第十五話 うかないサバイバー
爆風に巻き込まれた純の遺体は、ジャンク同然の機械たちに埋もれて見つかった。
役目を終えたかのように煤けた義手は力なく開かれて、唯一ブレードだけが未だ銀色に闘志を宿し輝いていたという。
あまりに突然の死だ。昨日まで一緒に笑っていた相手がいなくなっただなんて言われても、私には受け入れられなかった。
私でさえこう思うのだから。
ずっと純といっしょにいた幸も、彼女に憧れ続けてきたこまちも、もっと深い傷を負っているに違いなかった。
学校でのこまちは彼女らしくないとクラスメイトに怪しまれるほど落ち込んでいたし、幸は月花の顔を見ても何も言わず目を逸らすほどだったのだから。
どうにかして、ふたりの助けになることができないだろうか。
この日の私は、授業中もずっとそんなことを考えてばかりだった。
上の空なまま時間が過ぎ去って、気がつけばもう放課後。
ふと顔をあげると、隣には杏とレイナがいて、いつも通り一緒に帰ろうと促された。
そうしてやっと帰る支度をはじめてすぐ、杏に大きなため息をつかれた。
「こまちもそうだし、月花もなんか変だけど。
なんだ、ま、間違いでも起こしちまったのか」
「いや、そんなわけないでしょ。
……でも、無理しちゃ駄目よ。わたし達に相談してくれないと」
「うん、ふたりとも、ありがとう。
ふたりには言えないことだから、ごめんね」
みんなが教室から出ていく中に混じり、下ばかり見て歩くこまちの姿をみつけ、私は追うことに決めた。
彼女をあのままにしておいたら、きっと押し潰されてしまう。
杏とレイナにはごめんと言って、私は駆け出す。
ふたりが首をかしげ、不安げに顔を見合わせたのを振り返ることもなく、学校をあとにした。
こまちに追いついたのは、昨日も通った道に入ったところだった。
その道はハイテッカーの本拠地へと続く道であり、昨日となにも変わらない風景なのにどこか寂しげだ。
「……月花も、来たんだ」
こまちは私に気がつくと、小さな声で呟いた。
私だって、幸やアメリアとはもう一度話をしておきたいし、純の弔いだってある。
なによりも、今の追い詰められた幸とこまちをふたりっきりで合わせるのは、どうしても可哀想な気がしたのだ。
あの要塞めいた建物まで、私たちのあいだに会話はなく、気まずいままだった。
目的地に到着し、インターホンらしきボタンを押して、アメリアの声がしてからやっと私が声を出した。
「どちら様でしょう?」
「えっと、荒本月花と四条こまちだよ」
「……えぇ、嘘つきではないみたいですわね。どうぞお入りくださいませ」
門についているカメラで分析でもされていたのか、意外すぎるほどにすんなり通してくれた。
おかげで療養中の幸にもすぐ会うことができて、私もこまちも目を合わせづらいながらもベッドの傍らに座る。
話そうと思っていたことはあったはずなのに、幸を目の前にすると、なぜか言葉が出てこなかった。
そうこうしているうちに、先に彼女が話し始める。
「あいつはな。死ぬのが怖くて身体を機械にして、その代わりに戦うことを選んだんだ。
らしくない……なぁ、あいつらしくないんだよ。おかしいんだ、なんであいつが自分から死を選ぶんだ」
幸の心も不安定だ。私は黙りこくって、感情が溢れると同時に涙をにじませる彼女を見ている。
その言葉に答えたのはこまちで、彼女は重々しく口を開き、震える声を絞り出した。
「わ、私がよけいなことを言ったせい、です……純さんが自分のことを話してくれたとき、私があんなことを言わなければ」
確かにあのとき、私たちは純の罪悪感を軽くしようと思っていた。
でも、ほんとうにそれがきっかけで道連れを決意したのかは確かめようもない。
こまちの話を止めようとして彼女を見ると、私の声より先に幸が取り乱して、彼女の襟を掴んだ。
「ふざけるな。あいつの死はお前のものじゃない」
私は幸のほうを真っ先に止めなければならなくなって、彼女とこまちを引き離す。
ふたりとも落ち着いていないのだから、会ってはいけなかったのだろう。
私はこまちを連れて帰ると決め、肩で息をする幸に小さな会釈だけをすると、この建物をあとにした。
すれ違ったアメリアは意外そうな顔をしたが、仕方がない。いまは、こまちと幸が顔を合わせるには早すぎたのだ。
