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第十七話 ねむれるムーンライト

 桑名の父親と、桑名が過ごしてきた庭園を使って怪獣を作った。


 彼はメアのように怪獣となることを喜びにする、なんてことはなかった。

 そのうえ、たくさんの生き物を用いただけあって、足りないエネルギーを補充すべく人間を食らうものになってしまった。


 その怪獣は突然現れた黒い少女怪獣によって破壊され、倒されてしまったが。


 あれからの桑名というものは、庭園がなくなったことで、外へ出ようと言うことが多くなった。

 稲葉に車椅子を押させて、みんな避難中で誰もいない街へと繰り出すのだ。


 だが、桑名と歩ける場所は瓦礫ばかりで、怪獣による災害の爪痕ばかりを目にすることになる。


 お嬢様の思い描いていた外の世界はもっと華やかだったし、美しかったはずだ。

 なのに、この街は灰色で、崩れかけている。


 幼馴染同然に育ってきたメイドも、自分を愛してくれた父親も、ずっとそこで過ごしてきた居場所でさえも捧げて。

 ついに飛び出していった先には、庭園にあったような花の色彩すらなく、ただ土煙や埃でくすんだ色ばかりだ。


 彼女の求めていたものは、きっとこんなものではないのだろう。


 夜が近づき、太陽が逃げさるように沈み、かわりに月が昇る。


 丸くて明るい、きれいな月だ。

 瓦礫まみれの灰色の街を照らすには、勿体ないほどの。


 桑名の瞳は、しっかりとその輝きをとらえている。

 メアが望んだ月光を映して、彼女の瞳はやわらかな金色に染まっている。


「ねぇ」


 ふと、お嬢様は稲葉に呼びかけた。


「もう、いいよ。ボクの願いは、これで叶ったから」


「……よろしいのですか? もっと美しい景色を探してこそ、自由を噛み締め満足するのでは」


 稲葉が読み取り知った彼女なら、そう考えていたはずだった。

 でも、桑名はすでにそのときの桑名ではなかった。

 自分が夢見ていたものを裏切られて、捧げたものはもう戻らず、そんな中に月明かりがさしたからだろうか。


「ボクは、もういいや。稲葉ちゃんは好きなところへ行けばいいよ」


 彼女の微笑みは、もう無邪気でも、慈悲深い悪魔でもなんでもない。


 充足感とともに自分をあきらめてしまった彼女は、これ以上なにも入れることの出来ない杯だ。


 それは稲葉が欲していた、満たされた命。

 失った力を取り戻すために、なによりも必要なエネルギーだった。


 稲葉は、そうして笑みを向けてくれる桑名に自らの顔を近づけた。


 桑名は抵抗するようすもなく、まるでこうなることがわかっていて、この時を待っていたかのように受け入れる。


 そしてそのまま唇がかさなって、飼古川桑名という少女はすすり尽くされていく。

 稲葉の身体が桑名の心へ、もっと深く脳の髄まで侵入して、味わいながら少女を飲み干していく。


 くちづけをしたまま消えゆくもののことも。

 自らの羽を取り戻し、飛び立ってゆくもののことも。

 もちろん、壊れて役目を終えてしまった瓦礫たちだって。


 残酷で冷淡な月光は、すべてを等しく照らしていた。


 ◇


 目が覚めて真っ先に視界に飛び込んできたのは、心配そうに覗き込む杏とレイナの顔だった。


 慌てて起き上がろうとした私だったけれど、全身の関節が痛み、呻きながらまたベッドに身体を預けることになる。

 ふたりは驚いた顔をして、大丈夫かと声をかけてくれる。特にレイナは、私の意識が戻ったことにほっとしているらしかった。


「よかった……もう丸一日寝てたのよ?

