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第六話 ほうかごブレイクタイム

 ヤドカリ怪獣を撃破したその翌日。

 二日連続での出現という事態はいままでになかったらしく、世間では大騒ぎだった。


 やれ第六ワームホールは滅びの始まりだとか、六といえばみっつ重ねて悪魔の数字だとか、蝶とヤドカリに神話的解釈を加えようとしたり。

 当事者である純が爆笑するくらい、オカルトが飛び回っていた。


 学校でももちろんその話題でもちきりで、こまちとレイナの耳にも届いていた。

 私にも杏にも怪我はなかったのだが、とても心配していたらしいふたりはまたしても抱きついてきて、私はまた息苦しくなる。


 そんな慌ただしい朝を過ごしたあとは、授業で眠くなり、放課後にはまた四人での談笑が始まる。

 荒本月花の身体になじんだ、変わりのないらしい一日。


「ねぇねぇ、今日このあと時間ある?」


 こまちの笑顔がまぶしく映る。私自身、とくに予定らしい予定があるわけではない。

 なにかと思うと、せっかくまた仲良し四人が揃ったのだから、どこかへ遊びに行こうということであった。


「いつ怪獣が出てくるかもわかんないんだしさ。私たちは全力で今を楽しもうよ!」


 怪獣は突然訪れる。こっちの都合には合わせてくれない。

 そんな当たり前のことが、いまの世界の状況では重要だと、彼女はいう。


 私もその通りだと思う。荒本月花が記憶を失ったのも、きっと突然のことだったのだ。

 何かが起きる前に、思い出を作りたい。


「杏、純さんのほうのチューニングとかは」


「大丈夫だ、昨日のうちに点検してある」


「さすが杏。大丈夫だよ!」


 杏に確認し、こまちのほうに視線を戻す。

 変わらず人懐っこい笑顔でいる彼女はならよかったと言って、遠巻きに見ていた少女の袖を引いた。


「月花も来るって! よかったじゃん、レイナ!」


 それを聞いたとたん、レイナの瞳がぱっと明るくなったように見えた。

 すぐに取り繕って、いつものどこか不機嫌そうな目付きに戻ってしまったが。


 杏の予定もないし、もともとレイナとこまちは今日行く話だったとのことで、四人での遊園地行きが決まった。


 隣町までそう遠くない距離を電車で移動し、最寄り駅からは歩いてわいわいしながら、到着は案外あっけなかった。

 平日の夕方ということもあり決して人は多くなかったが、和気あいあいとした空気は遊園地特有のものだ。


 観覧車、ジェットコースター、メリーゴーランド。

 定番の遊具の数々は、見るだけで私の胸を高鳴らせてくれる。

 誘ってきたこまちはもちろん、レイナや杏も内心はしゃぐ気持ちはあるらしく、あたりをしきりに見回していた。


「よし、それじゃあ杏は私といっしょね!」


「えっ? いや、あたしは」


「大丈夫大丈夫、こまちさんに任せなさい!」


 何を考えているのやら、こまちは真っ先に杏を捕まえて連れていこうとしはじめる。

 杏は驚きつつも、こまちになにかを耳打ちされると大人しくなり、そのまま売店のほうに連れられていった。


 私はレイナとふたりっきりになって、気まずい空気になってしまうのを心配する。

 その心配は無用だったらしい。彼女は頬を赤らめながら寄ってきて、そっと私の袖を掴んだ。


「えっと、私たちも行こうか?」


「わ、わたしは……メリーゴーランドがいい」


 恥ずかしそうに目を逸らしたレイナ。

 そう親しみやすい性格ではないと思っていたのだが、本当はただ素直になれないだけかもしれない。

 私には、幼なじみである杏がいつもくっついているから、よく嫉妬に似た視線を向けてくるのかも。


 今日は、こまちと杏は別行動だ。

 レイナのことは私が守ってあげないと。


「うん、行こうか」


 そっと手を引くと、レイナもそれについてきてくれる。

 彼女をエスコートする王子様のつもりで、私は歩き出す。


 ちょっといつもより素直なレイナは、よく笑う女の子だった。

