表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
14/35

第十四話 ぎせいのヒーロー

 ハイテッカーの本拠地では緊急速報のベルがけたたましく鳴り、怪獣の出現が告げられていた。

 場所は、飼古川家のすぐ側だ。

 調べられていた桑名の実家で怪獣が出現したのである。


 その一大事に、アメリアがばたばたと廊下を走る音が聞こえてくる。

 病室から顔を出した私はとても慌てている彼女を呼び止めて、手伝えないかと尋ねた。


「アメリア、私にもなにか……」


「はぁ? シロウトが下手なことして大事故を招いた方が困りますわ。

 ひとまず怪獣拘束用の電磁捕縛システムを起動しますから、大人しくここで待っていなさい」


 アメリアが言うことには、この建物が要塞のようなつくりなのは、怪獣の攻撃に耐えられるようにだそうだ。

 安全圏にいるのだから黙っていろ、責任も取れないのにでしゃばるなと言葉が続き、そう言われてしまうと私に返す言葉はなかった。


 そこへ突然着信音が鳴り、アメリアは短く苛立ちの叫びを吐きながらすぐさま応答する。

 端末からしたのは純の声で、すでに怪獣のいる現場まで移動していたようだ。


「もしもしアメっち? こっちは怪獣のとこで待機してるんだけどさ」


「独断専行は控えろとあれほど!

 それにわたくしは仮にも上官ですわよ、アメっちはやめなさい」


「はいはい、で、私はどうすればいいのアメっち?」


「この女は……とにかく、怪獣をわたくしが指定するポイントまで誘導。拘束システムを用いて、戦力の確保ができるまでは縛り付けておきますわ。

 でも注意ですわよ、ハイテッカーの身体も拘束電波の影響を受けてしまうのですわ」


「わかってるって、さっさとはじめなきゃ!

