駄々をこねる
次々とフルーツの入った樽をクラーケンの頭上に放り投げる。放り投げられた樽はポロンが精巧な弓捌きで樽を破壊する。破壊された樽から零れ落ちるフルーツをクラーケンは大きな口を開けて頬張り満面の笑みを浮かべる。
「ルシスちゃん、クラーケンは苦しむどころが嬉しそうな笑みを浮かべているわ」
波が穏やかになったのでロキはクラーケンの状況を監視している。このままでは私の嘘の作戦がバレるのは時間の問題だ。
「ロキお姉ちゃん、無問題なのです。クラーケンの体は大きいので果糖中毒を起こすのに時間がかかっているだけなのです」
用意したフルーツの樽は残り少なくなっている。しかし、一向にクラちゃんの胃袋が満足する気配はない。
「もう、退散するのです!」
私はクラちゃんに聞こえるように大声で叫びながら樽を投げる。この短い文言なら私とクラーケンがグルだとわからないだろう。
「ブドウも欲しいゲソ――――」
「あぁ~~~~~」
私は悲鳴をあげてクラちゃんの言葉をかき消した。
「ルシス、どないしてん」
「ルシスさん、急に大声を上げてどうしたのでしょうか?」
「ちょっと気合を入れたのです。トール親分、フルーツの樽はあとどれくらい残っているのでしょうか?」
「後、10樽程やな」
「わかったなのです。ペースを上げるのです」
「わかったで」
私は先ほどよりもスピードを上げて樽を放り投げる。
「フルーツは後10樽で終わりなのです。これで退散するので~~~す」
私の思いをクラちゃんにぶつける。クラちゃんに喋るスキを与えずに間髪入れず頬り投げるので返答はない。私はおとなしく退散することを祈りながら投げ続けた。
「やっぱりおかしいわ。クラーケンは苦しむどころか喜んでいるわ」
ロキは現状を伝えるために大声で余計な報告をする。
「そんなことないので~~~す」
私は大声で叫びながらも樽を放り投げ続ける。トールは樽を転がすのに必死で、ポロンは正確に樽を壊すのに必死でクラーケンの様子を見ることはできない。ロキの言葉と私の言葉を信じるしかない。
「ルシス、後1個やで」
「了解なのです。クラーケンさん、これで終わりなのです」
私は最後の1樽を放り投げる。ポロンは百発百中の命中率で樽を破壊した。
「モグモグ、モグモグ、美味しいゲソ――――」
クラちゃんは8本の足をバタつかせて喜びを表現した。
「やっぱり喜んでいるわ」
ロキが言葉を発した瞬間に漁船へ大波が次々と押し寄せる。ロキは操舵に専念しトールは船酔いを再発しポロンは波の海水で足を滑らせて転倒した。
「チャンスなのです」
私は荒波に乗じて翼を広げクラちゃんのもとへ飛んで行く。
「クラちゃん、約束が違うのです」
「ブドウも欲しいゲソ」
クラちゃんは悲し気な顔をして8本の足をさらにバタつかせて駄々をこね始める。波はさらにおおきくなり、キューカンバを襲う。このままではキューカンバは壊滅してしまう。
「クラちゃん、少しおとなしく待つのです」
「ブドウをくれるゲソ」
「いまから調達するのでこれ以上波をたてないでくださいなのです」
「ゲソ」
クラちゃんに笑顔が戻っておとなしくなり次第に波が穏やかになる。
「ロキお姉ちゃん、後もう少しなのです。港に戻って糖分の高いブドウを探してとどめを刺すのです」
「わかったわ。でも……いえ、ルシスちゃんを信じるわ」
ロキは迷っていた。フルーツを食べて喜ぶクラーケンの姿を見たが、最後は暴れて苦しんでいたと捉えることもできた。しかし今は、クラーケンはニコニコした笑顔でおとなしくしているように見える。ロキは自分の判断に自信が持てなかったので私を信じることにした。
「ロキさん、どうなっているのでしょうか」
港に戻ると心配そうにフリューリングがロキへ声をかける。
「もう少しで追い払えそうです。しかし、フルーツが切れてしまいました」
「わかりました。こんなこともあろうかとフルーツはあと10樽ほど用意してます」
フリューリングは用意周到だ。
「申し訳ありません。できればブドウを用意できないでしょうか」
「ブ……ブドウですか。実はブドウは品薄状態なので、どこにも置いてないでしょう。イチゴやバナナではダメなのでしょうか」
「ルシスちゃん、どうする?」
ロキは不安げな顔で私を見る。
「ダメなのです。どうしてもブドウが欲しいのです」
クラちゃんの食い意地がここまで激しいとは想定外だった。
クラちゃん、わがままはダメなのです!




