第四話 ちいさなメカニック
レイナとこまちとの再会のあと授業が始まると、私はなんとかついていこうと自分のものらしいノートとにらめっこをすることになった。
さすが自分の字、後から自身で見てわかりやすいようになっている。勉強自体は、すぐに取り戻せるかもしれない。
それよりも、人間関係のほうが気になったといえる。
杏でもレイナでもこまちでもないクラスメイトに囲まれると、名前すら覚えていないのですごく困った。
そういうときに助け舟を出してくれるのはたいていこまちだった。
明るく面白く振舞って場を和ませながら月花のフォローをしてくれて、彼女のウインクにはとても安心感がある。
一方でレイナと杏に関しては、時折不穏な視線を向けてくるので、なんだか居心地が悪い。
なんというか、私の月花に寄り付かないで、みたいな感情が伝わってくるのだが、それは自意識過剰だろうか。
こまちに聞いてみたら、わりと今まで通りらしいが。
案外、誰かに嫌われたりするようなこともなくて、私はなんとか日常へと戻っていけそうだった。
問題は学校生活より、帰ってからになりそうだった。
放課後、自宅である診療所へ帰ったところ、杏の仕事に付き合わされることになったのだ。
「……月花、あたしの手伝いを頼む」
「えっ、ここ診療所……なんだよね? 大丈夫なの、私たち女子高生だけど」
「あぁ、専門は身体改造の闇医者だよ」
杏の意外な事実が発覚した。
すごく目付きが悪いとすごく失礼なことを思っていたが、実際にアウトローなことをしていたとは。
「……おかげで私たちハイテッカーが戦えているんだがな」
奥から現れたのは幸だった。
彼女はいま右腕から背中にかけてのパーツを外しているのか、明らかに人間として足りないシルエットである。
「ここがハイテッカーの拠点になったのは、もともと協力関係にあったからだ。
箱矢先生……杏さんのお父様にはお世話になったからな」
話によると、幸の身体の調整をしたのは杏の父親であるそうだ。
彼の診療所と技術を受け継ぎ、杏は医師というよりメカニックの仕事をしている。
私が付き合わされるのは、機械の調律であるらしい。
怪獣の出現は予測不可能だ。幸の装備は万全の状態にしておかなければならない。
蝶の怪獣に対処する際、砲弾を放つ瞬間にわずかな違和感があったそうで、それは放置すると最悪大破してしまうかもしれないものだという。
その作業効率を少しでも上げるべく、月花が駆り出されるということだ。
記憶喪失に手伝わせるのは無理がある気がする。
「いいんだよ、一緒にいじってたらなにか思い出すかもしれないだろ」
確かに、以前と同じことをすれば記憶がよみがえってくる可能性はある。
が、人々を守るハイテッカーのパーツを、ど素人も同然の月花がいじっていいのだろうか。
「ばか、記憶もねぇ奴に本体触らせるわけないだろ。ほら道具箱もってこい」
「……どこにあるの?」
「あたしの部屋だ」
「杏の部屋ってどこ?」
「あ? 父さんの書斎の隣だ」
「書斎は?」
「あたしの部屋の……っててめぇ!」
私に質問を繰り返され、杏はもういい連れてってやると吐き捨てて立ち上がった。
実際なにも覚えていないし、昨日今日と診療所を探検する暇もなかったのだから仕方がない。
その様を見た幸には、くすりと笑われた。
「仲がいいんだな、ふたりは」
「ずっと同棲してる幼馴染み……みたいですからね。夫婦みたいなものなのかも」
「ふっ、夫婦!? だ、誰が月花のおむこさんだ、ばかぁ!」
私はそんなつもりではなかったのだが、襟を杏に引っ掴まれて、とても力の入っている彼女に引きずられていった。
仮に夫婦だとしても、私はたぶん杏の尻に敷かれていることだろう。
というか、杏は夫の側なのか。
「ねぇ、杏」
夫といえば、ふと気になったことがある。引きずられながら聞いてみることにした。
彼女の父、箱矢先生のことだ。
「杏のお父さんって、どんな人だったの?」
「変人だ、変人!
