前篇
俺の朝は一杯の珈琲から始まる。
この淹れたての珈琲が醸し出す香りは、DNAの酸化や心臓の老化を防止する抗酸化作用のある物質が数百種類含まれている。
だが、それだけではない。
この芳醇な香りは、俺の疲れと闇を取り払ってくれるのだ。俗世に蝕まれたこの体と心を浄化する。これが俺の朝。これが俺の愛する珈琲。
そして、そんな至福を与える珈琲を、一口流し込む。
「あつッ」
俺は猫舌なのだ。だが、この舌にヒリつく感覚もまた至福。己の生を再認識する。極め付けは、このトースト。無論、不純物は塗らない。
小麦粉の確かな味を噛み締めながら、珈琲でそれを流し込む。我ながら至高の優雅な朝である。
うん、腹が満たされると俺の体内に熱き血液が巡るからなのか、少しもよおしてきた。
否、これは違う。物質ではない……そう、気体……言うなれば【天使の溜め息】だ。
俺は深く腰掛けた特注の椅子から、少しだけ片方の尻を浮かせる。
『ぷ』
……ふふっ、まだまだ俺の体も若いな。
『ぷぷ』
なんと、これは【天使の笑い声】か。やれやれだぜ。
『ぷぷぷぷぷぷぷ』
え、ちょっと待って止まらない。まさかこれは【天使の出産】への序曲ではないのだろうか。
『ぷっ、ぷぷぷぷっぷぷ、ぷぷぷ』
否、違う。決して違う。この感覚、シンパシー。答えはノーだ。ノンだ。
『ぷーぷぷっぷ、ぷーーーー』
と、止まらない!! どうしよう!! へ、屁が!! 否、えっと、天使のコーラスが止まらない!! しかも、猛烈に臭いッ!! い、い、いやぁッ!!
『ぷっすぅーーー……』
お、終わった……のか?
『ぷぷぷっぷぷー!』
……何……だと……?
まだだと言うのか。この終わりなき狂想曲は、まだ続くと言うのか……。しかも、もうすぐ仕事の時間だというのに、どうすれば……。
――その時、俺の豪華絢爛な自室に堂々と鎮座するワイン……1945年物のロマネコンティが目に入った。
「これだ!!」
流石、沈着冷静かつ頭脳明晰な俺、見事、あの忌まわしき呪縛を封じる事ができた。
ふふっ、どうやって封じ込めたか……だって? 簡単さ。イージーさ。イージッドゥダンスさ。そう、コルク。ワインのコルクで俺のスウィートスポットに栓をしたのさ。
これで大丈夫。なんという知将。しかし、俺の体はいったいどうしたというのだ。完璧なまでの肉体に、神の奴が嫉妬したのか? 全く、俺は罪な男だ。