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第十一話 しろいろファインド

 純から用事を押し付けられ、幸はある場所へ赴いていた。

 壁を鉄板で覆ってある要塞めいた外観であり、その実態はハイテッカーの本拠地である建物だ。


 厳重なロックがかけてある扉は幸が手をかざすと開き、近未来的な内装で彼女を出迎えた。


 慣れた様子で立ち入っていく幸。よけいなライトや意味の無い電線がいくつもある廊下を歩いていく。

 それらはみな、ここの主がわざわざ付け加えたもので、身内にしか見えないのにお洒落をしたがった結果だという話だ。


 幸の目的の人物は、今回はその主である。

 ハイテッカーのリーダー的存在であり、現在ほぼ唯一機械との同調手術を行える人間。


 名前は、枚野(ひらの)アメリア。

 ミントグリーンのドレスと髪飾りのリボン、そしてブルーの髪が特徴の女の子だ。


「あら。随分お早い里帰りですわね。

 おあいにくさま、人手が足りなくて第六にこれ以上は回せませんわよ?」


「援軍を催促しに来たわけじゃない、別の用がある」


 アメリアが向こうからやってくるのは幸の思っていたとおりだった。

 最近は各地で忙しいらしく、本拠地はよくアメリアだけになるのだ。

 心の奥では寂しがっているのが、こうしてすぐ現れたことからもわかる。


 とはいえ、今はアメリア自身のさみしさよりも、調べ物のほうが重要だ。

 アメリアに調べあげて欲しい案件があるから、わざわざ本拠地にまで来たのだから。


「それで、用とはなんでしょう? わたくしとお話でも?」


 アメリアには悪いが、ゆっくりお話しているの幸の性にあわない。

 純から頼まれたことを話して、早速画面の前に赴いてもらう。

 情報処理は専門外なのですわ、と頬をふくらませて嘆くアメリアだったが、素直にこちらの言う通りにしてくれた。


 そうして、これから調べるぞというときに、なにやら電話がかかってくる。

 純からだった。


「ごめーん、調べ物追加なんだけどさ」


「ちょうど始めるところだ、アメリアに渡すから直接話せ」


 すぐにアメリアへと携帯端末を渡し、彼女はいくつかの操作を経て画面に監視カメラの記録映像を表示させた。

 純が言っていたのは、特定の時間、特定の人物がどこでなにをしていたかだ。


 確認するのは、たった今追加されたものを含めて二件。

 先日の遊園地と、つい先程の病院付近における、怪獣出現直前の様子だ。

 ある程度警察からアクセス権限を与えられているアメリアなら、そのくらい簡単に閲覧出来る。


 純の言う目的の人物はアメリアがすぐに見つけ、ふたつの映像を見比べる段階へと入っていく。


 先日の映像の中にはガラの悪い青年達の一団は誰かと口論している場面がある。


 一方、今日撮られた映像では、警察官が呆けた顔でただただ手をひかれて歩いていた。


 このふたつに共通しているのは、相手が髪の白い女の子であるということだ。

 その女の子が、純のわざわざ突き止めたかった人物なのだろうか。


「純、さっき探せと言った奴らは誰なんだ?」


「怪獣の被害者、ってとこかな。なにかわかりそう?」


「……両方に関わってる女の子がひとり」


「それだ! その子、調べてみて」


「もうやってますわ!」


 アメリアはすでに白い少女の顔立ちを解析にかけ、データベースとの照合をはじめていた。

 浮かび上がるのはひとりの少女である。


「出ましたわ。飼古川桑名、いいとこのお嬢様のようですわね」


 どちらの映像にも現れていた、白髪の女の子。お人形さんのような容姿で、瞳は優しげだ。

 整った顔立ちとひとくちにいっても、純とはまったく違う雰囲気をまとっている。


 登録されている情報がいくつも並べられ、そこから桑名のことを把握していく。

 しかし、その途中で幸は決定的な違和感を見つけてしまった。


「待て。この子、怪獣瘴気のせいで車椅子生活だそうだ。

 なのに、さっきの映像では自力で立っていた。おかしくはないか?」


