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言わなくてもいいこと。

作者: しゃん



「帰りの電車そっちだよね。」



なんの気なしに別れの合図を切り出した。

久々に会って、二人でランチして映画を観てお茶をして近況報告しあった。


特にこれと言って追加で伝えなくちゃならないことも、相談したいことも話し足りないこともなかった。


だから特段、違和感はなかったはずだ。

でも安藤琴子は、一瞬間を開けて僕の左肩を伏し目がちに見た気がした。


え、告白待ち!?

なんてことを考えるほど北村誠は自惚れてはいなかった。


何せさっきまでいたカフェで散々、琴子の彼氏の話を聞いていたからだ。

琴子とは学生以来の付き合いで、映画やアニメの趣味が合うためこうして年に数回会っている。

さらに誠の甘党に付き合ってくれる貴重な友人だ、と誠は思っている。


適度な距離感。事あるごとに異性としての意見をくれる貴重な存在だ。

この関係を壊したくないからこそ、あえて踏み込んだ質問はしない。


だからこそここで、

「どうかした?」と聞く勇気はない。



逡巡している間に、

「じゃまたね!」と琴子が言った。

「彼氏さんとの進捗報告期待している!」と返す。


そう言って別れて振り返らずに改札へ向かった。


家に帰ってからもなんだかこの一瞬のことが気にかかった。



今更聞くこともできず、ひとまず風呂に浸かって忘れることにする。






ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


ちょっとした背徳感が私を高揚させる。

彼氏がいるのに他の男と、ランチして映画観てカフェに行った。


男とはいえ、誠だ。


そもそも恋愛対象ではない。

だからこそ気軽に話せることが多い。

それに周りに隠しているオタク気質な部分を誠は共有できる貴重な異性だ。


一つの作品へのリスペクトとして、主観や自分に同調する意見だけでなく、違う立場の人間からの意見を取り入れる。

これが安藤琴子のスタイルだ。


今日の映画だって、元々誠の興味が薄かった。

それをあれこれと魅力を伝え、一緒に行くことにした。


作品を一人でも多くの人に広める、うん、これもファンとしては大事な布教活動だ。


自分の使命と、彼氏がいるのに他の男と会う自分に酔っているのかもしれない。

彼氏が知ったら嫉妬してくれるだろうか。

周りのみんなは私が異性からも人望があると思ってくれるだろうか。

オタク気質な一面と、ちゃんと男性経験豊富ですとアピールしたい自分と内混ぜになる。


にしても、誠は無害だ。

手を繋いでくることもないし、酔っても肩に手を回したりするようなこともない。

そこは少しだけ不満ではある。


今日だって映画で席が隣になったのに手を繋ぐような素振りやこちらに傾いてくることもない。

大概誠は靴を脱いで体育座りして自分の膝を抱えるか、私とは反対方向に頭を傾ける。


そんな誠だからこそ他には言えない相談ができる。


今の誠には彼女はいない、、、はずだ。

何かあれば相談してくる。

むしろおすすめのデートスポットやアドバイスを乞うてくることの方が多い。


だからやっぱり私は恋愛対象外なのだろう。

私だってそうだ。

外見がタイプではない。

いわゆる、恋人として見れない人だ。


でも友人としては頼もしい。


こんな関係がいつまで続いてほしい。

卑怯な考えかもしれないけれど。


帰りの駅へ向かう途中、誠が

「俺、寄るとこあるからいつもと違う路線使うわ」と言った。


いつもは途中まで帰りの電車が一緒だ。


そっか、今日はここでお別れか。


あれ?私少し寂しがってる?

誠に?


いやいやそれは友人としてであって、

そりゃ誠が今の関係をこの先も続けてくれる保証なんてないけどさ。

なんだか少しだけ心がざわついた。


それを察せられないように

誠から目を少しだけ逸らす。


極端に逸らしたらそれこそ怪しいだろう。


うん、私の演技完璧だ。



あ、マスク、逆だ。


誠の顔につけられた白の不織布のマスク。

薄く印字された会社のロゴが多分、反対だ。


言おうか言うまいか迷っているうちに、

誠は私とは違う改札に歩いていた。


安藤琴子はそっと左手を下ろした。


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