 正義のヒーロー、出陣! なんつってね!」


 アメリアから座標データが送られ、純は作戦を開始したようだ。駆動音がはじまると同時に通話が終了する。


 再び走り出したアメリアについてくと、大きな画面が備え付けられた部屋に着き、その画面には純と怪獣が映し出されていた。


 純はブレードを構えているけれど、昨日の傷は治っていない。包帯が巻かれたままだ。


 対する今回の怪獣は、メイド服を着せられた球体関節人形の姿をしていた。

 その身体には茨が巻きついており、うちいくつかは天に向かって伸び、まるであやつり人形の糸にもみえる。


 怪獣は純の姿をその瞳に映すと、茨の一部を変形させて箒を作り出し、彼女目掛けて叩きつけ始める。

 見た目はボロの箒だが、怪獣の一部である以上、ビルなどは簡単に破壊できる代物だった。

 純もまずいと直感で判断し、回避行動をとるが、背後でコンクリートがたやすく砕ける様をみて感嘆の声を漏らしていた。


「うわぁ、それ本気で言ってるの?」


 冗談めかして言う純だが、その表情は自信に満ちている。

 人形メイドの持つ破壊力がすさまじいことはわかった。一方で、純を敵だと認識して攻撃してくるのは好都合なんだろう。


 彼女は背中の機構を起動させ、に飛び上がる。

 つられて怪獣も動き出して、座標への誘導がはじまった。


 回避に徹する純と追う怪獣。通り道には瓦礫ばかりが残り、避難が終わり誰もいなくなった建物が次々と倒壊していく。


 さらには操り糸が怪獣に動き回る敵を狙わせて、しだいに攻撃は精度を増し、土煙には追いつかれはじめていく。


 煙から辛うじて飛び出し、しかし崩れ落ちるコンクリートを避けるのに気を取られ、頬にかすり傷を受けることもあった。

 だが間一髪での回避に息をつく暇もなく、怪獣はまだ箒を振るう。


 もはや純の表情に余裕はない。


「っちょ、待っ……!?」


 慈悲はなく、ついに茨たちが純を捕えた。

 箒型から伸びては絡みつき、彼女を痛めつけ始める。

 いくつもの棘が突き刺さり、のこぎりを挽くように身体を削られて、純の肌はほとんどが赤く染め上げられていく。


 それだけでなく、腰パーツが壊れて金属部品を散らす。

 補助アームはちぎられ、義手からは力が抜け、ブレードが地面に落ちてがしゃんと音を立てた。


 座標は目と鼻の先だ。

 それなのに、純は茨に捕らわれて、怪獣の拘束に移れない。

 祈るしかないこの状況がはがゆくて、私は目を瞑って祈るほかなかった。


「だ、大丈夫だよ、ねぇ、だってあの純さんだもん」


 自分に言い聞かせて、無理やり笑顔を作り、怯える自分をごまかそうとするこまち。

 アメリアは画面に集中し、訪れる好機を逃さぬべく虎視眈々と狙っている。


 画面に映る茨の檻では、そこから滴る血の勢いが弱くなりつつある。

 このままでは、純はあのまま失血死だ。

 怪獣は拘束しきれないまま、ただ彼女を失うことになる。


 せめて、ブレードに手が届けばあの茨を断ち切れただろうか。


「──リンクスタート。クライマックスで行ってやる」


 画面の向こうから聞こえたのは、純の声ではなかった。

 それはまったく予想していなかったことで、こまちも繕った笑顔を忘れ、アメリアまでもが目を丸くしている。


 そこに立っていたのは、包帯まみれのまま戦闘用の義手と義足を着け、純のブレードを手にした幸だった。


「……幸、ちゃん? やだなぁ、だめじゃん、そんなぼろぼろなのにさ」


「そっちの方がぼろぼろだろうが、お前らしくもない無茶をして。

 私はお前に助けられた日から、お前と生きると決めたんだ。助けるのは当然だ!」


 幸が全力で投げつけた刃が茨を切り裂いて、持ち主のもとへと届けられる。

 たしかに受け取った彼女は手加減を確かめるように斬撃を繰り出し、自分を拘束していた茨から解放された。


「っし、よくもここまでやってくれたなぁ、このメイドさんめ……!」


 飛行のために使うブースターの噴射を利用して、ブレードを構えて一気に突撃していく。

 防御に茨が集められ、壁となるが、噴射の勢いによって壁ごと押しやられ、人形メイドはついに座標まで到達させられた。


 すぐさま純は怪獣との距離をとり、アメリアへの合図を送る。


「今だよ、アメっち!」


「わかってますわ、怪獣拘束システム起動……!」


 アメリアの操作により、地面から消火栓めいて飛び出している小さな機械から電磁波が照射される。

 それは怪獣の動きを邪魔するものなのか、人形メイドのことを縛り付け、操り糸ごとその破壊活動を停止させた。


「やったな、純」


「うん! ありがと幸ちゃん、幸ちゃんが来なかったら死んでたよ、なんて……ぁう……」


「なっ、純!? 大丈夫か!?」


