キルニム
キルニム
1
便利屋NGB。幸嗣の所属するこの組織は、駆け出しの超法則便利屋だ。依頼の成功率はかなり高く、以前解決した超法則連続爆弾魔事件で一躍有名となった。犯罪組織や犯罪者を捕まえる仕事、盗まれたものの奪還など手広く請け負っている。
『とりあえず、依頼内容と例の組織について再確認しとこうか』
ギズは事務所のテーブルに、仕事の詳細が書かれたA1サイズの用紙を広げる。
『まず、依頼人は大学教授で虎型アニマのネオン教授』
ギズはそう言うと、事務所の隅にあるテレビを指さす。
『ちょうど今やってるドキュメンタリー番組でコメントしてる人だね』
「マジで!?」
幸嗣は驚いてテレビを見る。テレビには、先ほどから数時間にわたって放送しているドキュメンタリー番組が映っている。今は議論のコーナなのか、“アニマと人間の歴史”と書かれたテロップの下で、虎型のアニマがコメントしている映像が映し出されている。
「マジだ……。あの人、依頼人の人だ……」
幸嗣は口を開けて驚いている。
『で、依頼内容は。このネオン教授が、ある犯罪組織から殺害予告を受けたから、犯罪組織を壊滅させてほしいって内容』
「犯罪組織から守ってほしいとかじゃなくて、壊滅してほしいなの?」
みさきが不思議そうな顔をする。
『うん。この犯罪組織は、一度殺害に失敗したくらいじゃ諦めないからね。組織自体を潰さない限り、何度でも狙われることになるんだよ。だから、壊滅してほしいんだってさ。まあ、その分報酬も多くもらうことになってるし、悪い仕事じゃないよ』
「ふーん、なるほどね」
みさきは唇を尖らせて腕を組む。
『で、この犯罪組織がどういうやつらかって言うと……』
『――反アニマ組織にゃんね』
『うん、そう……』
ニャンは怒りを含んだ表情で言い、ギズは悲しそうに答える。
――反アニマ組織。
アニマが地球に出現したのは約100年前のことであるが、そのとき、大きな混乱が起きたことは想像に難くない。超法則犯罪により多数の死者が出た。その遺族の一部は今でもアニマを恨んでいるという。また、当時の権力者は、人類が超法則を使えるようになったことで変化した社会情勢に対応しきれずに大半が失脚したという。その権力者の子孫は、アニマのせいで自分の人生が変わったと、アニマを逆恨みしている。彼らのようなアニマに恨みを持つもの達で構成される組織が反アニマ組織だ。
「今の時代のアニマには無関係な話なのに、ひどいよな」
アニマの平均寿命は人間とほぼ変わらない。100年前のアニマが原因だったとはいえ、今の時代のアニマには全く無関係な話だ。しかし、反アニマ組織は、またアニマが原因で悲劇が起きると無根拠に演説し、アニマに対して暴力や場合によっては殺害行為を行う。
『絶対に許せないにゃ』
ニャンは怒りを滲ませる。ニャンは以前、反アニマ組織の被害を受けて友人を失っている。
『うん、許せない。だから、必ず今回の依頼は成功させなきゃね』
ギズは唇を固く結んで毅然とした表情をする。
『で、依頼内容に戻るけど。今回のターゲットである反アニマ組織の名前は“キルニム”っていうらしい』
Kill Animaを略してKillnimだってさ、とギズは呆れたように話す。
『キルニムは、過去に何人ものアニマを殺害している組織で、殺害前に必ずネットで予告動画を上げることで有名だね。構成員は5人前後らしい。被害者の共通点はアニマが人間と共存することを肯定する風潮を広めたアニマ。今回のケースだと、数々のドキュメンタリー番組でアニマと人間の共存を喜ばしいことだとコメントしたネオン教授が狙われたってわけ』
「なるほどな」
幸嗣は腕を組んでつぶやく。
『で、超法則情報屋に頼んでキルニムについて調べてもらったところ、幹部の一人の写真が手に入った。それを超能力人探し屋に渡して探すように頼んだ結果、方法は企業秘密ってことで教えてもらえなかったけど、たぶん予知か何かで、あのファミレスに現れることを調べてくれたってわけ。そのあと、ニャンと幸嗣で現場に向かってもらったんだけど、残念ながら逃げられてしまったと』
『ぐにゅにゅ。全力で頑張ったんだけどにゃ……!』
ニャンが悔しそうに歯嚙みしている。おまえ居眠りしてたじゃねーか、と言って幸嗣はニャンの頭をはたく。
『でも、成果が全くなかったわけじゃないよ。ほら』
