キャベッジ
※ルシス視点に戻ります。
今日は魔力が戻る誕生日の前日。修業もないので朝からのんびりと部屋で過ごしていた。約3年間、毎日休まずに修業をしてきたのだから、のんびりと過ごしても誰も文句は言わないだろう。明日に魔力が戻ったら、この魔王書庫の扉をぶち壊して、お母様の部屋へ飛び込んで、契りの間で起きた出来事と私が過ごした3年間の日々を報告するつもりだ。そして、お母様のことを全く恨んでいないことも伝えよう。私はお母様が呟いたあの言葉は、本意ではないことがわかったのだ。
私はこの3年間魔王書庫に保管されているあらゆる本を読み多くの知識を手に入れた。私が魔王書庫に監禁された理由も本の知識で理解したのである。魔界は魔瘴気で満ちている。魔瘴気は魔族以外の種族には毒を吸引しているのと同じだ。魔石が浄化された私は魔界では生きていけない。おそらくお母様は魔王書庫に結界を張って魔瘴気を遮断してくれたのであろう。そして魔瘴気を吸引している魔族を出来るだけ近寄らせないようにしたのである。実は魔界で採れた食材は魔瘴気で汚染されている。しかし、用意された食事を食べても害がないことから推察すると食材を綺麗に洗浄して魔瘴気を排除していることがわかる。このことから、お母様は私のことを嫌っているはずはない。むしろ愛されているとわかったのである。
お母様は私の魔力が戻る方法を探しているに違いない。きちんと話し合えば分かり合えたかもしれない。しかし、お母様は魔王不在の魔界の平和を守る責務と弟2人を教育する責務がある。それに悪魔との契約に失敗して天使に能力を授かった異端児の私を匿うことはできないだろう。それならばいっそ難病で治療しているというデマの情報で、魔王書庫に幽閉されているほうが良いだろう。
やっと長い仮初の時間は終わりを告げる。7大天使の能力と膨大な魔力を取り戻した私は堂々と魔王候補筆頭として返り咲くのである。
「ルシス王女殿下、お迎えに来ました」
扉の奥の方から声が聞こえる。
「私は魔王軍参謀長官のラファンです。レジーナ王妃殿下の命令によりあなたを人界へ追放します」
ラファンがそう告げると、私の目の前が真っ暗になり一瞬で魔王書庫より人界へと転送された。
私が再び瞳に光を取り戻した時、そこは大きな木々が生い茂る暗い森の中だった。暗いといっても夜ではない。大きな木が太陽の光を遮っているだけだ。 後1日だった。後1日経過すれば全てが丸く収まるはずだったのに……。
「お母様、私はお母様を信じていたのにどうして魔界から追放したのですか」
私は地面に座り込み大声で泣き叫んだ。そして泣き続けて涙が枯れた時、急にお腹が鳴った。
「お腹が空いたのです」
泣きつかれたらお腹が減ってきた。そういえば、朝ご飯を食べていなかった。
「明日になれば問題ないのです。でも、今日1日どうすれば良いの……」
明日になって魔力が戻れば私に怖いモノはない。魔界から追放されたのならば人間界で無双すれば良いだけだ。しかし、魔力のない今の私は人間以下の体力しか持ち合わせていない。もしも、この森に魔獣が生息していれば、私の命もここで終わってしまう。
「あれ?これは何かしら」
私の足元に小さい紙切れが落ちていた。恐らくラファンが私を人界へ転送させた時に、一緒に転送させたモノであろう。私は紙切れを拾い上げた。
『太陽の方向へ進めば町があります。その町で平穏な生活を送ってください。あなたを愛するレジーナより』
それは母親からの手紙であった。
「……違う。お母様からの手紙じゃないのです」
手紙の筆跡をみればお母様の字で間違いはないだろう。しかし、お母様が私を追放したとは信じたくはなかったので、手紙をビリビリに破り捨てた。
