俺とボクっ娘
秋。
それは、太陽がその熱をひそめつつ、樹木や葉がその身を色に躍らせる時期。
「二次方程式における虚数解は、判別式によって――」
体格の良い数学教師の声が響きわたる教室には、三十人ほどの生徒がおり、真面目に授業を受ける、隠れて本を読む、小声でしゃべるなど思い思いの行動をしていた。無理もない。数学は、苦手とする生徒が多い科目であり、また授業開始から25分たっており、集中力が落ちてくるタイミングだ。
「ねえ」
そんな中、窓際の席に座った、金に近い色をしたショートカットの少女が隣の席の少年に話しかける。
眠たそうな表情をした少年は、顔をゆがめつつ、声がきこえたにもかかわらず無視する。
「ねえってば」
返事をしない少年に彼女は眉根を寄せ、もう一度話しかけた
「なんだよ」
少年はようやく返事をする。彼は、短い黒髪に多少筋肉がついた身体をしており、いかにもといった男子高校生だった。
「まったく、僕が話しけてるのに無視するなんて……」
「いまは授業中だ。おしゃべり厳禁だぞ」
「よく言うよ、寝そうになってたくせに」
二人は教師を警戒しつつ、小声で話し合う。
「ゲームをしないかい」
「ゲーム?」
彼女の提案に、彼は怪訝な顔をする。当然だ。寝そうになっていたところを起こされ、いきなりゲームをしようなどと言われたからである。
「そう、ゲームだ」
彼女は芝居がかった手つきで髪をかき上げつつ、自慢げな顔で言い放つ。
「先生が板書している隙に、このトランプでタワーを作るんだ。何段できるかを競う」
「負けた人は、勝った人の命令を一つ聞く。どうだい」
そう言って彼女は机の中からトランプを出した。かっこつけて言った割には、しょうもないゲームだった。
「どうだい」
「お前授業の内容がわからないんだろ。授業中、話をふってくるときはいつもそうだからな」
「う、うるさい……! それで、やるのかい、やらないのかい……!」
彼の発言に対し、彼女は頬を赤らめながらぷりぷりと怒り出す。そんな彼女を見ながら、彼はもやがかかった頭を回転させる。トランプタワーはただでさえ難しく、それを教師の板書中というきわめて短い制限時間の中で作り上げるのは至難の業だ。失敗する確率は高く、普通に考えて拒否の一択である。
(だが……)
今授業をしている数学教師は――このクラスの担任でもあり、生徒には優しく、時に厳しく、授業がわかりやすいこともふくめ生徒には信頼されている――板書の速さが遅いことで有名である。加えて、書き間違いがないかよく見直す。
(……いけるな)
教師の叱られるリスクと勝ったときに彼女を思う存分馬鹿にできるというリターンを天秤にかけ、彼はそう決断をした。
「いいだろう、やってやる。ただし俺が先攻だ」
「ふっ、君ならそう言うと思ったよ。じゃあこれを」
さっきまでの怒りはどこへいったのか、嬉しそうな表情をして、彼女はトランプを手渡す。
「ここまででなにか質問はあるか? ……ないようだな。では、次の節に移る」
ちょうど節が変わり、教師は黒板を消し始めた。
今だ。
(板書時間は少なく見積もって三分……おそらく二段が限界。三段は無理だ)
彼は慎重に、かつ急ぎながら7枚のカードを使いタワーを作っていく。一度崩れてしまえば、時間的に作り直す余裕はない。
(土台は完成した。あとは二段目を作るだけ)
彼は教師を見る。まだ黒板は半分しか埋まっていない。余裕はある。集中を散らすことがなければいけるはずだ。
(よし、できた)
「どうだ」
彼は、ひと呼吸つき隣の少女をみて、完成したことを確認させる。
「二段だね」
「次はおまえの番だぞ」
彼はタワーを崩し、トランプを彼女に手渡しながら言った
「うん……あらかじめ言っておくよ」
この落ち着きがなく、ころころ表情を変えるコイツがこの状況下でタワーを完成させるはずがない。彼はそう思い、勝利を確信してほくそ笑む。
次の発言を聞くまでは。
「僕は三段のタワーを作る」
(三段だと……!?)