 メリーゴーランドに乗っても、コーヒーカップで回っても、ゴーカートで爆走しても、とっても楽しそうにしてくれる。

 さすがにお化け屋敷に入ったら怯えていたけれど、月花がいるから安心ね、なんて言ってくれるから、私も楽しかった。


「はぁ、なんか疲れちゃったわね」


「でも楽しかった。でしょ?」


「……そうね、だってあなたがいっしょだったもの」


 かつての私は、よくこんなに可愛い友達を持ったものだ。

 ほんのりと頬を赤らめた彼女とベンチで休憩しながら、私は思わず頬をゆるめるのだった。


 ◇


 飼古川稲葉の名をもらい、桑名の姿に擬態した怪獣は、さっそく彼女の言う願いを叶えるために動き出していた。


 桑名が命じたのは、指名手配とされている人物の捕獲である。

 人間の事情に怪獣が入り込む必要性は感じないが、稲葉からしてみれば、桑名の願いを叶えることは重要なことだ。


 人相は覚えている。稲葉は、犯人の行方を探すべく手当り次第に街を歩き始めていた。

 通行人たちの顔を目を凝らして観察し、なんとか見つけ出そうとする。

 もともと人間でない稲葉には、すこし判断が難しいが、なんとなく違うことはわかる。


 しかし、目的の人物はなかなか見つからず、歩きながらでは前方が不注意になりやすくなる。

 そして彼女は運悪く、ガラの悪そうな若者の一団にぶつかってしまった。


「っと、申し訳ございません」


 まず頭を下げる。魔法の力を用い、桑名の脳内から、こちらの世界でのやり方を教わっていた。

 だが、同族とはいっても、桑名の考えているほど優しい世界ではないこともある。

 それがたった今、稲葉が遭遇している状況だった。


「お前どこ見て歩いてんだよ」


「人探しをしておりまして、皆様のお顔を」


「そういうことを聞いてるんじゃねぇよ」


 質問に素直に答えたのに、さっきの言葉には別の意味があったのだろうか。稲葉は首をかしげた。

 この知識は桑名のものだから、彼女の知らないスラングがあれば話は別だ。


 稲葉が首をかしげた以降なにもしないのを見て、彼らは自分たちだけで話をしはじめる。

 聞こえてくるのは、上玉がどうとか、車がどうとか、そういう断片的なものだけだ。何の話かは見えない。


 ふと周囲に視線を向けると、足早に離れていく者が何人かいる。

 そのいずれも稲葉の目的の者ではなく、稲葉は桑名の指令が難しいものではないかと思い始めた。


 やがて彼らのあいだで話がまとまったのか、態度を変えて掴みかかってくる。

 いきなり何でしょうと声を出す間もなく口を塞がれ、どこかに引っ張られていきそうになる。

 しかもいつの間にか手首には縄が巻き付けられていて、両腕の自由が奪われていた。


 人探しの邪魔をするつもりだろうか。

 ならば排除するべきだろうが、直接手を下せば悪人と同じかもしれない。


 稲葉は男たちの手を振り払うと、仕方なく魔法を使うことにした。

 背中に蝶の羽を展開し、風にのせてきらきら光る鱗粉をばらまいてやる。


 吸い込めば一発だ。自我を持たない、あのヤドカリのような怪獣の出来損ないがすぐに出来上がる。


 男たちは足をもつれさせ、ひとかたまりになって倒れると、互いの肉が癒着して融合したまま巨大化をはじめた。


 出来上がるのは、この世界でいうトナカイという生き物だ。

 ただすこし巨大で、角が氷でできていて、頭と四肢がでたらめな位置についているだけ。


 シルエットは本来のトナカイとはかけ離れているが、まあ仕方ない。出来損ないに芸術を求めるのはお門違いだ。


 これなら人間の死体が出ないうえ、稲葉を邪魔する奴も排除できる。

 出来損ないの始末は、稲葉を攻撃してきたあいつらがやってくれることだろう。


 稲葉は安心して、逃亡をはじめる民衆たちのなかに目的の人物がいないかと探し始めるのだった。

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