連れていくために手をとったら、こまちが震えていることがわかる。
怯えているのかと思い、私から声をかけた。
「大丈夫だよ、幸さんだって気持ちの整理がついてないだけだから」
「……あのね、月花」
ふとこまちが立ち止まり、私の瞳を見た。私もまた、彼女の潤んだ目を見つめ返す。
「私ね。あの事件の時、ヒーローなんていないんだと思ったんだ。
お姉ちゃんが殺されて、弟は刺されて身体がうまく動かなくなっちゃって……神様をたくさん呪いもした」
あの犯人は、こまちの家族に消えない傷を残していった。
それも、姉の死や弟の怪我だけではなく、こまちの心にも深いものをだ。
彼女の話は続く。
「それなのに、純さんに憧れてた理由はね。
きっと、あの人を見ていることで、私たちを守ってくれる人がいるっていう幻想に逃げてたんじゃないかなって。
私は『私のお姉ちゃん』を、あの人に押し付けてたんだ」
私に記憶はないけれど、こまちの姉もきっと純のように、いざという時誰かを守ろうとする人だったのだろう。
姉の面影がどうしても純に重なって、それを自分は憧れているんだと言い訳して。
そうやって、いつの間にか、純に誰かのために命を投げ出すことを望んでいたのだと。
「それは……私には、本当か嘘かなんて言えないよ。こまち自身のことだもん」
彼女の言い分を、私には否定しきれないし、肯定もしない。
できるのは、受け止めることと、誤解を解くことだ。
「それでも、少なくとも純さんは、自分で自分のやりたいことを見つけたんじゃないかな。
命を賭けてでも誰かのヒーローになりたい、って」
彼女が本当にそう思っていたのかは、私だって知らないことだ。
でもきっと、私が純のように命を投げ出したのなら、押し付けられたなんて思っていないだろう。
「……そっか。月花なら、やっぱりそう言うもんね。
ごめん、私、もう帰る。また明日、学校で」
でも、こまちが見せたのは、悲しげな微笑みだった。
私がただ呆然と眺めているうちに、彼女は背を向けて、自宅へ向けて足早に去っていく。
その後ろ姿は、彼女自身にもどうしたらいいかわからない重みにのしかかられているように見えた。
◇
飼古川家のメイドだった少女・メアは、稲葉によって怪獣へと変えられて、そしてハイテッカーによって撃滅された。
遺体は爆炎で焼け焦げて、さらに原型をとどめないほどに弾け飛び、一夜明けただけでは身元を特定されてすらいないようだった。
メアのいなくなった庭園では、彼女のかわりに家事をしようと試みる桑名の姿があった。
しかし、まともに動かせない身体ではよく失敗し、そのたびに儚く笑ってごまかしている。
稲葉は彼女のそんな様を眺めてだけいたのだが、日が傾き始めたころ、突然インターホンが鳴り響いた。
扉の向こうから聞こえてくる声は、桑名の記憶を辿れば正体のわかるもので、どうやら彼女の父であるらしい。
母はすでに、怪獣瘴気によって命を落とし、この庭園に葬られているのだという。
桑名の父にとっては、この庭園は妻と娘の象徴なのだろう。そう、桑名が考えているのを知っていた。
「お嬢様、どうなされますか? ワタシがいては、メア様のときのようにまた面倒事に」
「稲葉ちゃん。ボク、最近よく考えてしまうことがあるんだ」
「何でしょう?」
桑名は庭園を見回して、自らの母が眠る十字架に目を向けた。
薔薇をはじめとした華やかな植物たちに囲まれて、簡素な墓標だけが立ててある。
「ボクが自由になるならさ。この庭園を出ていくんだよね」
「間違いなく」
「でも、お父様はそれを許さない。こんなにたくさんの花を植えて、メアを引き取ってまで、ボクをここに押しとどめようとした人なんだから」
「……なるほど。では、どうしますか?」
桑名はくすりと笑ってみせた。
「ボクが言いたいこと、わかるでしょ?」
それは聖母よりも、慈愛深き悪魔のような微笑みだった。
自分の願いのために身を捧げたメアのせいだろうか。それとも、稲葉の力が自らの傍らで振るわれているからだろうか。
彼女は自分の願いを隠さないし、そのためには排除を考えている。
桑名の思考をコピーした稲葉であっても、今の彼女がなにを思っているのか、全てを推し量ることは出来なかった。
出来るのは、彼女のかわりに、彼女の父とこの庭園に手を下すことだ。