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第八話 おみまいスマイリング

 相次ぐ怪獣出現に世間が騒がしくなり、学校も一斉下校などの対策を講じ始めたころ。

 私、荒本月花は目覚めてから四日目だった。


「おっはよー月花! 昨日はどうだったー?」


「あぁ、楽しかったよ」


「のーのー、そっちじゃなくて。レイナちゃんとのカンケイですよ!」


 学校に来て真っ先に会ったのはこまちだった。

 相変わらず友達の輪の中にいて、そこから私を呼び止める。

 レイナと私がふたりっきりになるよう仕向けたのはこまちだから、あれからどうだったのか気になるのだろう。

 怪獣騒ぎもあったことだし。


 確かに観覧車ではすごく近くまで接近することになったが、唇を重ねたりはしていないと答える。

 すると、まわりにいたクラスメイトたちが高い声をあげ、こまちもにやりと笑った。


「ってことは、キスの直前まで行っちゃったのかな?」


 それはどこで判定すればいいのだろう。

 女の子どうしでキスだって、と騒ぐまわりのクラスメイトにもどうしていいかわからず、私が困っていると、レイナが通りがかる。


「あら、おはよう月花にこまち。二人ともこんな廊下でなんの話?」


「かわいいかわいいレイナちゃんのお話だよ、ねぇ月花?」


「えっ、う、うん」


「な、な、なによ朝から! か、からかわないでよねっ!」


 ちょうど学校に着いたばかりらしい彼女だったが、すぐに顔を真っ赤にして教室に引っ込んでいった。

 ふたりっきりならいいが、人がいるときは恥ずかしくてああなってしまうのか。


「よかった。レイナも元気になってくれたみたい」


 私が眠っている間、杏は治療に専念するため学校を休み、レイナは見ていられないほどに落ち込んでいたという。

 けれど、こうしてまたかわいらしい照れ顔を見せてくれるようになった。


 こまちにとっては、やっと彼女の日常に戻りつつあるのだ。

 なんだか一安心したみたいで、こまちは笑顔を見せてくれる。


 私にとっても、見ているとなんだか落ち着く彼女の笑顔は、かけがえのない日常の一部だったのかもしれない。


 ふと、私はその日、こまちのことを観察してみる気になった。


 杏のことは一昨日、レイナのことは昨日、ふたりっきりで話せる出来事があった。

 でも、こまちとはまだなかったからだ。


 それから私は、さりげなく彼女のことをたくさん見ていた。

 さすがに授業のあいだは違っても、誰かといるときは明るい表情を絶やさない。

 彼女がいると、雰囲気がぱっと明るくなって、緊張が和らぐというべきか。


 だからか、彼女のまわりにはいつも人がいて、人気者だとよくわかる。

 一日中その印象は変わらぬままで、ついにふたりっきりになれる時間はとれずにその日が終わろうとしていた。


 私たち四人組は、いつもなら一緒に帰っているらしい。

 らしいというのは、杏に引っ張られて助手をやらされたり、遊園地に遊びに行ったりして、そのいつも通りがなかなか無かったからである。


 しかしながらそのいつも通りは今日も訪れないらしく、こまちが言い出したのは用事の話だった。


「ごめんね、私ちょっと用事あってさ。先帰るね」


 せっかくだから、間近で観察続行といきたかったのだが。

 残念だが用事があるのなら仕方ないのかも。


「……いまならこまちとふたりっきりになれるわよ」


 レイナが私のことを見てそう言った。

 一日中こまちばかり見ていたのがばれているらしく、目を細めての発言だ。


 確かに、今のタイミングならふたりで話せる。

 その用事とやらについていけば、こまちのこともよくわかるだろう。


 私は頷いて歩きだし、レイナはそれにものすごく驚いた顔をした。

 しかし杏と話し合って私を止めないことになったのか、じゃあまたね、と言って別れる。


 こまちは学校から出てすぐのあたりを一人で歩いていた。

 いつもの彼女とは雰囲気がぜんぜん違う。まず笑顔がなくて、代わりに浮かべる表情は重苦しい。

