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第三話 ほのぼのエブリデイ

 怪獣騒ぎによる避難から一夜明け、月花たちはなんと平然と通学することになっていた。


 なんでも、怪獣が出ることそのものは頻繁に起こることで、被害が大したことがないのなら休校などにはならないという。


 みんな、感覚が麻痺してしまっているのだろうか。

 記憶をなくしていない月花だったら、それも受け入れていたのかもしれない。


 最初は私も被害状況とかみなくていいのかと言ったのだが、怪獣関連はプロである純たちに任せるべきだと言われ納得してしまった。

 言及されたプロの方も「いいんじゃない? 行ってきなよ〜」なんて、すごく適当なことを言っていた。


 そうして、私は自らが通っているらしい高校に連れてこられたのだ。


 道は杏が引っ張ってくれたから迷うことも無かった。

 新鮮なような、見たことのあるような景色をたくさん通り、やがて到着した学校は小規模だった。


 同年代の生徒たちが怪獣のことを話すのがちらほらと聴こえるなかを通り抜け、自分のクラスを目指していく。

 久しぶり、と声をかけてくれる者には会釈で返し、教師には驚かれ、そして教室に到着するとまた驚かれた。


「……月花? 月花だよね、本物よね!?」


「えっマジで!? ちょっと確認させて!?」


 駆け寄ってきた少女ふたりに挟まれて、頬をつつかれたり、髪の毛を触られたりする。

 しばらく確認した末、どうやらちゃんと慣れ親しんだ荒本月花であったらしく、今度は抱きついてきた。


 左右を固められ、杏に視線で助けを求めるが、彼女は神妙な面持ちで見守っているだけだった。


「よかった……また学校で会えるなんて、思ってなかった」


 月花を挟んでいる片方、水色のツインテールをした少女が涙ぐむ。

 それにつられたのか、もう一方の金髪ショートの彼女の目にも涙が浮かびはじめる。


 自分とそう変わらない彼女たちに抱きつかれると、どっちを向いても顔が近い。

 しかもその両方が泣いているのだから、脱出しようにもできない状況におかれてしまっている。


 困り果ててもう一度杏のことを見ると、彼女はため息をつき、悲しそうに言った。


「やっぱり思い出せないんだな、ふたりのことも」


「……うん。ごめんね、私、覚えてなくて」


 抱きついていたふたりが、月花と杏の顔を交互に見て、理解の追いついていない表情をする。

 杏から改めて記憶喪失の話がされて、それでも受け止めきれないらしい以前の友人を前に、月花はいたたまれなくなった。


「そう。それは、月花のせいじゃないんだもの、仕方がないわ」


「だよね。うん、また会えただけでもよかった。もう二度と……なんて、思っちゃってたわけだし」


 かつての友人たちは、力なく笑い、それから、いま一度自らの名を告げた。


「わたしは亜澄麗衣奈(あずみれいな)。レイナでいいわ。月花、またよろしく」


「私、四条(よじょう)こまち! せっかくだし、もっかい親友になろうね」


 レイナに、こまち。小さく口に出してみると、身体にしっくりとくる響きだ。

 月花はかつての自分の欠片を取り戻したような気分になって、思わず笑顔になる。


「それでさ、月花。どこまで覚えてるの?」


 こまちの問いに、自分の頭の中を探ってみる月花。


 思い出せないものといえば、自分とその周りの人々のこと、そして怪獣に関わることだ。

 学校がなにかはわかるし、勉強の内容も少しなら出てくる。


 しかし、自分の学校生活についてはなにも出てこない。


 感じたとおりにそう告げると、レイナと杏は俯いて、空気がちょっと暗くなってしまう。

 こまちはなんとか茶化そうとしてくれていて、苦し紛れのひとことを口走っていた。


「で、でもよかったかも! また一からお勉強なんて大変だもんね!」


 その努力は空回りしており、杏もレイナも煮え切らない顔のままだった。


「あー、えーっと、ほ、ほら! 今までは月花に教えてもらっちゃってたけど、今度は私たちが教えてあげるんだよ!」


「う、うん、私もそうしてくれるとありがたいなぁ、なんて」


 月花もどうにかこまちの手助けになろうとしたが、あまり効果はない。

 困ってしまって、話題を変えるためにさっそくなにか教えてもらおうと考える。


「ねぇ、あの、こまち。さっそく質問なんだけど、ふだんから怪獣っていっぱい出るの?」


「よしきた! このこまちさんが教えてしんぜよう!」


 嬉しそうにふるまうこまち。

 教室をぱたぱたと走り、自分のカバンらしい荷物から雑誌を取って戻ってくる。

 月花の目の前に広げられた雑誌のどこかには、どうやら先の質問の答えがあるようだ。


「……あ、純さんだ」


「お、記憶喪失でも純さんは知ってるんだね!?

