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習作掌編(中華もの)

 突然の出来事に立ち尽くす。

 陛下が苦悶の表情を浮かべながら胸を押さえられた。声にならぬ声を上げられると、その場でくずおれる。

 

 園遊会は騒然となった。絹を裂くような妃がたの悲鳴。『陛下! 陛下!』と必死に呼び掛ける宦官の叫び。『医官を呼べ!』と宮官長が大声で指示を出している。

 月英妃の後ろに控えていた私は、呆然と見ていることしか出来なかった。


 翌日、陛下は崩御された。

 

 朝の務めを果たすべく厨房に向かう。火を使い、ぬるま湯をたらいに張る。両手で持ち上げると、主人である月英さまのお部屋へと足を向けた。


 一歩進む度に気鬱になる。

 敬愛する主のお顔を見るのが、ここ数日辛くてならなかった。しかし会わないわけにもいかない。


 とうとう、お部屋の前に着いてしまう。一旦盥を床に置くと、意を決して口を開く。


「水蓮です。入ります」


 戸を開き、盥を持ち上げてから入室する。

 月英さまのお部屋は、前後二室に区切られていて、前室が書斎、後室が寝室となっている。


 普段ならまだ寝ておられる時間だが、月英さまは既に起きていた。書斎にある長椅子カウチに寝衣姿で横になっている。表情には陰があった。悲嘆、その言葉がこれ以上なく似合う有様だ。


「月英さま」


 呼び掛けに、ゆるゆるとお顔を持ち上げられ、虚ろな目で私を見る。


「水蓮」


 か細い声。私は常と同じ態度を心掛け『朝のお支度の手伝いをいたします』と返した。


 盥のぬるま湯で洗顔をしてもらい、その間に衣装箪笥から白生地に黒の刺繍がされた襦裙じゅくん――喪服を取り出す。

 着衣を手伝い、次いで櫛を手に取る。


「御髪を梳かせて頂きます」


 背後に回り、少しほっとする。月英さまの痛ましいお顔を見なくて済むから。


 長い金砂の御髪を梳いていく。

 月英さまは、漢人ではなかった。北の異民族討伐の折に捕虜となり、都に連れて来られ、そこで偶々陛下の目に留まり、妃となった。

 長い金砂の御髪、翠の瞳、白い肌、嫋やかな歌声はしょうのよう。異民族の余りに麗しい佳人を、陛下は溺愛した。


 遠く異国に連れてこられた月英さまは、初めの頃は人目を憚らず泣き、恨み言を繰り返していた。

 しかし陛下が何くれと気に掛け、月英さまの憂いが晴れるようにと心を砕き続ける内に、月英さまも陛下に心を開かれるようになられた。

 最近では、お二人の仲睦まじいお姿を拝見できるようになったのに……。


「水蓮」


 月英さまがぽつりと呟く。


「また一人になってしまったわ。私は、これからどう生きればいいの?」

「月英さま……」


 言葉に詰まる。何事か、慰めの言葉を口にすべきなのに、何も言うことが出来ない。


「……ごめんなさい。お前を困らせることを言ってしまったわ」


 振り向かれた月英さまが済まなそうな顔をされる。

 ――ッ! 本当にお辛いのはご自分なのに、このお方は……。


「お下がり。少し一人にさせて頂戴」

「はい」


 退室を促され、私は逃げるように背を向ける。


 ああ、自分は何と浅ましい人間だろう。

 慰めることが出来ぬばかりか、退室を促され内心安堵するとは。


 自己嫌悪を覚えながら、そそくさと足を進める。が、あることに思い当たり『あっ!』と声を出しそうになる。

 花瓶の水替えを失念していたことに気付いたからだ。思わず後ろを振り返ると、月英さまのお顔が視界に入る。

 薄っすらと笑みを浮かべていた。

 お題ありの習作掌編(中華もの)。


 お題は、最初の一行目が『突然の出来事に立ち尽くす。』、最後の一行が『薄っすらと笑みを浮かべていた。』で、2000字未満の掌編。


 本文は1324文字。

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― 新着の感想 ―
[良い点]  最初の1行目と最後の1行を決めた上で2000文字以内の制約と言うことも含めての話ですが、実に綺麗にまとまっていました。  与えられたお題からするとショックを受けて、最後に立ち直るという話…
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