君を守りたい人はたくさんいる
「最近、『追放されたけど実は優秀だったのでざまぁしてやりました』系が多くねぇか?もちろん中身は違うけどよ、展開として似たようなもの多くてこう、ぐっとこねえんだよな」
かおりがスマホを片手に話しかけている。目線はもちろん液晶。ネット小説を読むことは彼女の数少ない趣味であった。
「ふー--ん、これはもう先読まなくていいかもな。まぁとか言ってみるの切ってたやつが気が付いたらアニメ化したりするから世の中分からねーよな。世間との好みのギャップって奴を感じるよ」
「さぁね、僕は詳しくないからよく分からないけど。でもかおりは10年前から読んでない?読み続けるってことは面白いんじゃないの?」
「あー、まぁ確かにな。でも個人的には10年前の方が面白かったな。あの頃はオリジナルだけじゃなくて二次創作もばんばん流れてて、二次創作から逆に原作に興味持ったりしてたし。オリジナル小説もそんな単調な奴ばっかりでもなかったしなぁ。VRMMOとか、転生系は多かったけど」
「そんなもんかねぇ」
自分の得意ジャンルの話ではないので曖昧な返ししかできない。しかし、かおりと一緒に居られる時間は限られているので、出来る限りはかおりの話を、要望を聞けるようにしたい。
彼女には感謝しているのだから。
「ん---、今お前、余計なこと考えてるだろ。まぁあたしから話を振っておいてなんだけどよ。お前が大事にする女は綾音だけでいいんだぞ。お前が大事にすべき女は綾音だけだ。俺たちのことなんか、放っておいていい。いつか会えなくなるんだからな」
「そんなこと…」
「おっと、そろそろ綾音が戻ってくるか。じゃあな」
そう言ってかおりはいなくなり、少しして綾音が戻ってきた。
「あ、怜くん。おはよー。そろそろ帰る?」
「おはようと帰る?を一緒に発言してくるのは綾音くらいなもんだよな」
「え?なに?」
「いいや。何でもないよ。帰ろっか」
僕と綾音は手を繋ぎ、放課後の図書室をあとにした。
綾音と付き合って、そろそろ1年になる。僕たちは高校3年生になった。
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「怜、このゲームダメ。全然当たらない。課金して、良い?」
「ダメだよ。そんなお金はどこにもありません」
「バイト代」
「それは将来のためのお金。今は我慢する時期」
「ケチ」
桜は不満げな顔だ。しかし、クレジットカードのない僕らはどこかでチャージをしなきゃいけない。その隙を僕が与えなければ桜は課金することが出来ない。
「綾音、最近元気ないね」
「まぁ受験期だからね。志望校に受かるか心配なんでしょ」
「怜が頭良いから悪い。同じ大学行こうとするから。怜がレベルを下げてあげるべき」
「それは綾音が喜ばない。むしろ一生負い目に感じてしまうだろうね。それにそれは、桜の方が分かってるんじゃないの?」
むぅ、と口にして桜は液晶に目線を戻した。反論出来なかったららしい。
それから桜はゲームでまたガチャを引きはじめた。
しかして、欲しかったキャラは当たらなかったようで桜は不機嫌なままであった。
「あ、綾音がそろそろ戻ってくる。今後のこと、しっかり考えてね。綾音のことを一番に考えて」
「言われなくても、分かってるって」
「ん。じゃあね」
桜はいなくなり、綾音が戻ってきた。
そして僕たちはまた手を繋いで帰ることにした。
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「怜くん、ここちょっと分からないんだけど―――」
「あぁ、漸化式?難しいよね。僕も授業で聞いた時は分からなかったな。まぁそれ1年生の時の話だけど」
「そんな意地悪言わないでよー」
綾音はちょっと頭が悪い。頭が悪いというか、成績が悪い。メンタルが弱いとも言える。勉強するだけの気力がなかった。しかし、学校は僕と同じところを死亡している。高校受験の時もこうやって勉強を教えてあげた。
「ん---、数学って難しいね!算数で良かったのに!」
「あ、意外と鋭いことを言うね。算数は日常で使う計算、数学は計算の仕方を学ぶものって違いがあるからね」
