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Cafe Lethe

作者: 唯野恭仁

登場人物


井上

相川

店員

 駅前にある夕暮れの喫茶店。窓際のテーブル席。ひとりの女性がコーヒーを飲んでいる。



井上

 すみません、コーヒーのおかわりをください。


店員

 かしこまりました。



 そこへひとりの男性が席にやってくる。黒いスーツを着ている。



相川

 井上さん?


井上

 相川さん。お久しぶりです。確か……三年前の高校の同窓会以来ですね。


相川

 そうだったかな? あんまり覚えてないけど。で、急に連絡してくれたみたいだけど、なにか僕に用でも?


井上

 え、ああ。そうだった。私相川さんを呼んだんですね。思い出しました。そう、私相川さんを呼んだんです。そっかそっか。


相川

 えー、と?


井上

 すみません。どうかお気を悪くなさらないでください。実は電話帳の一番上にある名前に電話をかけてみたくなったんですけど、別にそこに深い意味はなくて。ただ、ほら相川さんって名前的に「あいうえお順」だと一番上に来ることがほとんどでしょう? だからです。


相川

 ……つまり?


井上

 だから、私の携帯の電話帳の一番上が相川さんだったから、です。


相川

 うーん。これは僕の理解力のせいかな? 全然話が飲み込めないんだけど。


井上

 質問はどしどし受け付けます。


相川

 じゃあ、井上さんはどうして僕を呼び出したの?


井上

 電話帳の一番上だったからです。


相川

 そこなんだよ。なんで電話帳の一番上にあるひとを電話したのか。それを僕は一番知りたい。


井上

 そんな気分の日、ありませんか?


相川

 うーん、ないかな。だって、僕と井上さんは……その、あんまり親しくないじゃない? 正直、通話画面に『井上まきこ』って表示されても、誰だかピンと来なかったし、待ち合わせのここに来たときも誰が井上さんだかわからなかったんだから。


井上

 赤いバッグ、これだけ発色がいいと良い目印になりますね。


相川

 本当に。助けられたよ。



 店員がコーヒーを持ってくる。



相川

 すみません。ウーロン茶ください。


店員

 かしこまりました。


井上

 コーヒーお嫌いですか? ここの喫茶店はコーヒーが美味しいんですよ。どうやら店主がブラジルにある農園まで自ら赴いて豆を選んだらしくって、品質にはただならぬこだわりがあるんですって。


相川

 僕はあんまり得意じゃなくて。


井上

 そうですか。


相川

 ……あの、ということは、本当に僕に用はないってことなの?


井上

 これを言ったらお気を悪くされそうなのでできることなら言いたくないのですが、本当に特にないです。


相川

 なんでそんな冷静なの? まあいいや。僕も別にやることなかったし。


井上

 お仕事帰りですか?


相川

 うん、そんなところ。


井上

 お仕事は何されてるんですか?


相川

 僕は……


井上

 あ、待ってください。当てていいですか?


相川

 え、ああ、いいよ。


井上

 ……


相川

 そんなに悩むところ?


井上

 どっちかだと思うんですけど、うーんどうしよう。


相川

 別にどっちでもいいよ。


井上

 じゃあ、会社員。


相川

 まあ、だいたいそうだよね。むしろもうひとつの答えが気になる。


井上

 今日リストラ宣告された会社員。


相川

 は?


井上

 あ、お気になさらず。



 店員がウーロン茶を持ってくる。



相川

 ……じゃあ、これ飲んだら帰るよ。


井上

 というと、飲み終わるまでは帰らないということですね。


相川

 そうだね。


井上

 相川さんは飲むのは早い方ですか、遅い方ですか?


相川

 何その質問。別に普通だよ。これくらいなら別に時間かからないよ。


井上

 そうですか。じゃあ、そのウーロン茶が飲み終わるまで面白い話を聞かせてあげます。私、いまとっておきのネタがあるんですよ。どうですか聞きたいですか?


相川

 どうぞ。お好きに。


井上

 私、さっきひとを殺したんです。


相川 

 ……


井上 

 飲むの、やめましたね。


相川

 どういうこと?


