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そして魔女は造られた  作者: 狐花
一章 吸血鬼騒動
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3.回帰不能点


 馬車内で早急に最小限の装備を整え、馬を借りた四人は各々が急いで村へと駆け出した。


 まずアウレリアとヘルマンの二人が状況確認のため先発。ツィタデレへ向かう早馬への指示や、伝令文の作成を行ったシリルとジネットが遅れてその後を追う形となった。


 シリルは馬に乗れないジネットを後ろに乗せ手綱を握る。あまりの速度で走るものだから、ジネットは振り落とされまいと必死にシリルの腰にしがみついてた。


「――クライネルトさん、大丈夫ですか!?」


「このくらい平気ですって。それより落ちないように気を付けてくださいよ!」


 実のところシリルにも乗馬の経験はほとんどない。正直なところ虚勢だ。先導する村人の馬について行くので精一杯だった。


「ごめんなさい。私が馬に乗れないばかりに……」 


「何度も言いますけど、ラウさんは何も悪くないんですって。第一その歳で馬を乗りこなしたら、そっち方が驚きですよ」


 序列に似合わず気の弱い人だなと、シリルは思っていた。自分の二つ下――十七で序列六(セクスタ)位に上がるのは、余程の実力と向上心が無ければ難しい。自信の一つくらい持ち合わせていても良いはずなのだが。


「ごめんなさい。でも、私は魔法ならできますから……」


 ジネットの小さな手がシリルのローブを一際強く握った。白くてか細い手が震えているのは寒さのせいだけではないのだろう。立ち入っていい領域ではないと直感で悟る。イエナやアウレリアなら的確な言葉で優しく励ますところだが、あいにくシリルにそんな話術は備わっていなかった。


 だからこう言うしかなかった。


「ラウさんの魔法、頼りにしてますよ。……だから俺のことも頼りにして下さいね。こんなんでもあなたと同じ序列(セクスタ)なんですから」


 シリルの本心が彼女にどう届いたのかはわからない。肯定も否定もせず、結局ジネットは村に到着するまで沈黙を守り抜いていた。


 だがその手の震えだけは、いつの間にか消え去っていた。


 ヘクタ村の門をくぐり中心部まで馬を飛ばす。日没後間もないというのに村内は真昼のように明るくそして騒がしく、槍や斧を携えた村の男も数多くいて物々しい雰囲気が漂っている。


 シリルが中央の広場に駆け込んだ時、雷鳴と聞き間違うほどの怒号が耳に突き刺さった。


「――森に入るのがどれだけ危険な事か、大人なら考えなくてもわかるだろ!? てめぇらは子供達に何を教えてたんだよ!!」


 かがり火の前でヘルマンが物凄い剣幕で数人の村人を怒鳴りつけている。今にも誰かの胸ぐらを掴みかねないほどの勢いだ。


 見かねたアウレリアがそれに負けじと大声を張り上げ、両者の間に割って入った。


「ヘルマン! 起きてしまったことを責めてどうなるの。それよりも今は子供達の事が先でしょ!」


 舌打ちをして振り返ったヘルマンと目が合う。


「おうこっちだ。……俺じゃ頭に血が上って駄目だ。シリルとジネットの嬢ちゃんが代わりに行って続きを聞いてきてくれ。そんで要点だけ後から教えてくれ」


 シリルの肩をぽんと叩いたヘルマンは、馬から装備を持ってくると言いその場を離れた。頼まれた以上は仕方がなく、二人はアウレリアの元へと急いだ。


「ノールさん、状況はどうなっています?」


「二人とも来たわね。……ヘルマンの様子を見ればわかるだろうけど、状況はあんまり芳しくない。いなくなったのは村の裏手で遊んでいた男の子が三人、今から一時間前に発覚したそうよ。――それで村長さん、その廃屋敷以外にどこか心当たりはありませんか?」


 神妙な面持ちでアウレリアが尋ねる。村長と呼ばれた白髪交じりの男は、考え込むように腕を組んでいた。


「こちらが捜せる範囲で、かつ心当たりがある場所は今村総出で捜索しているところだ。森にも猟師達が入って捜しておるが……さすがに奥の方までは我々では危険すぎて近寄れん」


 その判断を責めることは誰も出来なかった。四人の魔道師をまとめて倒すほどの何かがそこにいるのであれば、ここの村の男達が総出になってかかってもただ犠牲が増えるだけだろう。


