第7話 甘美な香りと片手のコーヒー
僕達は大通りへと来ていた。
前回、魔物狩りに来てからしばらく経ったある日の事、アララシードの目撃情報が出たらしい、とランドルさんから知らせを受けた僕達は、いや、主にアレンが、何か対アララシード用の物を買いに来たのかここへやってきたのだ。
もう僕達はすっかりこの国に馴染んでしまっていて、いつも物を買いに来ている通りのおじさんおばさんには、顔と名前をバッチリ覚えられている。
ここに来た時は、まさに夏真っ盛りという具合だったが、今は夏の終わりの匂いを感じ始めていた。
「よーし、腹は大丈夫か?あんなに食ったんだから、まさか減ってるわけないよな?」
ニヤリと意地悪く笑うアレンは、顔が良いせいか変に決まっている。
いっぱい食べたんだもん、大丈夫だってば〜!なんて笑ってみせると、アレンは僕の頭をガシガシと撫でた。
彼は頭を強く撫でる癖があるらしい。
なんだか恥ずかしいけど、僕はこれが好きだった。
お前のことが好きだよって言われている様な、そんな気分になる。
…自惚れだって分かっているけど。
街をアレンが歩むままに付いて歩くと、やっぱり多くの視線を感じる。
冒険を始めた頃は、僕の髪色のせいかと思っていたが、それはしばらくすると違うことに気がついた。
好奇の目ではなく、好気の目と言うのだろうか。
つまり何が言いたいかって言うと、アレンはとにかくモテる。
この国にそこそこ留まっている今でも、いや、今だからこそなのか、街を歩けば毎度の如く、女性から熱いお誘いを頂く。
これは今までも毎回の様にあったのだが、とにかく綺麗な見た目が目立つせいだろう。
長身で、程よく筋肉質な体に、切れ長の瞳に、高い鼻に、薄くて形のいい唇、欠点を見つけることが難しいくらいなのだ。
時折醸し出す哀愁に似た色気が普段の彼とのギャップを生んで、さらにカッコイイ。
男気もユーモアもあって物腰も柔らかく、フレンドリーな彼は男からも厚い人望を寄せられる程好かれている。
とか言う先程も、ウェーブのかかった髪を腰あたりまで揺らした色気のある黒髪美人と灰色の猫耳を生やしたショートヘアの可愛らしい女性が、アレンにお誘いをしに来ていたのだ。
少なくとも僕の前では、アレンは1度も女性のお誘いを受けたことがなく、僕は今でも不思議に思っている。
僕はやっぱり気になってしまって、アレンの後を歩き追いながら、言ってみた。
「…アレン、あれだよ?僕のことは気にしなくていいよ?僕だってもう17なんだし…!アレンだって女の子と遊びたい時くらいあるじゃん?」
「他の女と遊びたい時なんて片時もねーよ。」
「他の女?」
アレンは歩みを止めずに答える。
「んー…そこらへんの女って意味だよ。」
そこらへんの女って、アレンは相当面食いなのかなんなのか、今まで声をかけたきた女の人も綺麗な人はいたのに、なんて。
僕がモヤモヤしていると、アレンは振り向いてニヤニヤと笑ってきた。
「なんだ〜?嫉妬か??安心しろ、お前を放ったらかして女と遊ぶほど俺も余裕ねーから。」
「べ、別にそんなんじゃないけどさ!!」
「ふーん」
僕が慌てて否定してもまだ意地悪くニヤニヤ笑ってくる。
まったく…なんてアレンがいつも僕に言ってくる口癖とまでは言えない言葉を呟いてみると、アレンはフッと笑って前を向いた。
いつも買い物をしている出店商店街をとうに過ぎて、まだまだ歩き続ける。
カラフルなテントと威勢のいい呼び込みもだんだん聞こえなくなってきた。
「ねぇ〜アレン。どこに行くつもりなの?」
「んーーじゃあ、ヒント。俺達がレミューリアで最初に会ったのは?」
唐突に始まったクイズに僕は記憶を遡る。ここに来て随分経ったので、最初の記憶は朧になりつつある。
考えている内にハッと強烈な記憶が蘇ってくると、僕はそれを口にした。
「…マーメードさん?」
「そう、そのマーメイドの姉ちゃんが言ってたことは?」