もともと人を治してあげたいお人好しだったのが、機械まで助けるとか言い出して、挙句の果てに人間と機械を同調させようとした立派な変態!」
大きな声で、しかも早口でまくしたてる杏。
私は思わず口角があがった。さっきの幸の気持ちがわかる、杏はどこか微笑ましい。
「お父さんに憧れてるの?」
「……あぁそうだよ。あたしはあいつの代わりに頑張らなくちゃいけないんだ」
ふと目に付いたのは、杏の脚に乱雑に巻かれた布切れだ。
応急処置をされてから、自分で治療を施した形跡はない。
どこか、彼女に焦りが見えた気がした。
◇
月花たちが作業に取り掛かる頃。
見回りに出ていた純は、運悪く怪獣と遭遇してしまっていた。
「うっわー、連日とかえげつないなぁ」
ワームホールから這い出してきたのは見るからに堅牢な塔を背負ったヤドカリであった。
塔の頂上からは直径数センチほどの小判に似た弾丸が発射され、衝撃に反応して爆発している。
装備は多少持ってきているが、純の武装のみで突破するのはなかなか難しそうだ。
ひとまず幸へ連絡を繋ぎ、怪獣の出現を知らせる。
「もっしー、幸ちゃーん?」
「純か、どうかしたか?」
「お仕事だよ。場所は変わらず、第6ワームホール」
「……最悪のタイミングだな。兵装がすべて調整中だ」
「え、マジで? じゃ、ソロで倒せそうにないタイプの敵だから時間稼いどくね」
「おい、応援要請はいいのか?」
通信機越しにでも心配の色がわかる幸の声に、純は笑って返す。
「私の相棒は幸ちゃんだけだもん」
純はそういって最後に投げキッスをすると、通信機を投げ捨てた。
義手義足をはずし、戦闘用のものをつなげていく。
見た目はごつくて可愛らしくないが、そのくらいがいいのだ。
「さーってと……トップギアで行こうか、リンクスタートッ!」
目の色が文字通りに変化し、背中の飛行エンジンを起動させ、ワームホールのほうへと飛んでいく。
ブレードを展開し、爆発物をばらまきながら街へと進撃してくるヤドカリ目掛けて振り下ろす。
弾かれた。見た目通りに堅い。
純は殻となっている塔への攻撃を辞め、ヤドカリの本体を狙う。
しかし、突き刺そうとしたブレードの刃先は欠け、怪獣の身体にダメージはない。
「かった!? カツオ節の原木ぐらいあるんじゃないのこれ!」
当然ながら、ブレードだって特注の合金でできている。並大抵の金属とは訳が違う。
それをたやすく欠けさせてしまった怪獣の甲殻は脅威である。
まだジョークを吐く余裕のあった純だが、相手は周囲を飛び回る純には見向きもせずに市街へ進んでいく。
このままだと、爆弾を撒き散らし続ける怪獣によって街が焼かれてしまうだろう。
突然の怪獣出現に、やはり避難は追いついていない。
目下では男性が転び、巻き込まれて女の子が倒れ、大パニックになっている。
そこへ怪獣の振りまく災厄が、爆発物がいくつも向かっていき、誰かを傷つけようとする。
「そんなの、この純お姉ちゃんが許さないってぇの!」
咄嗟に頭を隠す市民たちの上空で、純は爆発物を打ち返して遮り、両断して弱めていった。
ブレードを使えば、爆発の衝撃程度なら簡単に防ぎきれる。
純は脅威を空中で処理し、街への被害を抑えようと動き出していた。
「どりゃぁああっ!!」
義手義足との同調を全開にして、ヤドカリの巨体をむりやり止める。
怪獣が進もうとする力は重機より遥かに重く、爆弾も進行を邪魔するものを排除するため襲ってくる。
それでも、たしかに怪獣はその場に止まっていた。
「……あー、いつまでもつかな、私」
いくらハイテッカーとはいえ、体力や集中力、そして燃料には限界がある。
怪獣は純への砲撃を続けているし、状況は決して良いとは言えないし、むりやり打ち返したところで次弾と当たって相殺されるだけだ。
せめてあの殻を吹き飛ばせる火力があれば。
そう思っても、調整はたかが数分で終わることではないし、調整を怠れば大変な目に遭うことくらいわかっている。
純にできるのは、幸を、そして月花と杏を信じて全力を尽くすことだ。