「えぇ。突如治ることがあればそれはもはや魔法ですわ。

 飼古川桑名、調べてみる価値はありそうですわね?」


 以前の桑名の行動、親類関係、その他もろもろをさらに追うこととなる。

 幸は純との通話が切れた端末をしまい、片目代わりのカメラアイを起動して、再び画面に集中した。


 ◇


 怪獣を撃破してもなかなか戻ってこなかったため、心配した私こと月花はこまちとともに純を迎えに行った。


 当の彼女はというと、誰かと通話しているらしかった。

 いつになく深刻な表情で、怪獣は簡単に撃破できてもそれだけでは済んでいないのだろうか。


 通話を終えると私たちのことにも気がついて、彼女は戦闘用パーツのままの身体で駆け寄ってくる。

 がちゃがちゃと金属音が響き、排気の匂いが彼女に連れられてやってくる。


「純さん、とってもかっこよかったです! ね、こまち!」


「えっ、あっ、は、はいっ! まさにこれこそ正義のヒーローみたいな、ついみとれちゃうような……」


「そっか。ありがとう」


 純はどこか寂しそうに礼を言う。


 少年が相手のときもそうだった。正義のヒーローという言葉にはなにかひっかかるものがあるらしく、ヒーローと呼ばれることに抵抗があるとしか思えないのだ。


 思い切って、私はその疑問を口に出す。


「あの。純さんって、ヒーロー扱いは苦手だったり……?」


 純の瞳が丸くなり、すぐに月花から逸らされた。

 まいったな、と呟いて、彼女は話してくれる。


「見透かされちゃったなぁ、もっと鈍感だと思ってたのに。

 そうだよ、ほんとはヒーロー扱いとか苦手なんだ」


 怪獣を倒せばみんなが助かって、そのおかげで感謝される。それのどこに抵抗があるのか。

 私がひとりで首をかしげていると、純はこう続けた。


「私はね。ただ、自分が生き延びたかっただけなんだ。

 自分の身体を機械にして、死ぬことから逃れようとしただけ。戦うのは罪滅ぼしのためで、みんなのためなんて少しも考えてなかったんだ。

 だから、なんかそう言われるの、後ろめたくてさ」


 ほんとはもっと、子供たちに希望を与えなくてはいけないはずなのに。そう嘆く純は純らしくなくて、弱々しく見えた。


 今の彼女は、怪獣を退治するハイテッカーではなくて。

 心の整理をうまくつけられないままでいる、ひとりの女性としての串田純だった。


「それでもみんな、純さんに感謝してることには変わりないと思います」


「……そうですよ。純さんがどんな人だって、私は純さんをかっこいいと思った事実は消えませんから!」


 憧れの人の弱い部分を見て、こまちにずっとつきまとっていた緊張は離れていったらしい。

 彼女も、傷を笑顔で覆い隠していた女の子だ。

 心のもやを排煙でごまかしてきた純のことは、きっと私よりもわかっている。


 まっすぐなこまちの瞳になにかを見たのか、純はくすりと笑って私たちの頭をやさしく撫でると、短くお礼を告げた。


「ふたりとも、ありがとね。さぁてと、弟くんのところに戻ろうか?」


 彼女にいつもの適当さが帰ってきて、呼びかけられた私たちがついていこうとする。

 ちょうどその時に、起きたのはなんと怪獣出現であった。


 現れたのは全身から刃物がいくつも生えたカブトムシであり、刃物を振り回しては甲高い金属の音をさせている。


「嘘、さっきも出てきたのに……」


 連続での例外的な怪獣出現に、私もこまちもつい焦ってしまう。

 そんななか、純は落ち着いて呼吸を整え、再び戦うための四肢を起動させる。


「トップギアでいくよ、リンク・リスタートッ!」


 ジェットエンジンを起動させ、上空へと飛びあがる。


「あいつは私がなんとかする。ふたりはここから逃げて、できるだけ離れて!」


 エンジン音を轟かせ、一瞬にして怪獣のもとにまでたどり着く純。

 最初の一撃がナイフ状の角と激突し、火花が散る。

 ブレードを振るって怪獣の刃物と打ち合って、飛び回って撹乱しながら戦っていくのだ。


 呆然としていた私は、ふとあの方向にあるものを思い出し、急いでこまちの方を振り返った。


