人の価値
嗚呼、つまらない。ただ、そう思った。熱気の立ち込める居酒屋の中で、大学のサークル仲間たちが猥談や見栄の張り合いで沸いている。居酒屋はまるで偽ブランドの巨大市場だ。皆、自分を高級ブランドだと思い込んで、必死になって売り込んでいる。僕はここでは異物だ。そういった暑苦しい空気になじめず、独りで日本酒をちびちびと味わう。もう一時間ほど一人でこうしている。なのに酒はあまり進んでいない。慣れない日本酒を注文したことを今更になって後悔する。自分も向こうで騒いでいる見栄っ張りたちと同じだということに気が付いて、唐突に嫌気がさす。(・・・帰っても誰も気が付かないか。)そう思って財布から適当に四千円ほど抜き取る。いや、五千円くらい出しておいた方がいいかな。丁度そう思ったところに大声をかけられて驚く。振り向くと、すぐ後ろには褐色の大男がたっていた。
「よお山岸!飲んでる?」
いかにもな体格から発せられる声に軽くのけぞる。普段から大声なのに酔うと余計に大きくなる。
「赤崎、声がでかい。それに最悪のタイミングだ。」
「ん?なんのことだ?ていうかお前、日本酒なんか飲んでんのか?渋いな。」
痛いところを突かれる。どうこたえようか迷っているうちに、遠くから明るい声が聞こえてくる。
「赤崎~!早く来いよ!」
助かった。
「おー!すぐ行く!こいつも一緒に行くわ!」
「は?」
「いいじゃねえか!明日何もないのは知ってるんだぞ。早く行こうぜ。」
小声でそういった後に僕の腕を引く。
・・・最悪だ。帰宅の予定が一瞬で崩れてしまった。手に持っていた四千円を財布に戻して席に着く。赤崎雄二、彼とは高校時代からの仲だ。部活でも1年からレギュラーとして活躍し、顔もよく人望も厚い。テストの成績だって悪くなかったはずだ。いわゆる完璧人間というやつだ。おかげで彼の周りにはいつも人が集まった。それは大学でも同じだった。そこでますます、自分と彼が対極に位置する人間だということを実感する。今だってそうだ。彼は既に軽い冗談を交えてこの集団に溶け込んでいる。まるで最初からここにいたように。対して僕はまだ一言も話せていない。きっとこのままさっきと同じように日本酒を練習する時間が過ぎていくんだろうな、と思っていると、隣から声をかけられた。
「あの、お名前聞いてもいいですか?」
そこには整った顔の女性がいた。おとなしそうな人だなという印象を受けたが、彼女の派手な耳元を見て自らの印象を疑った。
「あ、、、初めまして。山岸誠っていいます。二年です。」
「山岸さんていうんですね。一年の島田華凛です。よろしくお願いします。」
「ああ、、、よろしく。」
思わず聞き入ってしまうほどにはっきりとした口調だった。名前の通り、凛とした声だ。
「・・・赤崎さんとは仲がよろしいんですか?」
少しためらったような口調で島田さんが聞いてくる。ああ、なるほど。つまりはそういうことである。あの完璧人間が気になってしまう女性は少なくない。島田さんもそのうちの一人であるというだけのことだ。
「どうしてそう思ったの?」
「赤崎さんって、常に周りに人がいますけど、自分から誰かのところに行くのってあまり見ないなって思ってたんです。でも、さっき赤崎さん、山岸さんのところに自分から声をかけに行きましたよね。だから仲がいいのかなと思って。」
なるほど。よく見ている。
「高校からの同級生ってだけだよ。」
「高校から一緒なんですか!二人で遊びに行ったりするんですか?」
「いや、それはしないな。向こうはいつも一人でいる僕を気にかけてくれているだけだよ。」
そうでなきゃ、僕に声をかける理由がわからない。
「本当にそうなんですか?」
「どういうこと?」
「いえ、何でもないです。」
島田さんは伏し目がちに答えた。なにやら元気がないように見えたが、その後は他のみんなと談笑している姿を見ることができて安心した。
その日は、多くの人が楽しめた会だったのだろう。僕も結局最後までいる羽目になったが、落ち着いて帰路につくことができた。皆、散り散りになって帰った。彼らは今、自分のことを高級ブランドだと思っているのだろうか。それともありのままの自分でいるのだろうか。
翌朝、目が覚めると、10件以上の着信が入っていた。僕のケータイにこんなに連絡が入っているのはいつぶりだろうか。ケータイも久しぶりに働いて驚いているだろう。そんなことを考えながら内容を確認する。瞬間、体が動かなくなる。目の前が点滅する。頭がしびれるような感覚に襲われる。メールにはこう書いてあった。
「赤崎が死んだらしい。」