ギズは床に広げられた大量の銃火器を指さす。これらは、ターゲットである中年男性がテレポートの際に重量制限に引っ掛からなくするために捨てていったものだ。念のため幸嗣は、それを回収して持ってきたのだが。
『これを人探し屋に渡せば、サイコメトリーで犯人に関する情報を調べられるかもしれない』
「ゆきつぐお手柄じゃん!」
みさきは親指を立てる。
「ふっふっふ、転んでもタダで起きない男、城島幸嗣! 一方、転ぶ前にファミレスから出られないアニマ、ニャン!」
『ぐにゅにゅ! でも、大量の銃火器を誰にもバレずに持ってこれたのはニャンの能力のおかげにゃろ?』
「まあな」
大量の銃火器を手で持ってくることは困難であるし、人に見られたら逆に幸嗣たちが逮捕されかねない。そこで、ニャンの超法則―召喚能力で、銃火器を事務所に呼び寄せた。召喚能力を使うと、大きさや重さに制限はあるものの、一度触れたものを任意のタイミングで手元に召喚することができるのだ。
「さすがニャン。便利な能力をもってるぜ」
『えっへんにゃ!』
幸嗣は、能力だけは便利だな、的な皮肉を込めて言ったが、ニャンは素直に受け取って喜ぶ。
『……しかし、これだけの銃火器をどうやって隠し持っていたんだろう』
ギズが床に転がっている銃火器を見て、口に手を当てながら思案する。
『銃と手榴弾だけだったら、まあ服の裏に隠し持ったりできるかもしれないよ。でも、ほらこれ。壁破るときに使うプラスチック爆弾まであるよ。これだけの量の武器を見えないように持つなんて不可能だと思うけど……』
ギズはプラスチック爆弾を持ち上げて、いろいろな角度から眺める。
「ああ、俺もそう思う。でも実際に全く気付くことはできなかった。つまり、認識阻害系の超法則を用いられた可能性が高い」
幸嗣は過去に色や匂いなどを誤認させるような能力者と対峙したことがある。その経験から、今回も同様に認識を阻害するような能力者の可能性が高いと推測する。
『そうだね。これからキルニムと交戦することもあるだろうけど、常に自分の認識が阻害されていないか疑うようにしよう』
「そうだな」
幸嗣はうなずく。
『それじゃ、銃火器を人探し屋に送ってキルニムについて調べてもらうから、結果が出るまでは休んでようか』
「「「はーい」」」
2
『あっ、でも幸嗣だけは依頼が来てるからよろしく』
と、ギズのありがたいお言葉をいただいた幸嗣は、人探し屋からの結果を待つ間、簡単な依頼をこなすことになった。
依頼人は、便利屋NGBを何度も利用してくれているお婆さんで、ツボを壊してしまったので直してほしいという依頼だ。幸嗣は、車で依頼人の家に向かう。
「いつもありがとねぇ」
古き良き木造家屋に着くと、依頼人のお婆さんが話しかけてきた。家の壁にはなぜか大きな木の板が立てかけてある。
「いえいえ、こっちも助かってるんで。最近、依頼が少なかったから生活費が結構ギリギリなんですよー」
「そうなの?それは大変ねぇー。 それで、割れちゃった壺なんだけどね」
お婆さんは、一度家に戻ると、何かを包んだ新聞紙を持って戻ってきた。
「昨日台風が来たじゃない?それで、窓が割れちゃってね。それで倉庫にあった木の板で窓をふさごうと思ったんだけど。その途中でふとした拍子に壺を割ってしまってねぇ」
お婆さんが新聞紙を広げると、中からバラバラに割れてしまった壺が出てくる。
「高そうな壺ですね」
壺には複雑で、それでいて美しい模様が描かれていた。模様は不思議な光沢感があり、割れてしまっている断面まで美しいと思わせられる。
「売れば百万はするわねぇ」
「ひゃくッ ゲホッゲホッ」
幸嗣は驚いてむせる。
「でもねぇ。値段は重要じゃないの。この壺は、死んだ夫が生前大切にしていた壺だから……」
お婆さんは、悲しそうにつぶやく。幸嗣はそれを見て姿勢を正し、
「わかりました。俺が復元します」
そう宣言する。
幸嗣は壺に手をかざす。
格好良く宣言したが、実際、彼の能力をもってすれば壺を直すことは実に簡単なことだ。
「いきますよ」
幸嗣は壺が壊れる前の姿を想像し念じる。すると、割れた壺の破片が淡い光を帯びながら浮かび上がり、一箇所に寄り集まっていく。
広げられた新聞紙の中心地点に向かって飛んだ破片は、今度はそこを起点として旋回を始める。割れた破片同士は、まるでパズルを組み立てるように、もともとつながっていたと思われる部分同士が接合され、徐々に大きな破片の集合となっていく。