「ここでじっとしている方が危険なのです」
この森が安全な森だとは言い切れない。もし魔力があれば背中にしまっている翼を広げて簡単に空から移動できる。しかし、今は歩いて森を抜け出さなければならない。私がふと空を見上げると木漏れ日が差し込んでいた。手紙を信用するならば、木漏れ日が差し込む方へ進めば町があるだろう。
「絶対に偽の手紙なのです」
私は木漏れ日が差し込む方向とは真逆の方向へと歩いて行った。すると30分ほどが経過した時、鬱陶しいほどに生えていた木々は消え去り、青々と茂る草原へとたどり着く。そして、草原から50mほど離れた場所に舗装された道が見えた。
「やっと森から脱出できたのです」
私は森から抜けられた喜びを表現するように草原を走って抜け出して、舗装された道に足を踏み入れた。しかし、ここは運命の分かれ道、どちらへ進めばよいのだろうか。恐らく道は町から町へと繋がっているはず。どちらへ進んでも町には辿り着けるだろう。要はどちらへ進めばより早く町へ辿り着くことができるかだ。運が悪ければどちらに進んでも今日中には辿り着けない可能性もある。
「こっちなのです」
私は太陽が昇っていない方角へ進むことにした。この判断が正解なのかすぐにわかることとなるだろう。私はテクテクと歩くこと1時間が経過した。朝から何も食べていないので空腹で今にも倒れそうだ。
「やったのですぅ~!」
今にも倒れそうな私を元気づけるできごとが起きる。なんと町が見えたのだ。私は両手を上げてピョコピョコとジャンプした。しかし、私の無邪気な喜びは一瞬で不安に入れ替わる。私は魔王書庫で読んだ本の内容を思い出す。
私は魔族だ。しかし、原則的には魔族は人界にはいないのである。私の容姿から私は亜人族だと判断されるだろう。亜人族とは人間の姿をしているが、ケモ耳や尻尾が生えた人間と獣人の中間に位置する種族だ。ちなみに獣人族とは獣の姿をした種族である。獣人族は人間をはるかに凌駕したパワーと剣や魔法を跳ね返す強靭な肉体を持つフィジカルモンスターだ。一方亜人族は、人間よりもすぐれた身体能力を持つ程度で獣人族のような圧倒的強さはない。亜人とは人間にも獣人にもなることができなかったまがい物という蔑称としてつけられた言葉なので、亜人を差別する人間も多いと本に記されてあった。
「本には亜人にも有効的な国もあると書いてあったのです」
私は前向きに考える。今の私はレベル1の村人にもタコ殴りにされるくらい弱いのだ。私は勇気を奮い立たせて町へ向かった。
「おい、亜人の子供、キャベッジへ何しに来たのだ!この町はお前のような下等な種族が入れる場所ではないぞ」
私が町へ入る門に到着すると2人の門兵のうちの1人が、私を見るなり大声で怒鳴り出した。私の運命の選択は間違っていたようだ。この町は亜人差別の町だった。ここは問題を起こさずに引き返したほうが正解だろう。
「ごめんなさい。すぐに引き返すのです」
私は少しでも相手の機嫌を損なわないように頭を下げて謝る。
「ちょっと待て、亜人のガキ」
もう1人の門兵が私を引き止める。
「ローガン、どうしたのだ」
「今日の儀式にこのガキを連れて行かないか?」
「ハハハハハハ。ローガン、お前は天才か!」
「やっと俺の賢さを理解したようだな」
「毎回神様への奉納は家畜を使っていたが、亜人を奉納するのは名案だ。きっと神様もお喜びするにちがいない」
「良い供物が手に入って最高だな。これで俺達も神様からの寵愛を賜ることができるはずだ。ガハハハハハ」
ローガンは愉悦の表情を浮かべて大声で笑う。
さて、私はこれからどうなってしまうのでしょうか?