 出血が多すぎたのか、純はよろめいたかと思うと意識を失ってしまったらしい。

 その怪我はほんとうにひどいもので、皮膚が抉り取られて真っ赤な筋肉が露出していたり、見ていられないほどだった。


「ふぅ。一時はどうなることかと思いましたが、これで一時中断ですわね。

 さて、今すぐドイツからあのチームを呼び戻して、あいつの排除にあたってもらいましょうか。

 おふたりとも、すぐ戻ってきてくださいね」


「あぁ、こんな重傷のヤツ放っておけるか」


 これで怪獣を捕まえておき、すぐに純と幸を治療し、海外に行っているハイテッカーも含めて戦力が整い次第討伐を進めるという。

 さらには新たな怪獣が現れる確率もゼロではなく、飼古川稲葉および桑名に対する警戒体制も敷かなければならない。


 アメリアはまったく大変ですわと溜息をつき、私は苦笑いをした。


 直後、苦笑いなどしていられない状況が引き起こされるのだが。


「お嬢様の……ために……」


 純でも、幸でも、ましてアメリアでもこまちでも私ですらない声がした。

 聞いたことの無い声は、人形メイドの発したものであり、彼女は無理矢理にでも動こうとしていたのだ。


「そ、そんな、嘘ですわ! あれは怪獣を構成する粒子を妨害する完璧なシステムのはず、それがなぜ……!?」


「あれが破られたら、今度こそ純さんも幸さんも危ないんでしょ!? アメリア、なにかないの!?」


「うるさいですわねドシロウト! わたくしも今すぐに考えますわ……!」


 アメリアがいくつもキーを叩き、画面を操作し、しかし効果はみられない。

 動き出そうとする怪獣はやがて拘束電磁波とやらを出している機械にまでたどり着き、うちのひとつを引っこ抜いてしまう。


 それによってシステムは崩壊し、再び怪獣は動き始める。

 傷だらけの純と幸を狙った攻撃が、再開されるのだ。


 ふたりは突然のことながら飛翔を間に合わせ、一度は空へと脱した。

 だが、今度は人形本体による攻撃もはじまり、人間ではありえない可動域で手足が、茨が襲ってくる。


 ふたりを相手にしても同時に追いすがる怪獣に、純も幸もたやすく撃ち落とされてしまう。

 地面に叩きつけられ、ひび割れたコンクリートにありったけの血反吐をこぼし、ふたりは再び追い詰められた。


「っぐ……純ッ! いったん退くぞ、今すぐブースターを……」


「そうだ、幸ちゃん。私と生きるんだって言ってくれたよね」


「なんだいきなりッ、いいから脱出を!」


「あれね、すっごい嬉しかったんだ。

 ありがとう、なんちゃって、照れくさすぎるかも」


 こまちみたいに無理して笑ってみせて、純は傷だらけなのに立ち上がる。

 そして、自らの胸に手のひらを当て、爪を立てた。

 縫合されていた皮膚を引きちぎって、その下にあるものを引きずり出す。

 それがなにを意味しているのか、幸はわかってしまったのか、声を荒らげた。


「待て、お前、それは……!」


「いやぁ、ごめんね。一緒に生きるの、できないや。

 ……あれ、おかしいな、生きたいから戦ってただけのはずなのに、なんで私ここまでやってるんだろ?

 あぁそっか、それが正義のヒーローってやつだもんね……いいよ、心臓くらいくれてやるよ!」


 純の胸からえぐり出されるのは、明滅するハート型の器械だ。

 きっとあれは、いままでハイテッカーとしての純を生かしてきた核で、文字通り心臓部なのだろう。

 それを体外に出した彼女は、逃れられぬ現実として、まもなく死に至ると決まってしまった。


 自分の命をブレードにはめこんで、脈動するそれを武器として最大出力まで解放し、手にして飛び立つ。


 怪獣の迎撃は正確で、間違いなく純の逃げ道をなくす茨の包囲網が展開される。


 しかし、死を目の前にした彼女は迎撃をさらなる攻撃で破り、刃の纏うエネルギー波にてたやすく一掃する。

 遮るもののなくなった上空を、一直線に突っ込んでいき、純は怪獣のもとへとついにたどり着く。


「これで、終わりだ……!」


 人形の金色の瞳に突き刺した刃は、宿した生命の力を敵への破壊に変え、渦をまく。

 純が力尽きるまで、否、使い手が力尽きてなお、怪獣への破壊のためにエネルギーを輝かせる。


「私、ちゃんと正義のヒーローだったよね?」


 純の最期の呟きをかき消すように、爆発が巻き起こった。

 不思議と幸を巻き込まず、しかし怪獣の身体は崩壊し、あたりはほとんどが瓦礫の山と化していく。


 画面を炎の紅蓮が埋め尽くし、やがて晴れ、怪獣の消えた風景が映し出される。


 ──そして。


 爆風が晴れても、純の姿はどこにもない。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