0.ありふれた悲劇
その日は突然訪れた。
鉛色の空が燃え、上弦の月明かりの代わりに、村のいたるところで噴き上がる猛火が薄闇の中を赤く赤く照らしだす。
断末魔の叫びはとっくに絶え、炎に飲まれた家屋が各所で焼け落ちては、黒煙と異臭をたちまち辺りにまき散らしている。それはさながら地獄の釜に放り込まれたかのようなありさまだった。
わけもわからない中、私はただ村の外れに建つ我が家を目指して走り続けた。
道端に転がる死体が嫌でも目に入った。そのほとんどが四肢を食い千切られていたり、何か大きな力で身体を砕かれている。人間の仕業でないことは明白だった。
「なんで……こんなことに」
村が襲われること自体は昔からよくあることなのだと、前に姉たちから聞いたことがある。帝国の東の果て、まさに僻地であるこの土地には駐留する兵士もおらず、だからこそ村の人たちは常に自分たちの手で村を守ってきたのだと。
過去の歴史で村は何度も魔族に襲われ、そのたびに家々は燃えて人が死んで……でもまた復興を遂げて。……二十年前の襲撃の時、まだ若かった父が魔族の手から母を救ってそのまま結ばれたのだとか言ってたっけ。
だからもし、またそういうことがあったのだとしても、結局はその程度の被害しかもたらさないものなのだと。ひどく短絡的に思っていたから……今日この時までは、突然と何かが失われるなんて考えもしていなかった。
生きる意味、などという大層なことも考える必要も無く、それなりに平穏な日が最後まで続くのだろうと思っていた。
血でぬかるんだ地面を踏みしめ進んでいく。村の中を抜け、やがてレンガ調の建物が見えてさらに足を速めた。
火は上がっていなかった。もしかしたらみんな森の方へ逃げて無事なのかもしれない。そう淡い期待を抱きながら、不気味にそびえる我が家の扉に手をかける。
私を迎えてくれたのはおぞましいほどの暗闇だった。これまで以上の不安と恐怖が身体の中を這いずり回り、全身の肌が粟立っていくのを抑えられなかった。
おそるおそる足を踏み出し、自分でも驚くほどか細い声で呼びかける。
「誰か、いるの……? シャルロッテ姉さん、エリーゼ姉さん……だれか……」
花瓶の水で濡れた床を踏みしめ、暗闇の奥に進んでも誰も答えてくれなかった。でも、直感的に何かがそこにいるような気配を感じて、私はついその呪文を唱えてしまった。
「“小さな火の灯よ”」
指先にわずかな明かりを点けて、そして見てしまった。
闇の奥底に潜んでいた異様さと怖気の正体も、床にこぼれていた水と……花瓶の姿も。
「あっ――――」
……すべてを理解してしまった瞬間、私の心にはただ一つにして絶対的な生きる目的が芽生えていた。