第64話 羊の十二司支
カケルがメガネと対峙した同時期、仮面の女、霞もとある森林に足を踏み入れていた。
「・・・何故」
何故、地下に森林なんだ、どうゆう事だろうかと考えながら霞が歩いていると、白い長髪のタキシード服を着た男性がいつの間にか共に歩いていた。
「!?」
「メェェェイ!」
「うあっ!?」
気がついた瞬間、タキシード服の男性の強烈な回し蹴りが霞を直撃し、木々を何本も倒しながら芝生が張り巡らされている場所まで飛ばされた。
「くっ、不意をついてくるとは」
「不意などついていません。ここは戦場。もう既に戦いは始まっているのですよ」
「二度も!」
再び背後に現れた男に反応した霞はすぐさま、絡新蜘蛛を作り出しタキシードの男の動きを止めた。
「何と動かないとは、驚きましたメェ」
「絡新蜘蛛の人心掌握の糸だ。これでお前はもう私の意思以外では動けない」
タキシードの男は試しに四肢を動かしてみたが、霞の言う通り自身の体が全く動かない事に驚いた。
「素晴らしい力ですメェ。こうなってしまえば羊を数えることしかできないではないですか」
「御託はいい。貴様の知っていることを全て話せ」
取り出したナイフをタキシードの男に突きつけ、霞は今回、八咫烏から任された任務を果たすために詰め寄った。
霞は今回、九条の依頼とは別に本来果たすべき任務があった。
八咫烏が独自に手に入れた情報。それはクールと言う男が魔法を使うという情報だった。
「落ち着きなさい。戦場で焦りを見せると楽なことになりませんよ。さぁ落ち着いて、共に羊を数えましょう。ほら羊が一匹、羊が二匹、羊が、」
「黙れ、知っている事だけ話ッ!?」
途端、霞は膝から崩れ落ちた。
そして身体中から力がどんどん抜けていく感覚に陥った。更に意識が少しずつ遠くなっていっていた。
「何、がくっ、力が、はいら、ない・・・」
「羊が三匹」
「あっ、」
タキシードの男が羊の数を数えると何故だが分からないが更に体の力が抜け、意識が更に遠くなった。
「三匹目でもう終わりですか。わたくし、まだ自己紹介もしておりませんメェ」
「・・・」
既に言葉を発する事すら出来ず、霞はただただ己の意識が遠くなるのを感じながら目を閉じた。
「やれやれ、侵入者に気をつけろとクール様がおっしゃっていたから身構えていたのにこの程度だとは」
タキシード姿の男は首を横に振りながら、自分の足元で眠りについた仮面の女を見下した。
「さて、そろそろティータイムなのでトドメを刺してあげましょうか」
「・・・」
意識が未だ戻らない霞の胸にナイフを突き立て、タキシードの男はそのまま突き刺した。
勝負は決したとタキシードの男は思い立ち上がり、その場を後にする為に歩いていると上空から足元に丸い玉が投げられた。
「メェ??」
玉が地面に当たった瞬間、それは大爆発を起こした。タキシードの男は煙の中から飛び出した。
「驚きました。まさか偽物と戦わされていたとは」
「蜘蛛糸分身。どこぞの忍者が使用していた奴の見様見栄えだが、どうやら上手くいった様だな」
タキシードの男は先程までと打って変わり、服は執事とは思えないほど傷だらけであり、髪の毛は少しだけ焦げていた。
「貴方、この私の自慢の髪をよくもやってくれましたメェ!」
「お前の力は大体わかった。羊の数が多くなるほどこちらの意識と身体の機能を奪う、と言ったところか」
タキシードの男は手鏡を取り出し、自身の髪の毛を手入れして、ボロボロの服もいつの間にか着替えていた。
そして落ち着きを取り戻したのか、最初に見た時のような冷静さと落ち着きを取り戻していた。
「メェ、その通りですメェ。私のnoiseは"羊百まで"。私が羊を数える事に貴方は意識と身体の機能を少しづつ失っていく。個人差はありますがね。そして百まで数えた瞬間、耐性云々関係なく相手は死ぬ」
「なるほど」
先程の私自身の分身が羊の数三匹目でやられた。分身と本体で多少の違いは恐らくあるだろう。何よりもそれを聞いていた私は未だ体の力が抜けるような感覚は全くない。