「そんなことで褒められても嬉しくありませーん!でもせっかくなので頭撫でてください」
「はいはい」
こうして僕は綾音の面倒を見ながら、勉強を見ながら、自らの受験勉強も進めていくのであった。
綾音に教えるためにも、僕はより一層努力しないといけないのだ。
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「おい、今期のアニメなかなか面白いじゃねーか。てかあんな昔にネットで流行ってた小説が何で今更アニメ化するんだ?今も続いてる奴ならともかく、とっくに完結してるやつだってあるだろ」
「あー、確かにね。でもほらコミカライズとか書籍化した奴はまだ続いてるでしょ?原作は完結しただけで」
「お、珍しく詳しいじゃねーか。確かにな。書籍版はまだ完結してないんだっけか。俺はあんまり見れねーけどよ」
久しぶりにかおりと会話している。彼女が僕といるときはいつもネット小説かアニメを見ている。それが彼女なりのストレス発散なのだろう。
「ネット小説の方は相変わらずだな。あたしが見てない間に更新されてた奴は面白かったが、新規で面白いの開拓出来なかったわ」
「まぁそれを勉強してる僕の前で言われてもね」
「は、それはそうだな。だがまぁ、仕方ないだろう。それがあたしの役割なんだから」
それを言われてしまうとこちらも強くは言えない。
しかしまぁ、僕もそんなに気になっているわけでもないし、なんならBGMがある方が集中できるタイプですらある。
「お前もまぁ、綾音のために頑張ってくれ。俺たちも頑張るよ」
「頑張り過ぎないようにいるのが君たちなんだろうけどね」
「そりゃそうだ。じゃ、綾音が戻ってくる。また会えたらな」
「…うん、そうだね。またね」
かおりがいなくなり、綾音が起きた。
「あ、怜くんおはよー。ごめんね、お勉強の続きしないと」
「…うん、頑張ろっか」
僕は起きた綾音と勉強を続けた。
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「怜、何でコラボガチャ引いてくれなかったの?」
「いや、引いてるでしょ。ちゃんとゲーム見てる?」
「見てる。見て言っている。確かに引いてはいる。でも確定ガチャで引けるのにキャラ当ててない」
「だから、課金はしないって言ってるでしょ」
「ケチ…」
季節は秋。受験期も佳境と言える。そんな中、桜の為に毎日アプリにログインしてるだけでもほめてもらいたいものだが。
「いつまでこのゲームできるか分からないし、いいけど」
「それは―――」
どうしてこう、こいつらは返しにくい話をするのだろうか。
そりゃ、いつか会えなくなる方がいいのは、分かっているけれども。
「怜は、綾音だけを大事にして。それでいいから」
「―――わかってるよ」
「うん、じゃあ綾音戻ってくるから、じゃあね」
そうして桜はいなくなった。
それから、桜と会うことはなかった。
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そして、冬。受験が終わった。
やっとのことだ。なんとか、綾音も上手くいった、と思いたい。
受験は終わったけれど、僕と綾音は図書室に足を運び続けた。
勉強だけでなく、大学に入ってからの話をした。何をするか、どんなサークルに入るか。
偶に綾音が自分が受かっているか不安にしていなくなることもあった。そんなときはかおりが来て、いつものように小説やアニメを漁っていた。
僕も受験が終わったので一緒に見ることにした。いつか言っていた通り、最近のネット小説は「ざまぁ系」が多いようだ。色んな種類の「ざまぁ系」があったが、個人的にはどれも心に響かなかった。昔の方が面白かったとすら思う。
「10年前、いやもう11年前か。色んな作品を見てきたが、完結したものも、まだ終わってないものも、色々あったな。昔は書籍化するってだけですごかったのに、今ではアニメ化が普通みたいになって。そんな変遷もあって。でも、それも含めて面白かったな」
「なんだよ、しおらしい」
「いいや、そろそろあたしも、お前に会えなくなるかなと思ってな」
