第十九話 ふたたびモンスター
飼古川稲葉には使命があった。
それは捜し物だ。
桑名を吸い上げたことでこちらの世界に適応し、力を取り戻したことで、自分の果たすべきことに集中できるようになった。
そして、先日の庭園怪獣の一件で、その捜し物の在り処も図らずして判明した。
よってやっと本来の目的に取り掛かることが出来る。
稲葉の捜し物とは、荒本月花の中にあるものだ。
あの力の源泉は、本来ならば稲葉たちの世界にあるべき力である。
それを連れ戻すのが稲葉がこちらへ送られてきた理由なのだ。
さて、その荒本月花だが。
彼女を誘き出し、またあの姿を呼び起こすためには、先と同じような状況にしてやればいいのだろう。
彼女の隣にいたあの少女、四条こまちを怪獣が呑み込んだことが、あの変化のきっかけだった。
なら、月花と親しい者を再び使えばどうだろうか。
稲葉はその推測から単純な作戦を立てて、ある場所へと赴いた。
要塞めいた建物。そこには、目的の人物である枚野アメリアがいる。
枚野アメリアが荒本月花と親しいことはわかっていて、きっと彼女で足りるだろう。
そこがハイテッカーの本拠地であることなど意識することなく、稲葉は襲撃を開始した。
入口のセキュリティはよくわからないので、殴りつけて壊してやる。
すると警報が鳴り響き、周囲にはすぐさま防犯のための迎撃装置が展開される。
レーザー光線や銃弾で稲葉を狙い、負傷させて捕まえようということか。だが、残念ながら稲葉相手では現代兵器は無意味だった。
レーザーにしろ銃弾にしろ、稲葉の扱う魔法を突破できない。
ただ軽く魔力で壁を作ってやるだけで、まっすぐ進むはずの攻撃はすべて阻まれてしまうのだ。
だから、稲葉は回避をするでもなく、大慌てで奥へと進んでいくこともなく、悠々と歩いていくだけだった。
「待て……お前。あの時の厄介な餓鬼か。何しに来やがった」
「あの時がどの時かは存じ上げませんが、恐らくアナタの思い浮かべている通りですよ」
廊下を辿って稲葉を追ってきたのは、包帯を巻き、使い込まれたブレードを杖がわりにして立ち、こちらへキャノンを向けている幸だった。
彼女は確か、どこかでは月花と共に居たはずだが、いまの狙いは違う。
つまり邪魔者だ、邪魔をするのなら排除のほかにない。
稲葉はくすりと笑う桑名の真似をして、目の前の女性を挑発した。
標的に退く気がないと判断した彼女が引き金をひき、キャノンが弾丸を発射したのをきっかけとして、戦闘は開始される。
到達するはずの弾を障壁で押しつぶし、幸めがけて飛び込む稲葉。
その一歩目が蹴り出される時にはすでにブレードを構える体勢に入っていた幸だったが、今の稲葉を相手取るにはそれでは足りなかった。
刃が敵にふれることはなく、それを持つ手が砕かれ、支えを失い地に落ちていく。
なにが起きているかわからぬまま闇雲に砕けた手でブレードを振ろうとしても、むろんその攻撃は誰にも当たらない。
幸の迎撃が空を切るまでに、稲葉の攻撃は彼女の手、脚、そして腹に突き刺さる。
稲葉に宿る魔力が彼女の力を増強し、ただの一撃でさえも普通の人間なら即死級だ。
幸が苦痛の吐息を漏らし、衝撃のまま吹き飛ばされていく。
壁に叩きつけられ、少し遅れて口からどす黒い血の塊を吐き出し、彼女の腹は内部で危険な状態となっていることだろう。
その目から闘志は消え去っていないものの、対怪獣の装備で稲葉に敵わないことはこれで十分理解してくれたはずだ。
ひと息ついて気を抜き、さらに奥の間へと歩みを進めようというとき、稲葉の耳にはすこしながら声が届いた。
「純……このままお前のところにいけるなら、これでも……」
その声に気を取られたためか。
稲葉は自らの身体を傷つけようとする銃弾に気がつかなかった。
弾は見事に稲葉の肩を撃ち抜き、魔力による修復を急がせる。
桑名を呑み込んだためだろうか、心なしか傷が痛んだ。
「いいえ、それは違いますわよ、幸。
好き勝手してくれたようですわね、侵入者風情が」
「これは……枚野アメリア様。お待ちしておりました」
向こうから出向いてくれるなんて好都合だ。稲葉は運がいい。
現れたアメリアは基地内部に備えられた迎撃システムを用いているらしく、彼女が大きな身振りで指示を出す度に銃弾やレーザーが襲ってくる。
いまの稲葉ならばその程度なんてことはないのだが、手数が多く、面倒ではあった。
指示を出している彼女を潰すべく急接近し、咄嗟に指を鳴らそうとするアメリアへと手を伸ばす。
アメリアが起動するのは予想通り怪獣拘束システムだ。廊下にも仕込まれており、魔力を固定して動きを制限する力は健在だ。
だが、起動が間に合わなければ意味は無い。
彼女の手の動きより早く膝蹴りを叩き込めば、指を鳴らすことはできないままあらぬ方向へとかんたんに曲がってしまう。
そうして片腕をへし折ると、アメリアは信じられないという表情をしたのち、激痛に耐えかねてうずくまった。
「これで人質は用意できました。では行きますよ。
あら、こちらは折れているほうでしたか」
「ひぐっ、ぅうう……!? い、痛いですわ、もっと丁重に扱いなさい……!
