冷たい世界
そこは寒くて、とても冷たい世界でした。
昔はもっとあたたかい世界だったのに、毎年少しずつあたたかい日は減っていきました。
春と夏と秋が元気だったのはもう遠い昔の話です。
この世界で元気なのは冷たい冬だけでした。
世界中のみんなは言います。
世界が冷たくなったのは悪い魔女のせいだと。
寒くなったのは、冬の魔女が春の魔女と夏の魔女と秋の魔女を殺してしまったせいなのだと。
みんなは口をそろえて、そう言いました。
ある村に一人の少女がいました。
少女はお父さんとお母さんと一緒に仲良く三人で暮らしています。
二人とも優しくて、とても温かい心の持ち主でした。
誰かが困っていたらお父さんとお母さんは必ず助けます。
少女はそんな二人のことが大好きでした。
お父さんとお母さんがいるから、世界がどれだけ寒くなっても、少女は暖かさを忘れることはありませんでした。
ある日のことです。
隣の家の家族が少女の家に訪ねてきました。
その家族はお父さんとお母さんに言いました。
「息子が病気になったから薬を買いたいのですがお金が足りません。少しでいいから貸して頂けませんか?」
と、そう言うのです。
それを聞いたお父さんとお母さんは、ためらうことなく、すぐにお金を渡します。
隣の家族はそれを受け取ると、何度もお礼を言いました。
「この恩は必ず返します」
最後にそう言い残すと、その家族は帰っていきました。
またある日のことです。
前とは別の家族がやってきて、お父さんとお母さんに言います。
「この三日間、私たちは何も口にしていません。良ければ少し食べ物を恵んでもらえませんか?」
お父さんとお母さんは、食べ物を少し分けてあげます。
「ありがとうございます。このお礼はいつか必ずします」
嬉しそうにそう言ってその家族は帰っていきました。
同じようなことは何度も続きました。
それからしばらくして、お父さんが病を患いました。
病は重く、ベッドから起きるのも一苦労です。
薬が高いので、お母さんがどれだけ働いても貧しくなる一方です。
とうとう薬を買うお金がなくなったので、お母さんと少女は隣の家族に助けを求めました。
「夫が病に苦しんでいます。薬が買えないとこのままでは死んでしまいます。どうかお金を貸して頂けませんか?」
隣の家族は言います。
「そうかい。そりゃ災難だったな」
それだけ言うとドアを閉めてしまいます。
お母さんがドアをどれだけ叩いても、もう開けてくれることはありませんでした。
仕方ないのでお母さんと少女は別の人を頼ることにしました。
お金を貸してくれる人を探して村を回ります。
しかし村人たちは誰一人として、お金を貸してくれることはありませんでした。
前に助けてあげた人たちもみんな知らんぷりです。
少女は泣きながらお母さんと家に帰ります。
家に入るとお金や食べ物、他にもいろんな物がなくなっていました。
慌てて寝室に行くと、とても寒い部屋の中でお父さんが冷たくなっていました。
少女とお母さんは村を出ました。
暖かい春を求めて世界中を旅します。
しかし、どこへ行っても冷たい冬が続くだけです。
旅の最中、とうとう少女はお母さんも失い、一人になってしまいました。
一人になっても少女は春を探し続けます。
どこかに必ずあたたかい世界があると信じて。
ある日、少女は森で迷子になってしまいました。
何日も森を抜けられず、少女は寒さで動けなくなってしまいます。
そこに一人の女が現れて、少女を抱きかかえると、森の中にある家に連れて行ってくれました。
その女は、少女にパンと温かいスープを与えてくれました。
お父さんとお母さん以外の優しい人に少女は初めて出会いました。
「あなたは、誰?」
少女は尋ねました。
「私は魔女」
少女を助けた女の正体は冬の魔女でした。
「どうして世界を冷たくしたの?」
少女の質問に冬の魔女はこう答えました。
「この世界は一人一人の心によって作られている」
世界が寒くて冷たいのは魔女のせいではなかったのです。
春がやって来ないのは、魔女のせいにしている冷たい人間たちのせいでした。
「ねぇ魔女さん……」
少女は言います。
「あなたの瞳って青空みたいですごくキレイ」
次の年は一日だけ世界に春が訪れました。