井上

 気になりますか? 気になりますよね。


相川

 ……


井上

 私はいま言われたように「お好きに」話します。相川さんのそのウーロン茶がなくなるまでは。まあ、勝手に呼び出しておいて何のお土産もなく帰らせるのは私としても心苦しいので、目の前の女がなんか面白いことを喋ってるなってくらいに思ってください。テレビを見ているような感覚でいいので。



 近くで電車が走り抜ける音がする。



井上

 私には付き合ってる人がいました。四つ年上の、綺麗な顔立ちをしたひとでした。昔俳優をやっていたらしくて、いつもその時の話をしてくれました。主役をオーディションで勝ち取った話は何度聞かされたかわかりません。といっても、小さな劇場での話ですよ? 彼はもっと大きな舞台に立ちたかったらしいですけど、そんな話は一度もなく、結局、所属していた事務所からも三年契約の更新を見送られて、晴れてプーです。あんまりそっちの才能はなかったみたいですね。出会ったのはそれからしばらく経って、確かここ……そう、この喫茶店です。『カフェ・レテ』。ここで出会ったんです。私がぼんやりと一人でコーヒーを飲んでいると、彼はさりげなく私の目の前に座って「お時間ありますか?」って言うんです。まあ、なんて運命的なんでしょう。でも、結論から言ったらそれはぼったくり商品の売り込みでした。運命なんてものはありません。そんなものあるわけないんです。でも、彼は顔だけじゃなくて、口も上手かったんですよ。俳優としての才能はまるでダメでしたけど、どうやら詐欺師としての才能はいっぱしのものでして、私、なんだか熱に浮かされたような気分させられて、つい。買いましたし、売りました。ええ、そうです。私の身体ごと売ったんです。ちなみにアッチの方もたいそうご上手でした。


相川

 ……


井上

 ここ、一応笑いどころです。


相川

 え? ああ、ははは……


井上

 それで私は彼と付き合い始めました。告白とか、そういうのはありませんでした。彼とって私はお金でしかありませんでしたし、私から求めるときは必ず財布が一緒でしたから。ゴミみたいな英語の教材、カスみたいなまがい物の壺、クソみたいな開運パワーの水……彼と会うためにいろいろなものを買いました。正直、馬鹿らしいと思いましたよ。でも、ベッドの中で、彼、私の胸に顔をうずめながら子供のような顔で眠るんです。それが愛おしくて、愛おしくて。その瞬間がいちばんの幸せだったんです。彼と共にできるわずかな時間が与えられるならばなんだってできた。恋は盲目。本質をすぐに見失います。恋に溺れた女はみんな馬鹿になります。そして、もう一人、馬鹿がいたんです。彼に他の女ができたことはすぐに気づきました。恋に溺れた女は目が見えない分、嗅覚がひどく敏感なんですよ。他の女の臭いには特に。彼女もまた私と同じような馬鹿でした。ただ一つ違いがあるとすれば、私はバーゲンセールの五十パーセントオフで買ったノーブランドの財布で、彼女は三越デパートで値札も見ずに買ったシャネルの新作の財布ってところです。経済面で競り勝てる要素なんてありません。彼は次第に私の連絡をおざなりにするようになって、ようやく会えて月に一回。でも、そんなの悔しいじゃないですか。財布は財布でも、嫉妬する財布です。彼を他の女に盗られるくらいなら……私は彼をここ、そう、この喫茶店です。『カフェ・レテ』。ここに呼び出しました。さっきの出来事です。相川さんが来る少し前くらい。ここで。ほら、ここに包丁があるでしょう?(鞄から取り出す)彼の返答次第では殺すつもりでした。殺すつもりだったのに。


相川

 ……


井上

 ええ。結果的に言えば私は殺すつもりだっただけで、誰もひとなんて殺していません。最初の話と違うじゃないかとお気を悪くされたらすみません。でも別に悪いと思っていません。


