花のような超美人の姉が王太子殿下の恋人になったので、枯れ葉の私は逃げようと思います。【コミカライズ】
枯れ葉シリーズは、枯れ葉と呼ばれる少女のお話です。
話は、それぞれ独立した個別のものとなっています。
ブルーダイヤモンドがきっかけだった。
私には花のように美しい姉がいて、華やかな姉と並ぶと茶色い髪の私は花の横に枯れ葉が落ちているようだ、と言われていつの間にか枯れ葉と呼ばれるようになっていた。
そして、あるお茶会で。
友人の令嬢が大きな宝石を身に着けているのに対抗して、姉も両親から高価で有名な珍しいブルーダイヤモンドを買ってもらったと自慢をした。しかもそれを次のお茶会で見せると約束をしてしまった。
本当は、高価で珍しいブルーダイヤモンドなんて持っていないのに。
見栄で言ってしまった姉はブルーダイヤモンドを見せられない理由を、私が姉の宝石箱から黙って持ち出して失くしてしまった、と友人たちに泣きながら言いふらした。
姉は超美人だったので男性の友人たちから大層同情され、私は言い分を信じてもらえず責められた。
両親に訴えても無駄だった。
姉を溺愛している両親は、本当のことを明らかにして姉が嘘つきのレッテルを貼られるよりは、私に泥棒の汚名を被せることを選んだ。
両親いわく、綺麗な姉が良い家へ嫁ぐために我慢しろ、と。
では、私は?
枯れ葉と呼ばれ、泥棒と後ろ指を指された下位貴族の娘の私と、誰が結婚したいと考える人がいるのだろうか?
それまでは姉だけが愛されて私が放置されているのも、姉の類い稀な美貌に比べ仕方ない、と諦めていたがブルーダイヤモンドのことは許せなかった。
だから姉がパーティーで王太子殿下に見初められた時、私は逃げようと決心した。
王太子殿下には、筆頭公爵家のご令嬢の婚約者がいるのだ。
王家と公爵家の政略である。
王家と公爵家が、その邪魔者となる姉を疎ましく思わないはずがない。
身の程をわきまえて王太子殿下の愛人の座を目指すのならば、もしかしたら見逃してもらえるかも知れないが、姉は正妃を狙っている。
両親は姉を止めるどころか諸手を挙げていて、それがお先真っ暗コースだと理解をしていない。
軽くて家はペチャンコ。
ひっそりと暗殺、平民たちの娯楽となる貴族の公開処刑、最悪はこの2コースしかないのに姉も両親もお花畑すぎる。
世間で大人気の身分差を乗り越えた真実の愛の物語を、厳格な貴族社会で本当に成し得ると考えているならば、それはもう貴族として失格である。
「と私は思うのよ。ユリウスはどう思う?」
隣の屋敷の片隅の秘密基地で、お茶を飲みながら私はユリウスに尋ねた。
ここはユリウスの祖父である伯爵の屋敷で、私とユリウスは幼なじみであった。秘密基地もユリウスの祖父が作ってくれたものだ。
四季折々の自然の風景を活かした庭には、花壇などない。
薔薇の絡まるアーチと低木の緑のトンネルの先に、木々の枝と葉に隠された私とユリウスの秘密基地のツリーハウスがある。
側にはボートが空中に浮かんでいるかと思うほどの透明な池があり、鑑賞用の色鮮やかな魚たちが天女の羽衣みたいな尾びれをひらひらさせて泳ぐ様が絵画のように美しかった。
池の向こうに立ち並ぶ木々が落とす木陰も葉陰も影絵のようで、私とユリウスはいつもツリーハウスから飽きることなく眺めていた。
私とユリウスの出会いは、私が9歳の時であった。
当時は、今もだけども、両親が私にほぼ無関心だったため使用人も私の世話を放棄していた。幼い私はお腹がすいて庭の隅でみーみー泣いていた時、隣家の塀からユリウスがぴょこんと顔を出し、私を拾ってくれたのだ。
「みーみーなき声がするから子猫かと思ったら違った」
「シャリーア、子猫じゃないよ」
「うん、子猫じゃない。子猫よりもずっと可愛い」
薄汚れてガリガリに痩せた私に「可愛い」なんて目が悪いのか、と思った。でも「可愛い」なんて初めて言われて、凄く嬉しかった。
そんな出会いだった。
以来、私はユリウスと勉強をしてユリウスと食事をしてユリウスと遊んで育った。
ユリウスが望んでくれたから。
ユリウスが私を好きだと言ってくれたから。
だから伯爵は、私をユリウスの婚約者にしてくれた。
ブルーダイヤモンドの事件のすぐ後に。
「ずっと一緒だよ」と抱きしめてくれたユリウスの腕の中で、わんわん泣いた。嬉しくて幸せで。私もユリウスが大好きだったから。
でも悪い噂のある私がユリウスと結婚なんて無理だと諦めていた。諦めてばかりの人生で、あの頃はひとりで夜になるとこっそり涙を流していたものだった。
「かなり危険だね。王太子殿下の恋愛熱が一過性のものならシャリーアの家が助かる可能性もあるけれども、王太子殿下が本気だったら凄くアブナイ」