「えぇ…??んー…。」
「お前聞いてたじゃん…。」
僕が聞いたことと言われたら、強烈な魚の顔が眼前にきた記憶を思い出した。
「あ、もしかして!オーラ?」
「そう、それだよ。俺達がいつまで経ってもアララシード捕まえらんねぇのはなんだろうって考えてたら、フッと思い出してさ。ランドルさんからの目撃情報のあったことだし、その前になんかヒントが欲しいからオーラ適正みてもらおうぜってこと。」
「なるほどね…!」
「あと、今まで狙われてきた人達のことを調べてみると、共通していることがあったんだ。」
「共通していること?」
「皆若い男なんだよ。ちょうどお前くらいのさ。」
「えぇ…じゃあ、なんで僕達の前には現れないんだろう…。」
「それも気になるから、とりあえず何か小さいものでも試していこうぜ。」
話しながら歩いていると、目的地に近づいたらしい。
テントなんて無くなってしまった通りの建物の隙間の細道に右折すると、またしばらく歩み続けた。
そうして目の前に現れてきたのは至って普通の小さな白い家だった。
オーラの適正を見るなんて言うから、もっと禍々しい雰囲気かと思ったのだが、普通の一軒家だった。
取っ手が黒い、茶色の木製のドアの前の三段の石の階段を登ると、アレンはベルを鳴らした。
中から若い女性の声で、どうぞ、と言われると僕達は扉を開ける。
何かのお香の甘ったるい匂いがドアの隙間から漏れ出ると、僕達は中へと入っていった。
室内は、本や、なんだかよくわからない不気味な物で溢れていた。
外観を見て、勝手に中も綺麗だと勘違いしてしまったようで、中は僕の当初のイメージ通りだ。
部屋は狭くて薄暗く、窓には黒の分厚い遮光カーテンのようなものがかかっていて、飾られたこれまた不気味な絵画は額にホコリが溜まり、傾いている。
なんだかよくわからない動物の頭部やどこかの骨があちこちに散乱していてもうとにかく何が言いたいかって、帰りたい。
視線の先には、紫のベールをガッツリ被り、腰まで揺らせている女性がいて、片手にコーヒー、もう片方には怪しげで古そうな本を持っている。
彼女はこちらを気にせずゆったりと、本や小物がある意味素敵に、いや個性的に飾られた本棚の前をブラブラ歩いている。
僕は、このディスプレイスタイルを散らかっていると表現しているのだが、もうそのようなディスプレイスタイルしか、この部屋には見当たらないものだから芸術として受け止めるべきなのかと感じつつある。
このままでいても事は進まないので、アレンが声をかけた。
「あの、ここってオーラ見て貰えるんですよね?」
彼の声に反応した彼女は、こちらをチラリと伺うと、すぐに目線を本棚へ移す。
「そうだけど。見て欲しい?」
「まぁ、見て欲しいから来たので、出来れば見ていただけると嬉しいんですけど…。」
「うん、そうよね。」
噛み合っているような噛み合ってないようななんとも言えない空気感になると、彼女はコーヒーを1口啜り、僕達の前へ歩いてきた。
彼女は近づく前からスレンダーであることは明らかだったが、身長もアレンほどとまではいかないものの僕より高い。
僕よりも高いというよりも一般的に見て高いと言った方が適切に伝わるだろう。
彼女が僕達に近づくと、ドアを開けた時の甘ったるい匂いが強くなる。
ほのかに彼女が手に持つコーヒーも香ると、不思議とマッチしているようで、甘くて重いこの空気が軽減されるような気がした。
それでも、あまりにも甘ったるい匂いなので、咳や軽い頭痛を感じると、帰りたい気持ちが1層強くなる。
この匂いは部屋でお香を炊いているのではなく彼女の香水の匂いなのか、それとも部屋のお香がベール等に染み付いてしまったのか、なんて。
もうそんな事よりも早くオーラをみてもらおう。
「この部屋椅子ないから。立っててくれる?それだけで十分。」
彼女は、そう言って何かを用意する訳でもなく、僕らのオーラの適正を見始めたのだ。