「あっちって病院があるほうだよね、もしかしたら弟くんが……!」


 入院している彼の様子を見るに、とてもひとりで逃げ出せるような状態ではないのは明らかだった。

 こまちと顔を合わせ、大急ぎで振り返ると駆け出そうとする。


 しかし、二歩目で誰かにぶつかって、駆けていくことはできなかった。

 ぶつかって跳ね返された私は尻もちをついて、ごめんなさいを呟きながら相手を見上げる。


 そこで見たのは、真っ白な髪の毛と人形のような無表情が特徴の女の子。

 昨日病院のところで出会った、稲葉であった。


「ご、ごめんね稲葉ちゃん」


「……おふたりは、あの少年を助けようと?」


「えっ、そう、だけど」


「それなら大丈夫ですよ。彼を狙うあの男はもういませんから」


 話がみえず、私は混乱した。立ち上がることも忘れて、彼女に続けて問う。

 いったいなんの話をしているのか、いま少年に迫っているのは怪獣の脅威ではないか、と。


 返答はない。

 ただ視線を向けてくるばかりの稲葉に背を向け、私は病院のほうへ走り出そうとした。

 すると彼女は私の肩を掴み、表情ひとつ変えずに引き止めてくる。


「あなたたちが彼を助けに行く必要は、ありません」


 話が通じているとは思えなかった。

 友人の弟が危ないというのに、黙って見ていろというのか。


 隣のこまちは動揺したままで、そのずっと向こうでは怪獣と純の戦いが繰り広げられている。


 私は強く奥歯を噛み締めて、祈りながらその様を見るほかになかった。


 純が襲ってくるいくつもの刃をくぐり抜け、回避しきれなければ手にしたブレードでいなしていく。

 隙を作らせ、飛び込んで一気に決めるのが純のやり方だ。

 だが今回はそううまくいかない。何本もの刃が次々と怪獣の外骨格から飛び出し、本体を覆い隠しているのだ。


 さらには飛び出してくる刃物による攻撃は純のことを狙っており、回避と防御を繰り返さなければぶつ切りにされてしまいそうだった。


 純の飛行がしだいに勢いを失いつつあり、回避の精度も落ちている。

 最悪の事態はすぐそこまで迫っていて、彼女は決着を急いでか、一挙に飛び込んで行った。


 相手も刃で迎え撃ってくるのをさらなる攻撃で砕く。

 身体をわずかにずらして数度の攻撃を避ける。


 もはや剣山のようになりつつある怪獣へと急速に迫り、最後にあともう少し、ブレードを突き刺すだけになった。


 その瞬間、純の中でもこれで終わりだと安心してしまったのか、回避を怠った。

 そこへ伸びてくるのは、先程回避されたものに隠れていたひとつの棘であった。


 咄嗟に胸や腹からは外しても、純の肩にはたしかに突き刺さる。

 生身の傷口からは血が流れて、彼女は思わず苦しそうに呻いていた。


「ったくさ……なんで生身のとこに当てられちゃうかなぁ」


 彼女は深くため息をつく。

 そして、自分に突き刺さっている怪獣の尖端を掴み、むりやり引き抜く。

 溢れる体液など気にも留めない。ただ、機械の腕で武器を振りかざし、怪獣を仕留めるのだ。


 いくつもの刃物を展開したせいか、甲殻は脆かった。

 簡単に割れ、その下にある身体も引き裂かれ、絶命と消滅はすぐに訪れる。


 出来上がるのは、爆発とともに怪獣の肉体が崩壊して、純の姿だけが煙と炎のなかで佇んでいる光景だ。


 炎の中に浮かび上がる純の表情は、怪我をしているというのに、笑顔だった。


「ほら、大丈夫だったでしょう」


 確かに、病院への被害はなにもなく、あたりへの破壊活動もほとんど行われなかった。

 稲葉は、まるで純が食い止めずともそうだったかのように話している。


 どういうことかと問い詰めようとして、声をあげかけた瞬間、私でもこまちでも稲葉でもない声が響いた。


「そいつから離れた方がいい」


 それは疑いの色を隠さない声で、そして聞き覚えのある低い声だった。


 声の主は、稲葉に向かってランチャーを構えた幸だったのだ。

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