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そして魔女は造られた  作者: 狐花
一章 吸血鬼騒動
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4.遭遇戦


「全員警戒態勢。何が起きても対処できるようね」


 風に揺れる木の葉の音や、虫のざわめきさえも聞こえない、おぞましいほどに静まり返った庭園を恐るおそると進んでゆく。


 隊列の先頭を重装備のヘルマンが務め、最後方には隊長のアウレリアがつく。シリルとジネットは中間に位置し、相互に援護が可能なつかず離れず距離を保ちながら周囲の警戒にあたる。


 庭園は想像よりも広大だが遮蔽物はない。奇襲を受ける心配こそな少なかれども、可能性がゼロではない以上油断は禁物だ。


 魔族には獣とまったく変わらないような種族のものもいれば、人間に負けず劣らずの、非常に悪知恵の働く厄介な種族もいる。


 後者の代表例――小鬼(ゴブリン)の集団が外縁の木々や屋敷の中に潜み、弓矢や投石でこちらを待ち伏せしている、などといったこともないとは限らないのだ。


 何しろシリル達には事前情報が何もない。敵の種類も規模も何一つ持ち合わせていない。唯一確実なのは、低序列(ランク)とはいえ、戦闘特化の魔道師を四人も葬った敵が、ここにいるのかもしれないということのみ。


 これが偵察目的ならば会敵した瞬間に取って返す、という手段も使えたかもしれない。だが今は違う。人の命がかかっている状況下でむざむざ逃げ帰るわけにはいかなかった。そして協会(ギルド)の魔道師ならば、敵が盗賊であっても、人に仇をな(魔族)す存在でも戦うしかない。……そのために彼らは戦いの術を身に着けてきたのだから。


 庭園を半分ほど進んだところでヘルマンが手で合図を出す。敵の気配はないという合図だ。隊列を崩さないまま四人は噴水を背にする形で一旦立ち止まる。


「ジネットは私と一緒に対射撃戦の用意。ヘルマンとシリルはこのまま、庭園と屋敷をつなぐあの階段の手前まで前進。二人とも射撃防御を忘れずに。いいわね」


 アウレリアは手早く指示を下す。有事においては家名ではなく個人名を呼び捨てにし、敬語を極力排除して煩わしさを減らすのが協会(ギルド)の習わしだ。


「俺が先頭だ。行くぞシリル」


「……援護は任せておいて下さい」


 冷たい空気を大きく肺に吸い込み、緊張感で火照る身体を冷却する。


 屋敷に射手が隠れているなら、そろそろ矢の一つでも飛んでくる頃合いだ。風楯ふうじゅんの詠唱準備でもしておかなければ……。


 そう思いながら再び歩み始めようとした、その時だった。


 シリルは()()に目が留まった。


 地形の都合上かは不明だが、この廃屋敷はやや小高い場所に建っている。今しがたシリルが目指すのは、高低差がある屋敷と庭園を直接つなぐ石の階段だ。


 距離にして三十メートル強。真正面、その階段の頂上にそれはいた。


 漆黒という表現すら生ぬるいほどにどす黒い何かが、そこに立っていた。


 月明りを浴びてなお、夜の闇さえ飲み込むほどにただ黒いだけのそれは、しかしかろうじて人の形を成していた。かろうじて頭部らしきものがあり、胴体から伸びる手足らしきものがあった。


 だがその胴体や手足から無数に伸びる、大小入り混じった帯状の物体がそれを取り巻くようにグネグネと、真っ黒な粘液状の何かを地面に滴らせながら、まるで触手のように蠢いていた。粘液は地面に着くなり蒸発し、黒い霧となって触手の主を覆っている。