 歩調はゆっくりだったから追いつくのはすぐだったが、なんだか話しかけにくかった。


「……あれ、月花? 追いかけてきたの?」


 先に気づかれたのは良かったのだろうか。

 事実彼女を追いかけてきていたから頷いて、ひとまず隣に並んだ。

 笑顔を取り繕ってはいるようだが、いつもの彼女とは雰囲気が違う。


「ごめん、着いてきて欲しくなかったら帰るから」


「ううん大丈夫。そのほうが、きっとあの子も喜ぶから」


 あの子とは誰のことだろう。

 私が聞かないまま、こまちが乗ろうとしていたバスが到着する。


 そして目的地もバスに揺られてすぐの場所であり、そこは杏のところの何倍も大きな病院だった。


「病院?」


「家族のお見舞いだよ。弟が入院してるからさ」


 こまちに弟がいることも、そして彼が入院しているのも、いま初めて知った。

 いや、知っていたが忘れていたのだろう。


 こまちが受付で面会の旨を伝え、彼女に連れられるがままに病室を目指していく。

 彼女の歩調はさっきみたいに遅いものではなくて、また表情も明るさを覆いかぶせたふうに笑っていた。


「入るよ」


 病室の扉が開かれる。

 するとすぐに、姉ちゃん、というこまちに似て元気のある声が響いてきた。


 彼は顔に包帯の目立つ少年だった。

 姉を見つけると嬉しそうにして、ベッドから起き上がろうとして彼女に止められている。


「あ、月花さん……だっけ。お久しぶりです」


「あぁ、えっと、お久しぶり、なんだよね」


 私が首をかしげて、つられて彼も同じことをした。

 以前の私なら会ったことがあるらしい。

 記憶喪失だとわざわざ教えると話がややこしくなるのでやめておき、ひとまず挨拶では微笑んでみせた。


 ふと、彼の手元に視線を落とすと、ある一冊の雑誌が目に入る。

 それは先日こまちが見せてくれたあの雑誌で、純が大きく表紙になっているやつだ。

 本人の適当なイメージと全然違うキメ顔の表紙は、改めて見るとちょっと面白かった。


「姉ちゃん、最近は大丈夫? 怪獣、いっぱい出てるけど」


「なんてことないって。だって、私たちにはハイテッカーがついてるもんね!」


「……うん!」


 純たちの扱いは正義のヒーローであるらしい。事実、怪獣たちから人々を守っているのだから、それで正しいのだろう。


 何よりも、ハイテッカーの話題が出たとたん彼の瞳が輝いた気がした。

 こうして入院することになった少年の、心の支えになっている。


 自分のことではないのに、なんだか私は誇らしくなった。


 ◇


 稲葉は誤算をしていた。

 怪獣にすれば死体が残らないと思っていたのに、全部残っていたのだ。

 証拠隠滅、大失敗である。


 犯人が稲葉自身になっていないからまだましではあるが、人間の身体は稲葉の想像より例外めいていたということか。

 稲葉は反省しながら、指名手配犯とやらの捜索を続けていた。


 昨晩の成果はゼロだった。

 人気の少ない夜のほうが後ろめたいことのある人間が現れやすい。

 そのはずだったのだが、また変なのに絡まれるだけで、いちいち怪獣にするのすら面倒になって単純に逃げてきた。


 そのまま桑名と顔を合わせないまま丸一日経ってしまい、今に至る。

 指名手配犯本人も、その情報源もいまのところ見つかっていない。


 わかっているのも、家に押し入ってまだ学生の姉弟を襲った、ということくらいだ。


 その男が記されたポスターにしても同様で、見かけたら連絡しろというだけで、こちらから探すのに際してはまったく役立たなかった。


 やはり、悪いやつを専門に追いかけている相手を探すべきではないか。


「そこの君、ちょっといいかな?」


 稲葉が振り向くと、青い服装の男性に声をかけられていた。

 警察官、といったか。彼らは犯罪者を取り締まるための職業だと、桑名の記憶が告げている。


 稲葉にとっては完璧なタイミングだ。


「えぇ、大丈夫ですよ」


 彼の問いかけには、なるべく桑名みたいな愛想のいい笑顔で応えた。

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