 自らのボディの一部を鋼に置き換え、人々を守る秘密組織ハイテッカーで日々怪獣を屠るエースハンター!

 それが純さんだよ、私ファンなんだぁ」


 こまちは、雑誌の表紙としてあしらわれている女性を指す。

 それは全力でキメ顔をしているあの純で間違いなく、こまちのようにたくさんファンがいることも想像に難くない。

 本人は、あの適当な女なのに。


「こまち、今はそれよりこっちの記事でしょ?」


「あぁそうだった、では月花くん、これを見たまえ!」


 雑誌のはじめのページが開かれた。

 見出しには目次として、今までの怪獣被害の総額や怪獣研究をしている教授へのインタビューなどが記されている。


 こんなものが発行できるほどには出現しているらしい。

 いくつかページをめくると、文に添えられた写真の中に無惨に破壊された城を写したものを見つけた。

 もはや一種の自然災害とまで言えそうだ。


「私が眠ってるあいだにそんなことが……」


「っ、待ってよ。それってどういうことよ。いくら記憶喪失だからって」


 ぼそりと私が呟き、レイナがなにか言いたそうにして、そのときちょうどチャイムが鳴り響いた。

 席につけと言って入ってくる教師、急いで席に戻る生徒たち。

 レイナが言おうとした言葉は遮られて、私に届けられることはなかった。


 ◇


 新たなワームホールから現れた蝶の怪獣は、ハイテッカーによって撃滅された。

 世間的にはそうなっている。


 たしかに、蝶は力を使い果たして倒れたし、爆発のダメージは大きかった。

 爆炎に紛れて、ハイテッカーたちも確認を怠ったのだろう。


 しかし、少なくとも蝶はまだ生きていた。

 咄嗟に自らを本来の蝶ほどの大きさに縮小し、ダメージを克服するまで身を隠そうとしていたのだ。


 その判断は、蝶にとってはいい方向へむかう。

 そこらのカラスに食べられて終わりなどにはならず、なにやら隠れ家によさそうな庭園に行き着くことができたのだ。


 庭園は、人里のなかにありながら雰囲気を周囲とは違うものとしていた。

 とても丁寧に手入れされた草木が、やたらと大きな屋敷を隠すよう囲んでいるのだ。

 まるでその場所だけが現世から隔離されているかのようで、蝶は興味をひかれ、そのままこっそりと侵入した。


 その内に広がっていたのは、溺愛する誰かのために神秘をかき集めた空間だった。

 色とりどりの花たちが咲き誇り、蝶が紛れ込むにはもってこいといえる。


 庭園の真ん中には人影がふたつあった。

 ひとつは車椅子に座っている少女、もうひとつは彼女の世話をしているメイド服の女性。

 この場に似つかわしくどこか幻想的な雰囲気を感じさせるふたり組に接触すべく、蝶はぎこちなく飛んでいく。


 ひらり、ひらり。

 突然の来訪者に驚いた少女と女性は、その正体が傷を受けた虫であるとわかると、その視線を驚きから同情へと変えた。


「形成不全でしょうか、よくここまで飛んで来たものです」


 ふたりは似たような金色の瞳で蝶を眺める。居心地は、悪かった。


「生まれた時から傷ついた羽……まるでボクみたい。ねぇ、メア?」


「どうかなさいましたか、桑名(くわな)お嬢様」


 車椅子の彼女──桑名から、メイド服の女性──メアに提案がされる。


「この子、力尽きるまで、ここにいさせてあげられないかしら」


 好都合だ。安全な場所でゆっくりと回復できるなら、それ以上のことはない。


 桑名の言葉をメアも受け入れた。虫かごを用意するといって彼女は離れていって、蝶と桑名だけが庭園に残る。

 彼女は独り言のつもりで語りかけてくる。蝶には確かに聴こえているのも知らないで、儚げな表情をみせる。


「ボクはね。脚が動かせないんだ。母上がワームホールの向こうからくる障気を吸って、おかげでお腹の中にいたボクも生まれつき動けなくって」


 蝶のように、怪獣が向こう側の世界から連れてくる空気は人間には有毒であるらしい。

 また、桑名が車椅子で生活している訳もわかった。ひとりでは自由に外の世界へ出ていけない彼女のために、きっとこうして庭園が作られたのだろう。


 半身不随である自らの境遇を、羽の欠けた蝶と重ねてくれている。

 ならば、ここにいれば桑名とその保護者たちは蝶を守ろうとするはず。


 怪獣は、甘んじてお嬢様による保護を受け入れることにした。

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