 やがて人の形をした異形は、ゆっくりと緩慢に階段を降り始めた。


 べたり、べりと。ヘドロを踏んだような、粘着質な水音を立てて異形は階段を下る。触手をうねらせながら迫ってくる。


 誰もが我が目を疑っていた。それ以前に理解できなかった。


 明らかに異常極まる物体を前に、現実感を喪失した四人はそれをただ眺めるしかなかった。


 べちゃり、と。やがて異形が庭園に降り立つ。そして頭部が真横に大きく、曲がるはずのない角度まで傾いだ時、異形の周囲の空間が渦を描くように歪み始めた。


 その渦の中から、黒い杭のような物体が複数本、顔を覗かせているのがはっきりと見て取れる。


 そして異形の頭部が、本来なら口が開いているはずであろう場所が、三日月状にばっくりと割れ――一瞬で全身の肌が粟立つほどのおぞましさが皆の全身を貫いたその時。


 シリルとアウレリアが弾かれたように呪文を叫んだのと、幾本もの杭が四人に向かって放たれたのはほぼ同時だった。


「――“狂(ムールス )風の(アーエルム )防壁”(フェロールム)!!」


 突き出した魔法陣、そこから先の大気がうなる。目にも止まらぬ速度で吹き荒れる、烈風の如き二重の風の防壁が杭の行く手を阻む。


 直線を描いて飛翔した杭の大群が、防壁に命中し鈍い音を立てた。弾き飛ばされた杭が空中を舞い霧散、元から存在しなかったかのように消え失せた。


「――――かっ……はっ……」


 ようやくシリルは自分が呼吸すらしていなかったことに気が付き、あえぐように息を継ぐ。恐怖と混乱でないまぜになった頭の中が急に色を取り戻し、現実感が鮮明になる。


「くそっ! ありゃ一体何なんだ!?」


 大盾を構えたヘルマンが怒鳴た。


「わからない……わからないけど、あれは敵よ。やるしかわないわ!」


 この間にも第二派、第三派と断続的な攻撃が降り注いでいる。防壁を維持するアウレリアの肌にも冷や汗が浮かんでいた。


「アウレリアさん、俺の風防壁はそろそろ限界です。このままだと……」


 防壁の端側はすでにいくつか貫通を許している。二重とはいえ防壁の中央を破られるのも時間の問題だった。


「こっちも駄目ね……だけど、なぶり殺しなんて御免よ。――シリルとヘルマンは白兵戦、ジネットは火槍で二人の援護射撃を。後ろは私が守るわ」


 シリルは長剣を構えて備える。


 直後、とうとう防壁の中央部を貫通した杭の一本が背後の噴水を打ち砕いた。


 それが合図となった。


 シリルとヘルマンが左右に別れ異形に向かって突進する。


「ジネット!」


 アウレリアに言われるまでもなく、詠唱を終えたジネットは樫の長杖を振り被った。


「――を穿ち貫き給え――――“火(ピラ )焔の投(ノウェム )槍・(イグニス )九連射”(アールデンス)



 九つの赤色の魔法陣がジネットの周囲に浮かぶ。明滅していた光が一際激しく輝き、瞬間、それぞれの魔法陣から灼熱の火槍が放たれた。


 火槍はシリル達前衛の頭上を緩い弧を描いて飛翔した。


「ジネットの嬢ちゃん、やるじゃねぇか」


 関心したようにヘルマンが甲高い口笛を吹く。九本の火槍は異形の姿を確実に捉えている。単一目標に対する一斉射とは思えないほどの正確な攻撃にシリルも舌を巻いた。


 どう動いても一本は確実に命中するとシリルは確信していた。貫徹力に優れる火焔の投槍、当たればひとたまりもない。


 だが異形は回避する素振りすら見せず、その身に纏う帯状の触手を鞭のように大きく振り払い、迫る火槍をまとめて薙ぎ払った。


「――そんなっ!?」


 渾身の一撃を防がれ、ジネットは驚愕した。


「攻撃を続けて。……あいつの杭は風の防壁に防がれた後消えた。つまり魔法できた物体よ。そしてもし杭とあの触手が同じ物質なら、火槍で十分貫ける」


 鋼鉄の塊でもない限りはね、とアウレリアは呟く。


 異形の空間が歪み、再び三十以上の杭が打ち出される。主な標的はジネットとアウレリアの後衛だ。アウレリアは風の投槍術と防壁術を駆使して杭の雨を防ぎ、その隙にジネットは攻撃を続けるが、そもそもの投擲量が違う。射撃戦の劣勢は明白だった。


「シリル! このままだと後ろが持たん、早くカタを付けるぞ!!」


 それはシリルも承知している。だが後衛ほどで無いにしろ、シリル達も杭の攻撃に曝されている。牽制のつもりか精度は低いものの、完全に無視できるものではない。


 回避と防御に追われ、異形との距離を思うように詰められない。


 そこへ何度目かの火槍が宙を舞い、その中の二本が異形の空間の歪みに突き刺さった。


 一瞬、歪みが消える。


 前衛に向けられた杭の照準がわずかに遅れる。


「行ってくださいっ!! 杭は私達が引き受けます!」


 ジネットが叫び長杖を振るう。


「――――“火焔(ピラ )の投槍(トレデキム )・十(イグニス )三連射”(アールデンス)っ!!」


 赤い軌跡を描いた火槍の群れが、異形ではなく周りの渦を貫く。


 杭の雨が数瞬だけ止んだ。


「助かるっ!」


 間隙を逃さずシリルは突き進む。しかし近接魔法の射程まであと数歩の距離に接近したところで、シリルと間隔を開けて並走していたヘルマンが突如、大声で呼びかけてきた。


「シリル、上だっ! 触手に注意しろ!」


 はたと頭上を見やる。


 一本の漆黒の触手が夜空を切り裂くような勢いで、シリルに向かって振り下ろされていた。


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