懺悔と贖罪と
『モレッドちゃん、ヴァレットはもう動けないよ。装甲どころか主機もメインコンピューター周りまで腐食液が侵蝕しきっちゃってるからね。』
動かず、声も出さないままの私の後ろからマーリンお姉ちゃんの非情な声がかけられる。
何となく想像は出来ていた、動かせるならハンガーアームに懸架しているはずだから。あんな風に廃棄寸前の撃破された海賊機みたいな扱いをされるはずないってことも。
『私も最善は尽くしたんだけどね、パパもモレッドちゃんの悲鳴を聞いた瞬間に被害を抑えようとヴァレットの体勢を仰向けからうつぶせにしてそれ以上深部には到達させないようにしてたくらいだしね。』
私の悲鳴を聞いた瞬間お父さんがやってくれていたことはおぼろげだけど覚えてる、痛くて痛くてたまらなかったけどそれ以上に広がっていく事はなかったはずだから。
「乗せ換えても…ダメなの?」
つまりは主機とメインコンピューターの乗せ換えができないかと私は聞いた、マーリンお姉ちゃんの技術とファクトリーの力なら何ら不可能ではないと思うから。
でもお姉ちゃんは首を横に振って否定してきた。
『残念だけどむりかな、そもそもヴァレットはファクトリーでゼロから作った機体じゃない。原型機をかなり無茶苦茶なアップグレードを施してできた機体だからね。正直言ってゼロから作ったギャラハッドに比べてみれば拡張性もないんだよ。互換性もないしね。』
「そんなぁ…」
『ついでに言ってしまえば、なんでかはわからないけどヴァレットのメインコンピューター自体が再起動してくれないんだよね。確かに腐食液には浸食されたけど完全に起動不可能になるほどじゃなかったはずなんだけど、コンピューター側からの出力もこっち側からの入力も受け付けてくれないんだ。』
「どういうことなのさ…」
訳が分からない、ヴァレットがアヴァロンのファクトリーで作られた純正機ではないってことは知っていたし、ギャラハッドとは別ベクトルでパッケージが建造されたのも知っていた。ギャラハッドは万能型マルチロール機としての素体をメインに任務ごとに特化したパッケージを選択していく傑作機
。対してヴァレットは素体の限界値を超えて戦場を駆け抜けられるようにパッケージが作成された、ある意味転換期の機体。
そもそもファクトリーはギャラハッドの建造とかをしていたクラスの設備だから適応している整備環境が第10世代機仕様なのだ。他を見れば明らかにオーバースペックであるヴァレットをしてもロートルになってしまうのだ。
ただし、メインコンピューターだけは第10世代仕様のものだったらしい。ギャラハッドにも搭載されている簡易AI搭載型の量子コンピューターみたい。
「それじゃあ、完全にもうヴァレットは廃棄になるってこと?」
『そうだね、装甲とかは新しく作りなおして貼りなおすこともできるけどフレームもダメになっちゃってるからさ。』
「そうなんだね、そうなん…だね…」
私な話を聞いてどんどんみじめになっていく気がして、涙があふれてきていた。
私があの時すぐに回避機動をとっていればよかった、無理にでもブレードで6m級を切り払っておけば最低限の処置でヴァレットは動けるようになっていたかもしれない。
お父さんにも、もうお前を乗せることはないなんて言われることはなかったかもしれない。
「うっ…うぐっ…ふぐぅ…」
『…戻りましょうか、モレッドちゃん。』
『うん、戻ったほうがいいよ。ヴァレットは確かに君を守り抜いた、その事はしっかり評価してるさ。私たちも、パパもね。』
私が嗚咽を漏らし始めたことでグィネヴィアお姉ちゃんが戻ろうと話してくれた、マーリンお姉ちゃんにも見送られて私は医務室に戻ることにした。
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「すんっ…くすんっ…うわぁぁぁあぁん!!」
医務室に戻ってグィネヴィアお姉ちゃんの「少しでいいから一人にさせて」と言って退席してもらい、一人になってから私は静かに泣き始めた。