お茶のカップを置いて、ユリウスは真剣な表情をして私の手を取った。
「シャリーア、急いで結婚しよう。婚約時の契約で、結婚後はシャリーアの家とは縁が切れる約束になっている。男爵家から除籍されることになるけど、それが一番安全だ」
私もユリウスの手を握り返した。
「私を虐げた家に未練があるとでも? 早く除籍されたいくらいだわ」
ユリウスは痛ましげに顔を歪めた。
「強がらなくていいよ。僕はシャリーアが、両親から愛されたくて泣いていた頃を知っているのだから」
「……昔のことよ……」
「そう、そうだね。昔のことだね。今は僕が世界中の愛を集めたよりも、もっとシャリーアを愛しているからね。好きだよ、シャリーア」
ユリウスは優しい。
美味しいご飯も。
安心な居場所も。
溢れるほどの愛も。
全部、全部、ユリウスがくれた。
「私も大好き、ユリウス」
だから私は逃げる前に両親と姉と戦わなければいけない。
男爵家から除籍されたとしても、きっと両親と姉はユリウスに迷惑をかけるだろう。
私の幸せのためにも、ブルーダイヤモンドの時のように泣くだけで終わってはいけないのだ。
翌日、ユリウスは男爵家に足を運んでくれて、両親に結婚承認書と除籍書のサインを求めた。
姉のことでバラ色だった両親は、あっさり私を男爵家から除籍した。ブルーダイヤモンドの件で悪い噂のつきまとう私を、姉のためにもさっさと排除したかったのだろう。
それにユリウスが机に置いた金貨の入った袋に釘付けで、もはや私のことなど眼中に無かった。
そうして私は、ユリウスの親戚の侯爵家の養女となった。
伯爵の後継であるユリウスと結婚するには貴族籍が必要であったし、もし何かあっても元両親が手出しできないような後見人を、とユリウスが手配してくれたのだ。
新しい両親は驚くほど私を可愛がってくれて温かく接してくれた。
「ユリウスと結婚するまでの短い間しか侯爵家にいないなんて寂しいわ。結婚後もここは実家なのですから、顔を見せに帰って来てね」
と侯爵夫人は言ってくれて、
「ブルーダイヤモンドの件かい? 若い貴族たちは騙されているが、あれは自作自演だろう? お粗末すぎる。ちょっと考えればわかることだ、男爵家にブルーダイヤモンドを購入できるほどの資金がないことは。だから悪い噂のことで侯爵家が不利益を受けることはないよ。気にしなくていいからね」
と侯爵は言ってくれた。
「ユリウス、どうしよう? 私、幸せすぎて息が止まりそうよ」
「辛いことばかりだったからね、男爵家では。シャリーアは頑張ってきたんだから、これからは幸福になる時間だよ」
王宮へ向かう馬車のなか、私は胸を押さえて訴えた。
国王の在位20年を祝うパーティーに出席するために、朝から侯爵夫人を筆頭に侍女たちに磨きあげられ、私は別人のように美しくなっていた。
姉が超美人なだけに私も土台はよかったみたいで、優秀な侍女の化粧の技術が神業レベルで冴え渡り、驚愕のビフォーアフター美少女に変身していた。
さらにユリウスが贈ってくれたうっとりするくらいに綺麗なドレスと宝石に身をつつむと、花の妖精さながらの可憐さだった。
王宮の広間でも人々の驚嘆の眼差しが集まり、私はぷるぷる震えてしまいそうだった。
「どちらのご令嬢かしら? とてもお美しいわ」
「まるで夜空から零れ落ちた星のような」
「わたくしは天使かと思いましたわ」
賛美の声がさざ波みたいに聞こえた。
枯れ葉と貶められていたのに嘘のよう、私はユリウスを見るとユリウスは微笑み返してくれた。
「昔から言っているだろう? シャリーアは可愛いって」
「でも……」
「今のシャリーアも綺麗で好きだけども、素顔のシャリーアの方が可愛くてもっと好きだよ」
枯れ葉の私を好きだと言ってくれるユリウスに私は胸がいっぱいになった。
その時、私を睨む姉が視界に入った。
姉は相手を虐げて優越感に浸る嫉妬心の強い人なので、私が誉められている声が不満なのだろう。称賛は全て自分のもの。だから敵意をあらわに瞳を爛々としていたが、美しくなった私が妹だとは気がついていない様子だった。
姉が王太子殿下に腰を抱かれ近付いてくる。
きっと私のアラ捜しをするつもりだろう。欠点があれば、容赦なく攻撃する気がまんまんの目だった。
「顔を上げていいよ」
礼をとる私とユリウスに王太子殿下が声をかける。
「君は伯爵家のユリウスだね。ああ、花の妖精のようだね、婚約者かい?」
「はい、殿下。婚約者のシャリーアと申します」
ユリウスが私を紹介してくれる。
「シャリーア嬢?」
「はい。男爵家から籍を離れましたが、殿下がエスコートなされているご令嬢の妹でした」