この、いったいなにが目的でわたくしたちを……!」
わめくアメリアを拾い上げた。
彼女はわずかに抵抗したものの、消耗が大きすぎるがために、すぐにその抵抗もできなくなってしまう。
稲葉の目的は、果たされようとしていた。
◇
アメリアからの連絡が入ったのは突然のことだった。
あの日なにがあったのか、杏とレイナとこはく、そして自分自身にも聞かせた直後、端末が鳴り響いた。
しかし、電話越しに聴こえる声はアメリアのものではなく、指定した場所へいますぐひとりで来いという内容だった。
最後にアメリアの声が聞かされ、私は目を丸くするしかなかった。
「くっ、た、助けなさい、荒本月花……この女は、本気ですわ……」
手口は誘拐犯に似ているが、その声は私も知っているもので間違いない。
感情がこもっていない敬語で、声色は透き通る。飼古川稲葉だ。
「……なんだったんだよ、今の。アメリアからじゃねぇのか?」
私は電話の内容を杏に問われ、すべてを話した。
アメリアが捕まっていて、彼女を助けに行かなければならないのだと。
「……待てよ。こんなの明らかにお前が本命だろうが、下手すりゃ殺される」
「そ、そうよ! また死なれたら、またいなくなられたら……わたし、どうすればいいのよ!?」
杏もレイナも、不安げに引き止めてくれる。
けれど、それでも、行かなくちゃならない。
私の脳裏に、助けを求める声がこびりついて離れないから。
「こまちのときみたいにはしたくない……だから、私は、この力を使ってみせる」
でも、と杏もレイナも食い下がる。
そこへ割り込んできて、ふたりを諌めたのは、こはくだった。
「行かせてあげて。月花お姉ちゃんはきっと、アメ子のことも、お姉ちゃん自身のことも助けて帰ってくるから」
振り向いたこはくに、私は頷いた。
そして、指定された場所へと駆け出したのだった。
◇
「来ましたね、荒本月花」
指定された場所とは、あの植物怪獣が破壊し尽くした街の跡であり、稲葉はぼろぼろのアメリアを連れて待っていた。
彼女の傷はひどい。打撲や骨折が明らかに目立ち、稲葉に痛めつけられたと考えざるを得ない。
それは稲葉の冷徹な目と、地面に転がされているアメリアの扱いからも明確で、私を誘き出すためにそこまでしたとみえた。
「……わざわざ私だけを呼び出したりなんかして、どうしたの?」
「四条こまちが怪獣に食われたときです。アナタは、ワタシの捜し物を持っているのだと確信しました」
捜し物。あの力のことだろうか。
彼女はもとより怪獣とのつながりが疑われていたし、こまちのとき怪獣を止める機械を破壊までした。
私の中にある、怪獣に関わる力を求めていても、おかしくはない。
「ですから、もう一度お見せしていただきたいのです。
そこで、四条こまちの代わりといってはなんですが、枚野アメリアを用意いたしました」
稲葉の手がアメリアの襟を掴み、彼女を乱雑に引き寄せる。
アメリアはすでに抵抗する体力が尽きており、気力だけで意識を保っているらしい。歯ぎしりのほかにはなにもできていない。
そんな彼女の首に手がかけられて、小さな身体が持ち上げられて、わずかにうめき声が漏れた。
こまちの代わりだということは。
アメリアのことを、私をあの姿にさせるための生贄にするということか。
「……させない」
絶対に止める。この手を届かせ、誰も殺させない。
純のときのように見ているだけじゃなく、こまちのときのように力の無い私では、もうないのだから。
落ち着いて、細く長く息を吐き、自分の奥底へと身を任せ、あの声を呼び覚ます。
私自身を壊してでも、アメリアを助けるのだ。
「わかっています。それが、あなたのやりたいことなのですから」
どこかで誰かが頷いてくれたような気がして、私の身体の変化は始まった。