「悔しい…悔しいよ…」
自分の身体を奪っていった6m級にではなく、自分自身の無力さに私は恨みをぶつけていた。
どうしてあの時、どうして行動できなかったのか。どうして…どうして!どうして!!『言い方は悪くなってしまいますが背負っている物の重みが違うのです。』お母さんの声が急に聞こえた気がした。
「おかあ…さん?」
でも、周りを見渡してもお母さんの姿はない。つまりこれは幻聴、私の心に刺さった一つのとげ。それが表面に出てきただけ。
背負っている物の重みが違う、私は何も背負っていなかった。戦場に出て、ただおもちゃで遊んでいた子供の様に、出来上がった砂の城を親に褒めてもらって喜んでいたのと同じだったんだと。その言葉が頭の中でリフレインするたびにそう考えてしまう。
お母さんはそういう意味で言ったわけではないんだろう、きっと私にお父さんはかっこいいでしょう?と言いたかっただけなんだと。
「でも、今の私じゃそうも考えられないよ。お母さん。」
どんどん私の気持ちは落ち込んでいって、鏡を見なくてもわかるほどにひどい顔をしているんだろうなって簡単に想像できた。
今の私は本当に何も無いそう考えながら私は静かにまた涙を流し続けていた。
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『そうですか、モレッドに話したのですね。』
『はい、私から見に行きますかと声をかけたのです。申し訳ございませんお母様。』
『いえ、それに関しては私から何かを言うつもりはありません。モレッドも自分の目で確認しないと気が済まなかったでしょうから。』
『はい…ただマーリンの説明を受けていく間に、どんどん顔色が悪くなっていってしまって。』
『マーリンの事です、包み隠さずに話していたのでしょう?今のモレッドの状況では回りくどい説明はできないと判断しての事でしょうからね。』
『話が終わった後、医務室に連れていきましたが「一人にしてほしい」と言われてしまいましたので…』
『それも仕方ありませんね、あの子も考える時間というものが欲しいのでしょう。』
グィネヴィアからの報告を受けながら私は思案しています、あの日モレッドが大けがを負ってからこの家はかつてないほどに荒れているのですから。
マスター、夫であるソラカケルはアヴァロンに帰還せずまるで兵器のように敵を殲滅し続け早や1カ月。意識を取り戻した末娘であるモレッドも夫の言葉と自身の乗機の状態を見て呆然自失状態。アンドロイドたる5人娘たちも度重なる酷使と終わりの見えない戦場に不満はたまり続ける一方。
これであの人が一度でも戻ってきて一声かけてくれでもしたら状況はまだましだったのでしょうが、モレッドに対する負い目なのかそれとも情けない顔を見られたくないのかはわかりませんが通信でも音声のみといった状況です。
『はぁ、せっかく私たちも家族として扱ってくれているというのに。何をそこまで背負っているのですか。あなた?』
思わず私は繋がっていないモニターに独り言をつぶやいてしまう、この戦場にたどり着く前。私達人工知能である者たちはあの人に人間だと認められ、それに涙し、家族として再度つながったはずなのに。
それを今あの人は再度手放そうとしているかのごときこの行動、これには私も少し…いえかなり怒っていますね。意識の戻った末娘に顔を出しもせず、ただただ非情に徹し、あの子の希望すら奪ってしまうあの人。
戦場に出る前にはあれだけ私たちを甘やかしてくれていたのに、一つ問題が起きてしまえばそんなことをする暇もないのかと問い詰めたくなるほどに戦うあの人。
『戻ってきた暁には、私達がなにをしても文句は言わせませんからね?』
静かな怒りを燃やしながら、私は今もあの人の戦況をモニタリングしているのです。
ヴィ「…(;´・ω・)」
グィ「…(;´・ω・)」
モゴ「…(T_T)」
オヴ「マーリン?( 一一)」
マー「正直に伝えるしかないじゃないか( ゜Д゜)」