相川

 ひ、ひとまず安心したよ。その包丁、誰かに見られたらまずいから早くしまおうか。


井上

 (包丁をしまう)彼は当然のように私を捨てました。私は財布としての価値すら失ったんです。できることなら財布じゃなくて、ひとりの女として見てほしかったけれど、そんな甘いことはついにありませんでした。愚かですね。でも裏切られた、とか、許せない、とかそういう感情は不思議とありませんでした。なぜだか少しうれしい気持ちさえありました。私、本当は彼と別れたかったのかもしれません。ええ、黙っていてもいずれ捨てられていたでしょう。それでも、はっきりと彼の言葉で聞きたかったんです。さよならの言葉を……ねえ、この包丁、どうしましょう?(鞄から取り出す) どうせならと三越デパートで値札も見ずに買った上質なモノなんですよ。使わないともったいなくありません?


相川

 り、料理に使えばいいんじゃないかな? もともとそういう道具だし。あと誰かに見られたらまずいから早くしまおうか。


井上

 (包丁をしまう)話はこれで終わりです。どうですか? 私の失恋話、面白かったですか?


相川

 面白いとかそういうものじゃないよね。何と言っていいのか、わからないけれど。


井上

 ウーロン茶、氷が融けて嵩が増えてますね。味の薄いお茶ほどひどいものはありません。どうして私が話し終えるまでに飲み干してくれなかったんですか? 私、全部話す羽目になりました。


相川

 ……


井上

 早く飲んじゃってください。私の話はこれで終わりですから。


相川

 ……不正解だよ。


井上

 え?


相川

 さっき、僕が何の仕事してるか訊いたでしょ? あれ、間違えてる。いや別に間違えてはないけど、正確じゃない。


井上

 というと?


相川

 『今日リストラ宣告された会社員』。こっちが大正解。


井上

 ……冗談だったんですよ。


相川

 わかってるよ。でも言い当てられてびっくりした。僕そんなに悲壮感出てたかな? その通り、僕は今日会社からクビを切られた。ウチの会社ここのところずっと業績悪くてさ、それで僕は貧乏くじを引かされたってわけ。これでも真面目に働いてたんだよ。そりゃ営業成績はよくなかったけど、毎朝一番に出勤して誰に言われたわけでもない掃除をやって、みんなが嫌がる歓送迎会の幹事だって進んでやったし。だからかな……クビ切るならきっと僕だろうなって。


井上

 あんまりです。私なら面倒ごとを押し付けてもいい人間は、なるべく残しておきたいですけどね。


相川

 それ井上さんなりのフォローだよね……? まあ、会社の中で扶養家族がいないのは僕だけだったし、しょうがないのかなって。子供や年老いた親がいるのにクビになるのは可哀そうでしょ。


井上

 あれ? 相川さんって確かお子さんいませんでした?


相川

 離婚した。で、親権を持っていかれた。親ももういないし、僕、いま独りなんだよね。


井上

 可哀そう。


相川

 でしょ? だから本当は死のうと思ってた。今日、会社の近くの駅で飛び込んでやろうって。ホームの椅子に座りながらずっと電車が通り過ぎていくのを見送ってて、到着のアナウンスが鳴るたびに黄色い線の真ん前まで行くんだけど、足を前に出す勇気はなかった。感じたことある? 通過する急行電車って思っているよりもずっと速いんだぜ。あんなに速かったら、きっと、感覚さえ残らない。



 近くを電車が走り抜ける音がする。



井上

 相川さん。


相川

 なに?


井上

 コーヒー、飲みませんか? ここの喫茶店はコーヒーが美味しいんですよ?


相川

 知ってるよ。ちなみにいま店主が仕入れているのはブラジルじゃなくて南アフリカのケープタウンの農園。ブラジル産の豆は値上がりしたとかで採算が取れなくなったから去年変えたんだ。でも、それは正解だと思う。今の味の方が好きだし。


井上

 詳しいんですね。


相川

 常連だったからね。


井上

 だった?