「……子供達がわざわざ二重の柵を越えて森の奥に?」


 ふとジネットが小さく口にした疑問に対して、男の一人が気まずげに言う。


「柵といってもその気になれば子供でも乗り越えられる程度のものですし、あちこちで老朽化が進んでました。一部の子供はそれを知ってこっそり抜け道を作って、森の方へに遊びに行っていたようです。その度にきつく叱って柵を修理していましたが、しばらく経つとまた繰り返し……。今回の事件を機により高くて丈夫な防壁に建て替える事が決まっていたのですが、その前にこんなことに……」


 シリルは考え込む。年頃の男の子達が好奇心に負けて、危険な森の中へとこっそり遊びに行く。幼さ故の冒険心か、それとも偶然気がつかないうちに奥へ奥へと進んでしまったのか、どちらにせよいつの間にか帰り道がわからなくってそのまま彷徨い……。


 偶然と言われればあり得る偶然でもあるし、単純に考えればそう不自然でもない。そして何よりアウレリアが言ったように、この期に及んで発端や経過の是非にこだわっても、終わってしまった以上は意味がない事だ。


 シリルは時間が惜しいと、アウレリアに告げた。


「ノールさん。ギルドと警備隊本部には増援を要請していますが、このままだと到着は早くても二十時近くになります。他の所は村の人達に任せて、俺達はこのまま廃屋敷だけでも捜索しましょう」


 アウレリアも首肯する。出発するなら闇が降りきっていない今を除いて他にはない。


 村長らから屋敷への道順を聞き出し、苦虫を噛み潰したような表情で待っていたヘルマンを加え、四人は裏門から馬で出発した。途中、森から帰った猟師と何人もすれ違うが、疲れ切った表情からして成果は無かったようだ。


 森の入り口、鬱蒼と生い茂る木々の間を割くように道らしきものが続いている。躊躇する暇すらなく、四人は大口を開けた暗闇の中へ飛び込んだ。ランタンの光では心もとない暗闇も、幸いなことに雲一つと無い晴れ空から差す月明りが、うっすらと道のりを照らし続けてくれていた。


「そういえば、例の廃屋敷については何か聞いていないんですか?」


 馬が並んだ所を見計らってアウレリアに問いかけた。


「まぁ一応ね。だけど村の人も、昔の領主――旧伯爵家が建てた別宅ってくらいの認識でしかいなかったわ。なんとなく人の出入りがあったのは知っていたけど、気が付いたら廃墟になっていたらしくて、魔族が増え始めた最近までは村の資材置き場として使わせてもらっていたみたい」


 その後はそのまま放置され、気が付けば盗賊だか魔族だかもわからない何かが住み着いてしまったというわけだ。村人にしてみればとんだ災難だろう。


 獣道に毛が生えた程度、と思っていた屋敷への道は意外と整備されていたため、到着までの時間は十分とかからなかった。馬を近くの木々に留め、そこからは徒歩で向かう。


 やがて森の中から、そこだけを真四角に切り抜いたかのような、ただ広い空間が目の前に現れた。背の高い鉄柵と朽ちた生垣に囲まれた、その奥側のやや小高い位置に、二階建てで隅部に小さな塔を備えた、古風な石造りの屋敷が不気味にそびえていた。


 月光を反射する乳白色の外壁には、あちらこちらに植物のツタのようなものがへばりついている。その一部は割れた窓硝子を通って屋敷の内部にまで浸食していた。


 屋敷から一段下がった場所に位置する庭園も荒れに荒れ、往時の面影など一つも残っていない有様だ。噴水らしき物体がかろうじ姿を保っているだけで、木造の納屋や東屋はとっくに崩れ落ちて原形すら留めていない。花々が植えられていたらしき個所も、今や雑草の巣窟となっている。


 眼前に建つ内外を隔てる鉄柵の門は金具が壊れていて、荷馬車程度ならゆうに通れるだけの間がすでに開いていた。


「三人とも、覚悟は出来ている?」


 境界線を前にアウレリアは各々の顔を見渡した。


 皆が静かに頷き、そしてそれぞれが得物を手に構える。アウレリアは斧槍を、ヘルマンは大盾と片手剣を、ジネットは樫の長杖を。


 シリルも長剣の留め金を外し、鞘から抜き放つ。対魔族戦を想定して剃刀のように鋭く研がれた、鋼鉄の刃が鈍くきらめく。革籠手(ガントレット)越しに柄を強く握込み、その感覚を確かめる。


「――行きましょう」 


 シリルは意を決して言う。そしてそれを合図に、四人は戻る事がかなわぬ境界を踏み越えて行った。


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