「自分の限界が何処までか分からないのも厄介だな」
「ほほぉ、中々の分析力。先程の言葉を訂正しましょう。わたくしの相手に貴方は相応しいようですメェ」
「そのようだ。"アラクネ"!」
霞は両指から鋼のように固い糸を作り出し、それを高速回転させ辺り一面を斬り裂きながら、タキシードの男に向かっていった。
タキシードの男はそれを華麗に交わしながら近場にあった木に立ち止まった。
「改めて名乗りましょう!わたくしは羊の十二司支、名はヒツジ。以後、お見知り置きを」
「死ぬ相手の名前など知る必要はない」
高速振動をする鋼の糸がヒツジがいた木を斬り倒していった。しかし、ヒツジはそんな糸の中をまるで踊るように避けながら手刀で鋼の糸を逆に切り裂いていった。
「バカな!?鋼の糸を!?」
「羊が四匹、羊が五匹、この程度の糸の嵐、私が執事になる時に受けた試練に比べたら屁でもありません、よっ!!」
「ぐあっ!!?」
全ての糸を切り、霞に近づいたヒツジはその仮面に向かって鋭い手刀を繰り出し仮面を砕いた。
「くっ、仮面が」
「ほほぉ、随分と頑丈な仮面なのですメェ。わたくしの手刀を喰らっても顔が砕かれてないとは・・・」
ヒツジのnoiseは確かに厄介だがそれと同じくらい、この男の四肢は危険だと霞は感じていた。
鋼の糸の嵐をも避けたり、音もなく近づくことが可能な足にゾウが踏もうが銃弾を撃たれようが破壊されない筈の仮面を砕く手刀、どれをとっても油断ならない相手であることは間違いない。
「さて、それではいきましょうか!!」
「チッ!」
遠近どれにとっても今の自分よりも強力な力を持つ、この男相手に一人では部が悪い。
そう考えた霞は一時撤退する為に絡新蜘蛛の糸を使い、木々を次々と破壊してヒツジに差し向け続けた。更に蜘蛛糸分身の簡単なダミーを作り出し、辺りにばら撒いた。
「これはまさか、貴方逃げるおつもりですかメェ?」
「戦略的撤退だ」
木々の合間に煙玉を挟み、爆発と同時に入ってきた入口まで撤退していった。
霞は最初にここに入ってきた入口の所まで戻ってきた。
「・・・ないだと?入口はどこに??」
自身が入ってきた筈の入口がある場所にない事に驚き、場所を間違えたのかと思い直ぐに探し出そうとしたが、一歩を踏み出した時、蜘蛛糸分身の時と同じように膝から崩れ落ちた。
「な、何故・・・」
「それは簡単な話ですメェ。私のnoise"羊百まで"は本来、口に出して使うものではないのですメェ」
声がした方を振り返るとヒツジがそこには立っていた。
「どうゆう事だ」
「残念でしたね。言葉のままですよ。羊を数えるのは寝るためでしょ?それと同じ私のこの力は口に出さずとも心の中で唱えるだけでも発動できるのですメェ!!」
「くっ、そんな、」
完全にやられた。奴はずっと声に出してnoiseを使っていた。霞はその事からヒツジのnoiseは自身の耳に聞こえたら発動するタイプだと考えていた。
「残念ながら心で唱えるには対象者を見ていないといけないのですがね?」
「ま・・・さか」
「勘は鋭いようですメェ。その通り、わたくしは貴方をずっとつけていたのですよ?あの程度、わたくしにとっては何ら問題にもなりませんからメェ」
今思えば、そうだ。鋼の糸の嵐を避けきるあの男が木々やダミー、煙玉程度で撒けるわけが訳がなかった。
「・・・冷静さを・・かい・・・ていた・・・」
「それは仕方のない事です。わたくしは十二司支の中でもクール様が特に実力があると見込まれた四人の内の一人、貴方程度ではやはり勝負にすらならない」
「う、、、」
意識が今度こそ完全に遠のいていき、身体中の力が抜け、立ち上がる事はおろか呼吸すら出来なくなってきている。
「勝負あり、ですメェ」
勝ちを確信したヒツジがトドメを刺そうとした瞬間、正面の壁を突き破り侵入者の一人である男がその姿を現した。
「何者ですかメェ?」
「え?メェ?羊??あ、俺カケルって言います」




