第3話 再会と海の国の眠り姫
王城内部は閉め切った空間というよりは、開放感溢れる造りとなっている。
ガラス張りのところがあったり、窓がいたるところにあったりと太陽光を充分に取り入れることができるようになっていたため、城内はとても明るかった。
もう随分前のことのようにアレンは感じていたが、この城を訪れてからまだ2年しか経っていないこともあり、城内に大きな変化はなかった。
窓から見える海を眺めながら、アレンは案内されるままに歩いていた。
アレンとハル、そして前に訪れたときも案内してくれた、メイドのアリシアの三人が通るにはまだまだ余裕のある廊下は、外壁と同じく白を基調としていて、壁には絵画が飾ってあったりと豪華な感じだ。
ハルは歩きながらアリシアに話しかけていて、楽しそうに表情をコロコロ変えている。
ハルが少し眩しそうな顔をしたので、空を見てみると、太陽が空高く輝いていた。
レミューリアに着いたときは、朝方だったが、もう昼時となっていた。
しばらくぼーっと歩いていると、アリシアが立ち止まって、後ろを向いた。
アリシアと目が合ったかと思うと、左にある立派な王室の扉を目で指してきた。
どうやら王室に着いたことを知らせたかったみたいだが、声くらいかけてくれてもよかったんじゃないか…?
前に来た時もそうだったが、アリシアは俺に冷たい気がする。
そう考えても、しょうがないので王室をノックしようとすると
「国王、アレン様とハルディーン様がいらっしゃいました。」
と、アリシアが国王にドア越しに声をかける。
そう言ってアリシアは、またチラリと俺を見ると、口の端をニヤリと上げる。
コイツ…いじめかよ…。
アリシアに少しイラッとしたが、すぐに国王から返事があったので、俺とハル、アリシアは王室へと入室した。
王城の最上階に位置する王室内部は他の国の王室と比べると小さいが、やっぱり豪華な造りになっている。
金銀ピカピカでアクセントに赤色…みたいなthe王道的な部屋では無く、色は白を基調としていて清潔感溢れる空間となっていた。
俺達の前には王一人だけのものとは思えない程の大きな長机があり、その後ろはまたもやガラス張り。
レミューリア中央部に位置するアトランティスで、城の中でも小さめなこの王城から海を望めるということは、やはりちゃんと考えて設計されているのだろう。
ガラス張りの向こうでは、海がとても鮮やかに輝いていて、王室内も電気はついていないのに差し込んでくる太陽光でとても明るかった。
長机には、王を避けるようにして山積みの書類が積んであり、見るからに高そうで高機能そうな白のオフィスチェアーから背の低い小太りの王が話しかけてきた。
「やぁーアレン君、ハルディーン君、よく来たね〜!いらっしゃい!」
ゆるキャラのような雰囲気漂う王は、俺達を歓迎してくれた。
彼が王らしい威厳を見せたことは俺達の前では一度もない。
いつも優しくてニコニコしていた。
そんな王が、俺含めハルは、とても好きで今も満面の笑みで話しかけている。
「アレン君は相変わらずのイケメンっぷりだねぇ〜。僕おじさんだけどドキドキしちゃうっっっ…!」
「ははは…ありがとうございます…。」
わざとらしく乙女にポーズをとったりして言ってくる王に乾いた笑いを浮かべると、横ではハルが頬を膨らませていた。
「僕は!?僕は?!?結構大きくなったと思わない?!どう!?!イケメン??!」
「ハルディーン君は可愛い感じだからねぇ〜。美形なことに変わりはないんだけど…。」
ハルは、決めポーズをとりながら懸命に男らしさを演出してみるものの、王の言葉にショックをうける。これもまたわざとらしい。
なんだか王とハルには似たような雰囲気を感じる…そう思いながら和んでいたところに水を刺してきたのは、またもやあの女だった。
「ハルのかっこ可愛さは言うまでもありませんが...私は、まっったく、このチャラチャラしたアレンとかいう男がカッコイイとは思いませんけどね。」
「俺だって社交辞令ってことくらい分かってますよ、アリシアさん?」
ますます嫌味な女だ。
薄い紫色のロングヘアーをなびかせたかと思うと涼しい顔で俺を攻撃してくる。