 またずっと眠ったままになっちゃうのかと思って、心配したわ」


 胸をなで下ろす彼女。そういえば、記憶喪失になる前はそうなっていたんだっけ。


 いったん落ち着いて、気を失う前になにをしていたか思い出そうとする。

 たしか、こまちと別れて、怪獣が出て、杏にブースターを借りて──。


「そうだっ、こまち、こまちは……!?」


 私が彼女の名前を出したとたん、ふたりは暗い顔をして目を逸らした。

 あれは夢ではなかったのだ。

 確かに彼女は自分の手のひらの上で息絶えたし、私は怪獣を倒すためにあんな姿になって戦った。


 その怪獣の姿から元に戻る瞬間より後の記憶が飛んでいるのは、きっとそこで気を失ったからだ。


 怪獣は倒したとしても、私が友達を助けられなかったのは変わらない。

 あのときの無力感が帰ってきて、瞳からは勝手に涙が溢れる。


 ふたりだって泣きたかったのだろう。杏は唇を噛んでこらえ、レイナはすすり泣きながらハンカチで濡れる頬を拭っていた。


「……あぁもう、泣いてたってなにも変わらねぇんだよ。あいつとの別れはお葬式までお預けだ、それより気になるのは月花の身体だろ」


 杏はどうにか頭を切り替えようと、別の話を持ち出してくる。

 受け入れられないものをずっと見ているより、別の課題を解決したほうが、確かに有益ではあるかもしれない。


 それに、あの力。

 怒りに任せてだったが、怪獣を一方的に破壊することができるほどの力は、いくら身体を機械にしても手に入らない。


 あれがもっと早く使えていたら、こまちだってあんなことにはならなかったし。

 これからあの姿を使えるようになれれば、誰かとの別れを止められるかもしれない。


 私もなんとか涙をこらえて、彼女に協力しようと、あのとき感じたことを話した。


「自分の中から聴こえる声に、怪獣になる夢、か」


「なにかわかりそう……?」


「いや、あたしにはなにも。そういうのはあたしより、専門のヤツがいるんだが」


 彼女は乗り気ではなさそうだが、その専門家のところへ行けばなにかがわかるのなら行くべきだと思う。

 そして、もしまた怪獣になれるのならば、ハイテッカーの代わりに戦いたい。


 私がそんな返事をすると、レイナが飛び込んできて、涙混じりの震える声と潤んだ瞳で見てきた。


「……だめよ。こまちのことだって悲しいのに、わたしは月花までなくしたくない。

 これ以上遠くへ行かないで、月花」


 レイナと一緒にいてあげたい気持ちもあるし、彼女のことだって大切に思っている。

 けれど、私が私であるためには、ただじっとしているわけにはいかない。

 いまは自分の身体に起きたことを理解して、あの力を使う方法を確立したい。


「ごめんね、レイナ。これからもたくさん心配させちゃうと思うけど、私は立ち止まれないんだ。

 それでも、一緒にいてくれる?」


 レイナは涙をこぼしながら、力なく頷いた。


 そのあとは、なにも言わずについてくるようになったレイナと、先導してくれる杏とともに、専門家のいるらしい場所へと赴いた。


 それはほとんど廃墟と化している医療施設のようで、看板は掠れた文字ばかりでほとんど読めないが、その上からサインペンで「生体研究所」と書き足したのが見て取れた。

 ハイテッカーの本拠地とはまったく雰囲気が違うが、いったい専門家とはどんな人物なのだろうか。


 杏が堂々と踏み入るのについていくと、誰もいない受付を通り抜け、まっすぐに手術室を目指していく。


 意外にも、中に入ってみると病院らしい清潔感は保たれていることがわかる。


 しかし病室を覗いても誰もおらず、どころかベッドすら見当たらない部屋がほとんどで、かわりにホルマリン漬けや何かの機械が押し込まれた物置にされていた。

 手術室に近づくほどその傾向は強く、どうやらこれから会う専門家とやらは相当なマッドサイエンティストと思われた。


 ようやっと目的の場所にたどり着き、私たちは立ち止まる。扉の上にあるランプは点灯していない。

 ノックもせず、杏がひとこえかけただけで、ためらいもなく進んでいく。


 扉の先は思いがけず散らかっていた。

 その真ん中で、白衣を着た銀髪の女の子がなにかの器具をいじっていて、退屈そうにしている。