「―――桜みたいに、か?」
「まぁな。実際、昔に比べて会える時間少なくなってるだろ?」
「そうだけど」
「そういうことだ。きっとまぁ、受験合格が分かればもう会わなくなるんじゃないか?」
「―――そっか」
「寂しがるなよ。お前は綾音だけを大事にしてればいい。そう言ってるだろ?」
言っていることは分かる。分かるが。
僕の彼女は綾音なのだから。かおりでも、桜でもなく、綾音なのだ。
「お、そろそろ綾音が戻ってくるな。じゃあな」
「―――うん、またね」
かおりの「じゃあな」に対して僕は敢えて「またね」で返した。
その願いは叶わず、かおりともそれ以降会うことはなかった。
そして、大学受験の合否発表の日が訪れた。
「44番…44番…」
「あ、613番。僕は受かってるみたい」
「え!?怜くん!?裏切りなの!?」
「いや、まだ見つけられてないだけでしょ。―――あ、44番あるよ、ほら」
「え!?――――あ!あった!あったよ怜くん!!」
自分の番号を見つけた綾音は喜びのあまり抱き着いてきた。
僕も抱き返す。
少々周囲の目が辛かったが、それでも僕は幸せだった。
それから書類受け取りなど行って、進学準備について色々と話をした後、家に帰った。
すると、家には僕宛ての手紙が届いていた。
2通。
慌てて宛名を見てみると、かおりと、桜からであった。
部屋に戻り、急ぎ開封して、手紙を読んだ。
『この手紙を読んでいる頃、あたしたちはもういなくなっていることだろう。
―――なんて、本当に書くことがあるとは思ってなかったぜ。
一回やってみたかったんだよな。
お前と出会って、というよりあたしたちが生まれて11年の月日が経った。
最初は気に食わない奴と思っていたが、まぁ意外と悪くなかったよ。
ネット小説だって元はと言えばお前が勧めてきたんだからな!
その相手はあたしじゃなくて、綾音だったけどよ。
まぁ、あたしたちがいなくなるってことは、綾音にとっていいことだ。
それだけ、綾音が幸せになって。
それだけ、お前が頼りになったってことだ。
ありがとう。
お前のお陰で綾音は救われた。
これから先も、綾音のことをよろしくな。
あたしたちのことはすぐ忘れるんだぞ!
お前は綾音のことだけを考えてればいいんだからな!
―――なんて、手紙書いてる時点で未練があるの、バレてるよな。
まぁなんだ、今後も頼むぜ、相棒!』
『怜へ
どうせ、かおりも手紙書いてると思うけど、一応私からも。
今まで私たちのお世話をしてくれてありがとう。
とても楽しかった。
私達は出会った経緯こそ、あまりよくなかったかもしれないけど。
それでも、怜との時間は楽しかった。
ゲーム、たくさんやらせてくれた。
お陰で、私は、私たちは満足することが出来た。
もう会えなくなることは、薄々感じてたし、喋ってたよね。
でも私達もいついなくなるか分からなかった。
だから、匂わせみたいになって、ごめん。
怜が寂しがってくれるの、正直嬉しかったよ。
だけど、さよならだね、怜。
これから先、綾音のことをしっかり守ってあげてね。
ゲーム、私がいなくなっても続けてね』
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「あの、バカどもめ…」
本当に、バカだ。バカだバカだ。
かおりも桜も、綾音から生まれた存在だ。
綾音の、別人格だ。
解離性同一性障害。
小さい頃、父親から虐待を受けていた綾音は、その心を切り離してかおりと桜を生んだ、らしい。
かおりは小説や漫画を読むことで、桜はゲームをすることで、綾音のストレスを発散していたらしい。…昔はもっと過激的だった子もいたんだけど。
それも、父親が居なくなったことで、どんどん良くなっていった。
今ではストレスが溜まった時にかおりと桜が出てくる程度に、抑えられていた。
しかし、どんどん綾音が明るくなるにつれて、彼女たちが出てくることは少なくなった。
だから、もう会えなくなるということは想像出来ていた。
でも、だからって―――。
「最後に、泣かせてくれるなよな」
こんな手紙を送られたら、嫌でも泣いてしまう。
僕にとっては彼女たちも、綾音なのだから。