャワーを浴びて体を綺麗にしてくれた。
「ポロンを起こす前に、食事にしましょうね」
「はい」
ロキは私の手を引いて1階の食堂へ案内する。
「おかみさん、お食事の用意はできていますか」
「奥の1番テーブルにサンドイッチを用意したわ。すぐに食べなさい」
「は~い」
ロキの代わりに私が大声で返事をした。朝から何も食べていない私は空腹で倒れそうだった。やっと食事を取ることができるので、ロキの手を引っ張って奥のテーブルへ走り出した。
「おい!ロキ。調査は終わったのか」
1番テーブルには燃えるような赤い髪のショートカットの小柄な女性が座っていた。
「ロキお姉ちゃん……私のサンドイッチがないのです」
1番テーブルの上には綺麗な皿が2つ並んでいたが、皿の上には何もなかった。
私のサンドイッチはいづこえ……。
ロキのイメージ画像です