林檎
膝をかかえてテレビを見つめていると、ときどき、まばたきがしたくなって、すっすっとつぶるうち、もっとずっとつぶりたくなって、閉じていたら、暗闇のなかでピッチャーがひゅっと投げた。じぶんの手元でくいっと、真横に曲がったそのボールをカキーンと、みごとに打ち返す。
目を開けると、となりでは深緑の座布団のうえに胡坐をかいた悠斗が慣れた手つきで、黒のコントローラーを握っていて、左の親指はまあるいスティックにそえて、せわしなくくるくるするそのそばで、もうひとつの親指が×ボタンばかりをポチポチ、押している。
まじまじ、じゃなくて、わたしのよく知っているどこか冷たいような目を、すうっとまっすぐ投げていて。ときどき、その綺麗な目を離してうんうんする。戻すと、すぐに涼しく集中する。
悠斗はパワプロが好きなのだ。わたしはゲームはあまりわからない。出来そうにもない。彼がするのを見てるのは好き。楽しい。彼が集中するのを隣に座って見させてもらう。嬉しい。悠斗のとなりでいつも、しずしずと膝をかかえて、胸で応援しながらときおり隙をみて、横顔をそっと盗み見る。
しろいすべすべしたその頬から、ひとすじに伸びる鼻筋をないしょで愛でていると、いきなりこちらを向いた。思わず目をみひらくと、悠斗はぜんぜん顔を変えない。わたしの期待も知らずに、いつもとおなじ。ちょっとも笑わないで、すぐに顔をもどす。と思うと、コントローラーをやさしく床に置いたその指を、下唇へ静かにそえた。愛でようとすると、悠斗は手を離して、タイムを解いた。
「──ねえ、坂本って、下の名前なんて言うの?」ふと気になった。
「坂本? 坂本ってこの坂本?」彼は目顔でさしつつタイムをかけてこちらを向く。わたしが頷くのを見守りながら、「たしか、はやとだよ。坂本はやと。でもたぶん──さっき画面にもでてたはずだけど、ゆうと、って書くはず。勇気の『勇』に『人』で、はやと」
「ゆうとではやと」
「そう、一緒なんだよ。名前。いま気づいたけど」
驚きより不思議に感じて、へー、そうなんだ。つぶやくと、彼も、そうなんだよ、と相槌を打ちながら手は早くもタイムを解いて、スクリーンを涼しく見据えている。頭ばかり大きくて、体はまだまだちっちゃなゆうとくんは、バットにボールが当たらない。くるっと三振した。こんどは、丸くんの番。
「よしひろだね」
「え?」
「だから、丸の名前。よしひろ。今でてたけど。丸よしひろ」彼は子供みたいな大人のわたしはすこしも見てくれず、テレビのなかの小さな子たちばかり気にかけて、教えてくれる。
「そうなの」
そう、と彼がつぶやくのを聞きながら、丸くんは丸くんでしかありえない、と思う。丸くんはまるまるしている。林檎が食べたい。想いはむくむくと冷蔵庫へむかう。いくつかころころ、きらきら小さいのが見える。悠斗は皮はむかずに齧ってまるまる食べるひとだけど、わたしは密かに憧れている。かじったことはないけれど。まだ勇気がわかないのだ。悪い気もしてて。いっしょに食べてくれるかな。
大きな音が想いを邪魔した。テレビを見ると、丸くんがホームラン。まるまるしてる。この試合、いつ終わるんだろう。膝をしずしずと抱えなおして、あごをのせてみる。きゅっと抱く。悠斗をむく。はやくかじりたい。
読んでいただきありがとうございました。