王太子殿下が眉をひそめる。
「……ああ、あの。シャリーアとやら、籍を離れたならば心配ないと思うが、もうわたしの恋人に迷惑をかけることはしないように」
「おそれながら、迷惑とは?」
「妹は手癖が悪いと聞いたぞ。ブルーダイヤモンドを盗んだとも」
「殿下、それは冤罪でございます。シャリーアに罪はございません」
ユリウスがきっぱりと私を庇ってくれる。
私も勇気を出して声をあげた。
「殿下、どうか発言のお許しを下さいませ」
可憐で儚げな風情の私に目を見張った王太子殿下は、少し考えて頷いた。
「そもそも男爵家は、ブルーダイヤモンドを購入してはいないのです。ダイヤモンドは王国の国営産業、鉱山は王家が所有し売買は王国の管理下にあります。特に貴重なブルーダイヤモンドは取引が年に数件のため売買記録が不正なく残されているはずです」
王太子殿下は戸惑い気味に再び頷いた。
「過去10年間に、どの家名の男爵家もブルーダイヤモンドを購入したという記録はないのです。姉が私を泥棒と名指ししたのは3年前、そして姉が両親にブルーダイヤモンドを買ってもらったと言ったのも3年前。ーー3年前に買ってもいないブルーダイヤモンドが男爵家にあるはずもないのです」
ブルーダイヤモンドは高価な宝石であるというのは周知されているが、実際に購入した者は少ない。それだけに売買記録が残ることを知っている者は、ほとんどいなかった。
ざわり、と周囲の空気が変わった。
「男爵家にそもそもないブルーダイヤモンドを、私がどうして盗むことができるのでしょうか?」
必死で声を綴る私の言葉は多くの人の心に響いたようで、王太子殿下も疑惑を深めた姿勢を姉にとっている。
顔色を変えた姉があわてて、
「あ、えと、そうよ、父は正規ルートからではなく……」
と言いかけると、王太子殿下は姉の腰から手を離した。
「それは盗品を買ったということか。刑罰対象だ」
「い、いえ、買ったのではなく誰かからもらった? だったような」
しどろもどろの姉に王太子殿下の目が冷たくなる。
「シャリーア嬢は男爵家にはブルーダイヤモンドは最初から無かった、と言った。売買記録を調べればわかることだ。つまり嘘をついて騒ぎたて、妹を泥棒にしていたのか。注目を集めたかったのか? 同情されたかったのか? いや、理由などいい。そなたは悪辣な嘘をつき平気な顔でいられる女だったのだな」
王太子殿下は色恋に溺れる方ではなく、王族の立場を理解する公正な方らしい。私はホッと息を吐いた。
とうとう姉は男性の保護欲をそそるように悲哀を滲ませ涙をほろほろ落とした。そのたおやかな姿は姉の最も得意とする所だったが、一度不信に目覚めた王太子殿下には通用しなかった。
成り行きを静観していた周囲の貴族たちも姉に厳しい目を向けている。
私とユリウスは視線を合わせ、こっそり微笑んだ。
今夜は姉に一矢を報いるために赴いたパーティーだった。
まさか王太子殿下からお声がかかるとは。そのおかげで予想以上に上手くいって、姉が窮地に追い込まれる結果となったことは僥倖だった。
本当は高位貴族のユリウスが挨拶まわりをする時、私を紹介して、地道に悪い噂を払拭していく予定であった。
養父は、年配の貴族は姉の言動に眉をひそめる者が多い、と言っていた。だから私が冤罪を主張すれば信じてもらえるだろうし、その根回しもしてくれていた。
周囲の貴族の、特に高位貴族の中に姉に非難の眼差しを向けている者が多数いるのも、養父のおかげである。
仮令それが王家からの王太子殿下を試すための指示だとしても。
私とユリウスは理解して王家に利用され、そして利用したのだ。
姉が王太子殿下にすがりついて泣きわめく修羅場となった会場から、私とユリウスはそっと離れて壁側へ移動した。
警備の衛兵に王太子殿下から引き離された姉があげる金切り声が背中に届いたが、少しだけ振り向いて姉の醜く歪んだ顔を見て、私もユリウスも二度と振り返らなかった。
「ねえ、シャリーア。結婚式にブルーダイヤモンドを贈ってもいいかな? 良くない思い出があるから迷ったけど、ブルーダイヤモンドの意味は〈永遠の幸せ〉だから」
「永遠の幸せ……」
「うん、これからシャリーアは幸せだけを身に纏うんだから」
優しく笑うユリウスに私は抱きついた。
もちろん、淑女として壁側にあるカーテンに隠れて。
会場の天上から吊り下げられた繊細で複雑な装飾の施された豪華なシャンデリアが、無数の蝋燭の光を揺らめかせ、そのダイヤモンドのような煌めきは私の幸福を約束してくれているようだった。
そして私は結婚式の時ブルーダイヤモンドのブローチを胸に飾り、神の前で愛を誓った。
読んでいただき、ありがとうございました。