秘めた色
続きです
なるほど、篠田の機嫌が良くなるのも分からなくはない。短い黒髪に細身の体、丈の短いTシャツから覗く腹には鮮やかな朱色。
篠田ではないが、確かに少し怪しい。ダイダーは珍しくない、とはいえあまりおいそれと他人にそうであると知られるのは得策ではないものだ。
実のところ、超能力と言っても漫画の異能バトルのそれと比べると威力としては見劣りするのだ。攻撃的な能力を持っていても、武器として扱うなら銃があればその方がよっぽど強い。
蒸し暑い6月の終わり、町内会の集会所として使われていた建物の中は輪をかけて暑い。もちろんエアコンなんてものは使えず、窓を開けてなんとか耐えている状態だ。
今はここに町内会はなく、空き家になっていたのを無断で使用している。マンションにせよ一軒家にせよ、空き家になった場所が無断で使われているというのはよくある話だ。
マンションに関しては管理されて家賃を取られる所もある。セキュリティを買うという意味で、可能なら管理されているマンションに家賃を払って住むのが得策だ。僕のマンションもやけに高い家賃を払わされながら安全に住まわせて貰っている。
こういった元から公共の場所だった場所は誰かが勝手に住居以外の目的で抑えてる事が多い。ここは篠田が紹介屋の本拠として占領している。
「大事なデータが入っていたもので…ダメ元ですがお願いしようかと」
依頼人が持ってきた電源の入らないノートパソコンを見てみる。機械修理もある程度出来るとはいえ、精密機器に関してはそこまで明るくない。もとより、この世界でわざわざ修理しようという人間の方が珍しいのだ。必然、スキルとしての重要度は下がる。
「詳しくは見てみないとわかりませんが…難しいかもしれませんね」
細かな電子回路のトラブルならスキルに限って言えばお手上げである。
「前金で10万お渡しします。もし直れば更に100万」
貨幣制度は以前と変わらない。前金だけでもしばらく食うのに困らない大金だ。面食らって半ば独り言のように繰り返す。
「100万?」
「ええ…足りませんか?」
真っ直ぐな視線、黒い瞳がこちらの目を覗き込む。
「やめておくよ。直せる保証もないのに受けられない」
「そうですか…わかりました」
そんな怪しい案件に手を出すことはない。そんな大金がなくともとりあえず生活は成り立つのだ。
それに、彼女はダイダーである。その痣の全容も見えてはいないのだ。
「では、これの処分だけお願いしてもいいですか?もう要らないので…」
「わかりました。お力になれずすみません」
やや名残惜しそうにノートパソコンに触れ、依頼人は立ち上がった。腹にある赤い染みは背中にも及んでいる。
「失礼します」
会釈しつつ立ち去る依頼人を玄関口まで見送って戻ると、篠田が汗だくで腕組みして待っていた。どうやらこの暑い中押し入れの中で聞き耳を立ててたらしい。
「なんで断るんだよ」
「怪し過ぎだろ。一体なんのデータにそんな金かけるんだ」
「しゃーねーわな。にしても100万かぁ〜…」
「逃した魚はたぶん毒、アート面積広かったな」
ダイダーという存在の出現が何故世界を崩壊させたのか。それは異能の脅威そのものというより、副作用の精神汚染にある。体に現れたカラフルな痣をアート、異能それ自体をカラーと呼ぶが、カラーの行使を重ねるとアートはその面積を広げる。
そして、面積が広いほど「能力を使いたい」という欲求が溜まり、一定ラインを越えると暴走を始める“色溺”という現象が起きやすくなる。
1人1人であれば武装した警官数人で制圧出来る程度、ただ問題なのは質ではなく量だ。色に溺れたダイダーの数は易々と治安維持の限界ラインを突破した。
日本では自衛隊と警察が早い段階で動き、色溺者の一掃を行った。それでも国は分断され、国外の状況も殆ど分からない。
日本では京都と東京に暫定政府が樹立し、それぞれ自分たちが公式に「日本」であると主張している。差別化を図るため、東京側は「皇国政府」京都側は「洛陽政府」という仮称が付けられている。
ここ京都は洛陽政府のお膝元で、洛陽政府の主軸は元は自衛隊である。治安維持の重要性が跳ね上がった現在、火器で武装した組織が政府に成り代わるのはある意味自然だ。
そうした成り行きもあり、ダイダーというのを誇示するのはデメリットの方が大きく、それを敢えて出しているというのはきな臭い。今回の依頼人は信用ならなかった。見送るのが正解だ。
「せっかくだから修理して中見てみようぜ」
「回路が駄目なら無理だぞこんなの。ダメ元でやってみるけどさ」
「イイもん出てきたら見せろよ」
「わかったよ」
とりあえずノートパソコンは持ち帰ることにする。十中八九、手先の技術ではダメだろう。
ただ、僕の異能を使えばそうでもない。
続くかはわかりません