プロローグ 始まりは忘却の彼方で
─あの日から5年が経った─
─そして今日は俺達の記念日だ─
Grace of blue――グレース オブ ブルー――そう名付けたギルドの両扉を男が開ける。
外との隔たりを無くすかのように開かれた扉から入り込んできた風に吹かれて、男のアッサムブラウンの髪が緩やかになびいた。
しばらく動かずに外の景色を眺めると、今、目の前に広がる蒼空も、風と踊る草花も、海も、山も、大地も、この世界の何もかもがアイツに守られたんだって⋯誰も知らないのだろうと思うと、また目が霞んできた。
アイツと関わってからどうも涙脆くなってしまったらしい。
今日という日が、このギルドの始まりが、ひとりぼっちのはずじゃなかったのに、なんて思っても仕方が無いことは8年前から分かっていた。
夢に縋って、現実から目を背けようとしていた自分にも気づいていた。
ただ、どこかで俺とアイツは大丈夫、ハッピーエンドが待っているって思っていた、思いたかった。
きっとアイツはこの結末がハッピーエンドなんだって笑うだろうけど、残された俺の気持ちも少しは考えて欲しい。
……なんて言っても聞かないだろうけど。
風が一息、また強く吹いたので、アイツが急かしているのだろうと、歩み始めた。
ギルドの扉は開けたまま、アイツに中の様子も見せたかった。
指で器用に挟んでいたシャンパンをクルリと宙に浮かせ、キャッチすると、崖の端に建てた小さな墓の前まで歩いていき、コルクを抜いた。
「ハッピーバースデー、ハル。今日は俺達の12回目の白髪記念日だ。」
祝いのシャンパンを墓の上にコポコポと浴びせると、用済みになった空き瓶を後ろへ放り投げた。
小さな墓の横に、崖を椅子のようにして座ると、無気力に足を泳がせて、チラリと墓を見る。
すぐに視線を蒼空へ移すと、空を仰いでまた話しかけた。
「もうお前も酒が飲める歳になって5年だもんなぁ。お前のことだから飲めなかったかもしんねーけど、オレンジジュースなんかじゃカッコつかないだろ。」
ニヤリと口角をあげてみせると、また、風が強く吹く。
反抗してるのか、なんなのか知らねーけど、なんだかものすごく笑えてきた。
「はぁー、今日はさ。」
「今日は、俺達の始まりと終わりの話をしようか。」
今日が眠って、次の朝が笑っても、いつまでも俺達の話をしよう。
あの日の残酷なほど綺麗なスカイブルーの空が、今日も俺達を見守る中で。