こんな女にヤケになって言い返すのも、なんだか癪に障るので微笑みながら静かに言い返すと、アリシアは不機嫌そうに眉をひそめた。
「またアリシアちゃん、そんなこと言って…可愛い顔が台無しだよ?」
王が少し悲しそうにアリシアに言ってみるものの、
「いえ、お構いなく。こんな男みたいに社交辞令を真に受けて舞い上がったりしませんから。」
と一刀両断。悲しそうに言っているのも無視して、また涼しい顔をしている。
コイツ…どこまでも腹が立つ奴だな…。
そう俺が心の中で悪態をついていると、ピリピリした空気を変えようとしてか、王が明るい声で新しい話題を俺たちに振ってきた。
「ア、アレン君達はどうしてここに来てくれたんだい??何か欲しい物でもあるのかい?それとも海の魔物目当てかな?」
「あー…そのことなんですけどお話が…。」
…この王は俺たちが訪れた目的が分かっていて聞いているのだろうか。まさかアナサリアが死んだことを知らないとでも思っているのだろうか。
「いやー、あの、俺達、ある知らせを聞いてここに来たんですよ。」
ある知らせと聞いた途端、少し目を見開く王と、相変わらず無表情のアリシア。
どうやら本当に俺達がアナサリアの事を知らないって思ってたのか…この王は…。
少し俯いた後、俺をじっと見つめるその目からは何も感情が読めない。
「…アナサリアの事かい?アレン君。」
そうつぶやくように王が言葉を発する頃には空気は違う意味で重苦しくなっていた。
「…はい、本当にアナサリアは…?」
「…やっぱり、そう、他の国々にも知らせが届いているんだね…。」
目を伏せて長い息を吐くと、王は言葉を紡ぐ。
「死んだ…そう言われているみたいだけど、僕は…少なくとも、僕とアリシアは、死んでいないと思っている。」
父と身近な人間から出る縋りの言葉なのか…。肉体はあると言うことなのだろうか、心の中に生きているということなのだろうか。
俺には、まだ分からなかった。
「ただ…眠っているだけなんだ。心臓は動いている。アナサリアは生きているんだ…。」
目を伏せていた王が、俺を見つめると、その目に涙は浮かんでいなかった。
言葉では頼りなく紡いでいた意思は、彼の目には強く浮かんでいた。
まっすぐな目だった。
「でも、これを死んだというんだ。僕らの周りの人間は。…生きているのに、死んでいるんだ。」
ハルは安堵と不安が混ざって混乱しているのか、ずっと黙って苦い顔をしている。
俺も同じだった。
肉体はある。生きている。心臓は動いている。だけど死んでいる。
昏睡状態ということなのだろうか…。
「解決方法はないんですか…?」
そう俺が尋ねると王は静かに首を振った。
「原因がわからないんだ…。」
…少し思い当たる節がある気がする。そう感じた俺はハルを見ると、ハルも同じことを思ったようだ。
「王様、それっていつから…?アナサリアがそうなったのっていつから?」
「だいたい1年半くらい前から少し様子はおかしかったみたいなんだけど、昏睡状態に陥ったのは、つい最近なんだ。もう2週間は目を覚ましていないよ。」
ハルは状況を聞くとますます顔を暗くさせた。
俺だってそんなことは本当にあるとは思ってなかった。
ハルは大丈夫だと、何処かでそう思いたかった。
ハルはスっと息を吸うと、またあの時の儚い顔をする。
「…一緒に解決法探そうか!!アレンがいるなら大丈夫!きっと僕も力になれるからさ…!!」
ハルが励ますように笑うと王は優しく笑う。
アレン君とハル君がいたら力強いよ、そう言って笑う。
ハルは、ただ励ましたかった。
その様子をじっと見つめていたアリシアは、俺には絶対に見せないような笑顔でハルに話しかける。
「ハルがいれば、百人力よ。あんな男よりずっと、ううん、あんな男いなくたって解決できちゃうわ。だから…大丈夫。」
俺への貶しを忘れないところもアリシアらしい。
ムカつくはずの言葉も今回ばかりは許してやろうと思う。
王を励ます為にかけたはずの言葉の最初には消え入りそうな声で、
ごめんなさい…
そう、ハルの悲痛な叫びが隠されていた。
ハルは、王を励ましていたのだろうか。