破片が大きくなるにつれ、旋回速度は遅くなっていき、最後にはゆっくりと互いに接合され、壺の輪郭が出来上がる。最後に、わずかに不足していた破片が粘土を塗り込んだように自然に埋まっていき、壺は本来の姿に復元された。
「すごいねぇ。どこからどう見ても元通りになっちゃったわね」
お婆さんは驚嘆の声を上げ、壺を手に取りいろいろな角度から眺める。
「俺の超法則――復元能力をもってすれば朝飯前ですよ」
復元能力は、対象の物体を任意の過去の状態に復元することができる能力である。復元するためには、復元元となる破片などが必要になるが、だいたい95%ほどあれば不足分は自動的に補われ、完全な形で復元される。
「ありがとう。あなた凄いわね。うれしいわ」
お婆さんは年甲斐もなくはしゃいでいる。幸嗣はそれを見て、笑顔を浮かべる。
「大切なお爺さんの形見を直せてよかったです。それじゃあ、俺は帰りますね」
「はい、ありがとね」
荷物を持って車に向かおうとする幸嗣にお婆さんは手を振る。幸嗣が荷物を肩にかけようとしたところで、
「なんだ!?」
突然、地面が大きく揺れた。
「地震か……?」
「…………きゃあ!」
お婆さんが揺れに足をとられ転んだらしく、小さな悲鳴を上げる。
お婆さんの方を見たとき、幸嗣は心臓が凍り付くのを感じた。
「危ない!」
家の壁に立てかけてあった長さ3m以上はありそうな大きな木板が、揺れの影響でお婆さんの上に今にも倒れこもうとしていた。幸嗣は咄嗟に手を出して板とお婆さんの間に差し込もうとするが、帰ろうとしてお婆さんから離れていた彼の手が届くことはなく、木板はお婆さんに覆いかぶさった。
「お婆さん!」
幸嗣は急いで駆け寄るが、板の隙間からのぞく、お婆さんの頭からは出血が見られた。
「救急車!」
幸嗣は119に電話をかけ、現在地を伝える。到着までに30分はかかるそうだ。
「とにかく、この板をどけないと……」
幸嗣は木の板に手をかざし、復元能力を発動する。彼の能力は、物の形状だけではなく、位置や色など、個別の性質のみを選択して過去の状態に復元することができる。
淡い光を帯びた木の板は、ふわりと浮かび上がり、家屋の壁面の元あった位置にもどる。木板の位置だけを過去の状態に復元した結果だ。
「大丈夫ですか!?」
幸嗣は、木の板が退いて全身があらわになったお婆さんを見る。お婆さんの腕は、不自然な方向に向き、頭からは夥しい量の出血が見られた。これは、もう助からないと直感する。
「うぅ」
「お婆さん……」
お婆さんが呻き声を上げるのを聞いて、幸嗣は目に涙を浮かべる。幸嗣はせめて最後の言葉だけでも聞かなくては、と思い顔を近づける。そこで、彼は耳を疑った。
「痛いわぁ。まったくあんなところに板を立てかけとくんじゃなかった」
まったくもう、と言いながらお婆さんが平然とした声をだし、突然立ち上がる。折れていた腕も、グネグネと曲がった後に、正常な形に治る。
「……………………え?」
「私の超法則ね。自己治癒能力なの。どんな怪我や病気でも一瞬で治っちゃう。おかげで夫より長生きしちゃったのよー」
うふふふふ、という笑い声と救急車のサイレンがまじりあって、幸嗣は何とも言えない気持ちになった。
3
「ただいま」
依頼を終えて便利屋NGBの事務所に戻ると、メンバー3人は思い思いにくつろいでいた。
「幸嗣おかえりー」
みさきがソファーの背もたれに上半身を持たせかけながら手を振ってくる。
『依頼どうだった?』
事務所の窓際にあるデスクからギズが聞いてくる。幸嗣はくたびれたように肩をすくめる。
「ああ、無事終わったよ。ちょっと事故があったけど。なあ、あのお婆さんって自己治癒能力者だって知ってた?」
『知ってるよ。…………ああ、もしかして木の板が倒れてきた?』
ギズが半笑いで唐突にそんなことを言ってくる。
「な、なんで知って……!」
『あのお婆さん、わざと怪我して驚かせるのが趣味なんだよね。ぼくも前に同じことをやられたんだけどね。そのときに、刺激がサイコーって言ってたよ』
「えぇ……?」
幸嗣が呆然としてると、突然、事務所内にクラシック音楽が鳴り響く。
『あっ、電話だ。ちょっとごめんねー』
ギズはスマホを持ち上げて電話に出る。しばらく相槌を打ちながら通話したかと思うと、電話を切り、真面目な表情で切り出した。
『超法則人探し屋の鑑定結果が出た』
ギズは机の上に置かれた地図にマーカで2か所しるしをつける。
『キルニムのアジトは、この2つのどちらかだ』