「……やっと来た、杏」


 声を聞き、彼女は振り向いた。

 幼さの残る顔立ちに、冷めたような無表情。

 右目は眼帯で隠れているけれど、左の瞳はきれいな金色だ。


 あの色には覚えがあって、私は自分の奥深くにある記憶が呼び起こされ、私のところへ戻ってくるのを感じる。


 この感触は、アメリアのときと同じだ。

 私の体のどこかには、彼女が使われている。


「……こはくちゃん、だよね」


 相手の名前は思い出せる。「扇橋(おうぎばし)こはく」だ。

 私は以前彼女と会ったことがあるし、杏を通して仲良くなっていた記憶がわずかに引き出されている。


「ん、その声。もしかしなくても、こはくのここをあげた月花のお姉ちゃんだ」


 彼女も自らをこはくと呼び、私のことを認識してくれた。

 同時にこはくの眼帯が捲り上げられて、彼女の右目が顕になる。


 いや、違う。そこには眼球がなく、ぽっかりと穴が空いていた。


 レイナも私も絶句して、なにも言えなくなっていたところ、こはくは眼帯をもとにもどすと、その訳を話してくれる。


「月花のお姉ちゃんはあの日、こっち側の目をなくした。

 でも、替えになる目玉がなかったから、月花のお姉ちゃんが気に入ってたこはくの目をあげた。

 片目で手術するのは不安だったけど、お師匠様の教えがあればなんてことはなかった」


 その内容はまるで理解できなかったが。


「……ごめん、こはくちゃん。私、記憶喪失になっちゃってて。

 できれば、その『あの日』のことから教えてくれないかな」


「それと、月花の身体を見てやってくれないか。お前んとこの機器ならいろいろわかるだろうしな」


「ん、そういうことなら。こはくがどっちもなんとかする」


 こはくは頷くと、部屋の奥からなにやら大きな椅子を持ってくる。

 クッションが大きく、座り心地はよさそうだが、得体の知れない機械パーツや配線がたくさんつながっている。

 それらが付近にあったモニターにつなげられて、どうやら私はそこに座って検査を受けるらしい。


 しかし、記憶喪失はこの椅子でなんとかできるものなのだろうか。

 不安を抱えながらこはくの顔を見ると、無愛想な印象とは違って、微笑んでくれた。


「とりあえず座って。スイッチ、入れるから」


 言葉の通り、椅子に腰掛ける。

 大きなクッションは思っていたよりもやさしく私を受け止めてくれ、ふわりとした感触の中でこはくの検査を受けることになる。

 彼女の指先が機器を操作して、電子音がいくつか鳴ると、解析がはじまりモニターに映る数値やグラフが変動し始めた。


「ん、だいたいわかった。月花お姉ちゃんの身体には、ありえないくらい濃い魔力がある。

 それが記憶喪失の原因で、怪獣になれる要因でもあるはず」


 魔力、とは。

 アニメや漫画でしか聞かない言葉が自分の身体に使われているのが引っかかって、数値の変動がやんだモニターからこはくのほうに視線を戻した。


「魔力がわからない? ならかんたんに説明する。

 ワームホールの向こうにたくさん満ちている力で、人間の身体を害する。

 こはくたちは怪獣瘴気とも呼んでるけど、同じもの。

 ほかにも機械や他の生き物の遺伝子を人の身体になじませるのに使える」


 ワームホールの向こうから来たものが、私の身体に宿っている。

 なるほど、それならたしかに怪獣に変身できてしまったのも説明ができるかもしれない。


 でも、どうしてそんなものがこの身体にあるのだろう。

 人体に悪影響を与えるということは、つまり私の身体はとうにおかしくなっていても不思議ではないはずだ。


「ん、その答えは、いま教えるから」


 こはくが入力した信号は、機器に解析とはまた違う動作を発動させる。

 月花に強く干渉してきて、頭のなかを探られて、掘り返されているような感覚。

 それが、さっき言っていた魔力によるものなのだろうか。


 だんだん思考がおぼろげになり、瞼が重くなっていく。


 そうして私の意識は、記憶の中の「あの日」へと沈んでいくのだった。

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