相川

 実はここの喫茶店。『カフェ・レテ』。ここは僕が妻と出会った場所なんだ。そして別れた場所でもある。


井上

 運命的。


相川

 今となっては苦い思い出しかないよ。ここのコーヒーは好きだけど、飲むといろいろ思い出しちゃうんだ。どんなに砂糖やミルクを入れても苦すぎて飲めたもんじゃない。だからもうコーヒーは飲みたくないんだ。


井上

 そうですか。すみません、コーヒーとウーロン茶をひとつずつください。


店員

 かしこまりました。


相川

 ちょっと。


井上

 味の薄いお茶ほどひどいものはありませんから。おごります。どうせ私も死ぬつもりですから。


相川

 え?


井上

 私もこのコーヒーを飲み終えたらどこかで死のうって思ってたんです。それなのに、何杯も何杯もおかわりしちゃうから本当にきりがなくて。私、辛いことがあるとここにきて、たくさんコーヒーを飲むんです。そうすると、何もかも深い苦みの中に砂糖とミルクで溶かして忘れることができる気がするから。でも、これで最後の一杯にしましょう。きりがないですからね。相川さん、私と一緒に死にますか?


相川

 いや、一緒に死ぬのは遠慮しておくよ。


井上

 どうしてですか?


相川

 逢引の末に心中なんて思われたら……


井上

 そうですね。やめておきましょう。前言撤回です。ひとりで死んでください。


相川

 助かるよ。


 店員が飲み物を持ってくる。


井上

 これが最後です。


相川

 これが最後か。


井上

 ……


相川

 ……


井上

 ひとつ訊いていいですか?


相川

 どうぞ。


井上

 相川さんはどうして私の電話に応えてくれたんですか? 普通だったら、顔も覚えてないくらい疎遠な私からの誘いなんて無視するのが当然じゃないですか。


相川

 なんでだろう。本当はどっちでもよかったんだと思う。行っても、行かなくても。でも、自然と駅から抜け出せたのは待ち合わせの場所がきっと、ここだったからだと思う。


井上

 『カフェ・レテ』ですか?


相川

 うん。ここじゃなかったらまだホームにいたと思う。もう今頃は飛び込んでこの世にいなかったかもしれない。


井上

 なるほど。私が相川さんの命を救ったということですね。光栄です。感謝してください。


相川

 どうも。でも、どうせすぐ死ぬ命だよ。少し長らえただけで。


井上

 私は人生の終わりに、相川さんに失恋話ができて満足ですよ。こんなに重たくてむかむかするものを抱えたまま死んだら、とうてい死に切れませんから。だから、いまとても心が軽いです。


相川

 そっか。じゃあ、ついでに僕もひとつ訊いていい? ずっと気になってたんだけどさ。


井上

 私のスリーサイズは上から八十七、五十……


相川

 訊いてない訊いてない。


井上

 え、残念。


相川

 訊いてほしかったの?


井上

 そんなわけないじゃないですか。もしかして変態ですか?


相川

 井上さんってさ、頭おかしいってよく言われない?


井上

 失礼ですね。そんなのしょっちゅう言われますよ。舐めないでもらっていいですか?


相川

 言ってることがめちゃくちゃ……


井上

 (コーヒーを飲む)


相川

 (ウーロン茶を飲む)


井上

 で、訊きたいことはそれだけですか?


相川

 あ、違う違う。それじゃないんだ。それも気になってたけど。訊きたかったのは、なんで僕にそんな話をしてくれたのか。顔も覚えていないような疎遠な僕よりも、もっと身近なひとに聞いてもらった方が良かったんじゃない?


井上

 ……誰でも良かったんです。


相川

 え?


井上

 って言ったらお気を悪くしますか?


相川

 別に。


井上

 ちなみに電話帳の一番上に掛けたって言うのも嘘です。


相川

 え?


井上

 そんなわけないじゃないですか。頭おかしいと思われちゃうでしょう。


相川

 もう思ってるけどね。


井上

 二十八番目。


相川

 え?