彼は動揺して思わず大声をあげそうになり、慌てて口をおさえた。
タワーの性質上、段数が増えれば必要なカードの枚数は加速的に増える。三段のタワーに必要な枚数は十五枚。二段の約二倍である。三分ではどう考えても無理である。
「よし、説明するぞ。二次方程式の虚数解を求めるときは、実数のときと同じように――」
彼は彼女の発言の意図を聞き出そうとしたが、教師が説明をはじめてしまい、聞き損なってしまう。
(いや無理だ、どう考えても)
(さっきの発言はブラフ。俺を動揺させるためだ。そうに違いない。ビビリのアイツができるわけがない)
彼は必死にそう思こむ。しかし、彼女はトランプタワーの技術がすさまじく、だからこそこの題目でゲームを仕掛けてきたのではないか? という恐怖が彼の焦燥を駆り立てる。
「この節の説明はおわりだ。計算ミスが出やすいから、各自演習をしておくんだぞ。」
(そうだ。ミスだ。仮にそのような技術があったとしても、ミスがでれば終わりだ)
彼は自身を無理させる。それでも恐怖がこべりついている。そして、教師は黒板を消し、再び板書をしはじめた。運命のときである。
(さっきの板書時間は五分だった……十分いけるはず)
そう思い彼女は十五枚のカードを取り出す。十五枚。そう、やはり三段である。
彼女は横目で、彼の表情をみる。こちらの机の上を血走った目で見ている。
(ふふふ……いい目だよ……)
彼の予想とは違い、彼女にはトランプタワーの技術などない。ではなぜ、彼女は三段という無謀な賭けに挑んだのだろうか。
(三段タワーを完成させれば、彼はきっと僕を見直す。ビビリなどとは言わなくなるだろう)
(そ、それに……勝てば、ね、願いをひとつだけ、かっ、彼に……)
まあただの自尊心と欲望である。しかし、それらはときに人を駆り立て、ときに狂わせる。
そうこうしているうちにタワーの一段目が完成した。二人は示し合わせたかのように黒板を見る。
(板書はまだ半分もいってない……いけるっ)
(まさか、本当に三段をつくりあげるのか!?)
彼女は二段目に取り掛かり、慎重な手つきで組み立てていく。
(は、速い……)
彼はもはや勝負のことを忘れ、彼女の三段タワー作成に熱中していた。だが――
「時間が押しているな、板書のペースを速めるぞ」
教室に響き渡る無情なる声。高校生である二人にとっては何回か聞いたことがあるフレーズだ。しかし、こんなにも重みをもった瞬間はいままでにはなかっただろう。
(くっ……!)
(もう少しだ、がんばれ……!)
彼女は二段目を完成させ、三段目に取り掛かっていた。焦りが二人に襲い掛かる。更に、板書はもう終わろうとしている。
((あと少し……!!))
彼女がトランプ二枚を、二段目の上におく。タワーが完成した。
それと同時に板書を終えた教師がこちらを向いた。
「書いているやつには申し訳ないが、すぐにせつめ――」
「「やったぁぁぁぁーーーーーー!!」」
教師の声を遮って二人の歓声が教室に響いた。
「やったよ、僕、やりとげたよ!」
「ああ、よくやったよお前は! すげぇよ!」
二人は喜びを分かち合い、手を合わせる。トランプタワーの頂点の二枚のカードのように。
「いやあ、ま、この僕だからね。当たり前のことさ」
「ははは、まったくお前は――ん?」
そのとき二人は、いまの教室の状況を確認した。
迷惑そうな顔、笑いをこらえている顔、心配している顔、純粋に感動した顔、またかという顔。
それらが二人を囲んでいた。
「一宮」
「はい」
「廊下で立ってろ」
「はい…」
「逢沢」
「先生!! 三段ですよ! この極限状況下でアイツが――」
「廊下だ」
「はい」
顔を真っ赤にした女の子と、やり遂げたような顔をした男の子が廊下に出ていく。
ここから綴るのは、彼と僕っ娘のこんな毎日。
だれも書いてくれないから自分で書き始めました。BOKUっ娘キチです。
小説を読むことはあっても、書くことは初めてなので、ここが良い・悪いとか、~~~がカワイイとかささいなことでもいいので感想をくれるとうれしいです。
2018.11.4 追記 誤字&タイトル修正。