井上

 私が相川さんに電話したのは二十八番目です。それまでずっと掛けてもすぐ切られちゃって、まともに通話すらできませんでした。私、意外って思われるかもしれないけど、こう見えても結構嫌われてるんですよ。だから、これで断られたらきっぱり諦めて死ぬつもりでした。


相川

 つまり、僕が井上さんの命を救ったということ? 


井上

 思いあがられると困るのですがそういうことですね。私の電話帳にはちょうど二十八人しかいませんので。


相川

 運命的。


井上

 どうせすぐ死ぬ命ですよ。少し長らえただけで。


相川

 それはお互いさまということで。


井上

 (コーヒーを飲む)


相川

 (ウーロン茶を飲む)


井上

 もう少しで飲み終わりますね。


相川

 うん。


井上

 ……


相川

 ……


井上

 すみません。トイレ行ってきます。コーヒーをたくさん飲むとどうも出やすくなってしまって。あ、小さい方ですよ。おしっこのことですからね。


相川

 言わなくていいから。早く行っトイレ。


井上

 あ。


相川

 ……

井上

 お気になさらず。



 井上が退場し、ひとり残される相川。

 テーブルに置かれた伝票を確認する。



相川

 いち、に、さん……十二杯!? どんだけ飲んだんだあのひと。



 突如、駅のほうから激しい警笛。しばらくして鈍い衝突音。



相川

 なんなんだ?



 井上が走ってトイレから戻ってくる。



井上

 相川さん! よかった。先に逝っちゃったのかと思いましたよ。


相川

 え?


井上   

 さっきの。きっと人身事故ですよ。私がトイレ行っている間に、相川さんがこっそり抜け駆けして、線路に飛び込んで死んじゃったのかと思ったんですよ。あーびっくりした。


相川

 なんか、気分悪いな。


井上

 お気を悪くしました?


相川

 いや、なんというか。近くで誰かが……人間が死んだのかと思うと。


井上

 それが普通ですよ。


相川

 ……


井上

 死ぬのは怖い、そう思うのは普通のことです。でも、それを乗り越えてきちんとやり遂げられるひともいるんですよね。私とは大違い。ここは急行電車が止まらない駅なので、きっととてつもないスピードで電車が通り抜けたでしょうね。感覚さえ残さないくらいに。


相川

 井上さん。


井上

 はい。


相川

 コーヒー飲みませんか? 十三杯目。おごるから。


井上

 奇遇ですね。私もいま同じことを思っていました。ここのコーヒーは本当に美味しいんですよ。何杯飲んでも飽きないくらいに。


相川

 すみません。コーヒーふたつください。


店員

 かしこまりました。


相川

 でも、そんなに飲んで具合悪くならない?


井上

 具合悪くなりますよ。正直おしっこどころじゃなくてお腹もピーピーです。あ、ピーピーというのはウン……


相川

 言わなくていいから。井上さんってさ、空気読めないってよく言われない?


井上

 失礼ですね。そんなのしょっちゅう言われますよ。舐めないでもらっていいですか?


相川

 面白いひとだな。


井上

 それって……告白ですよね。これから死ぬっていうひとに告白するなんて、相川さんって物好きな人ですね。もしかして変態ですか?


相川

 なんでそうなるの。


井上

 冗談です。あ、そうだ。もし相川さんが死んだら、私、重要参考人として警察に呼ばれますよね。死ぬ直前に電話をしてますし、街の監視カメラを辿ればここの喫茶店で、私と会話していることがバレてしまう。それすごい困るんですよね。相川さん、やっぱり今日……というかしばらく死ぬのやめません? というか、もう少し時間経ってから死んでもらえません?


相川

 それはコーヒーを飲みながら考える。


井上

 警察は面倒なんですよね。私、すれ違うだけでなんだかむずむずするんです。やましいことなんてなにひとつないのに。


相川

 ああそっか、井上さんひと殺してるんだもんね。


井上

 だからそれ、嘘って言ったじゃないですか。


相川 

 どうだか。



 店員がコーヒーを持ってくる。

 ふたりは柔らかい表情でゆっくりと口を付け、再び楽しそうに話し出す。



 溶暗



                                   了 


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